ツーリング日和10(第30話)パドックとピット

 八耐と四耐は扱いが全然違うのよね。レースと言えばピットだけど、常設ピットは八耐チームが使うから四耐組は、

「ダンロップブリッジとシケインの間にあるN駐車場がパドックや」

 少しピットとパドックの違いを説明しておくと、まずメインストレートのとこに各チーム用のガレージがあるよね。あれをピットガレージとかピットボックスと言うのだけど、位置付けとしたら整備拠点かな。

 マシンの保管。整備、さらにはレースに向けての最終調整、各種の必要工具や交換パーツをそろえておくところぐらい。さらには、

「レース中の作戦本部になる」

 いつライダーを交代するか、レースの状況を観察分析してペースアップや逆にペースダウンの指示を出したりもする。ライダーはレースに参加してるけど、自分の前後の状況は見えても、レース全体がどうなっているのかわからないものね。

 整備拠点であるピットガレージの後側は駐車場になっているのだけど、ここにはマシンなどを運び込んだ車両を駐車するだけでなく、ターフを張った休憩所を設けて食事やお茶を飲める休憩拠点を設けたりするのよね。

「そこがパドックや」

 パドックでは他チームとの交流が行われるところで、情報交換もあるし、他のパドックでお茶を飲んだりも普通にあるそう。それだけでなく観客も入る事が出来て、

「チームのグッズ販売もあるで」

 レースのバックヤードってところかな。鈴鹿じゃないだろうけど、サーキットによってはキャンピングカーでレース期間中は寝泊まりすることだってある。

「バリ伝やろ」

 まあそうなんだけど、パドックは生活拠点の一面もあるぐらいかな。ではピットはどこかになるのだけど、ピットガレージのシャッターの前からになる。より正確にはレッドラインよりサーキット側のゾーンになる。ここは高速のPA的なゾーンで、本選トラックと区切られているのは知ってるよね。

 ピットにはバイクが走るピットレーンとバイクへの給油や整備、ライダー交代が行われるピット作業エリアがあるぐらいに思ってもらえれば良いかな。このゾーンに入れるのはライダーとピットクルーだけ。そりゃ、危ないもの。

 ピットガレージとガレージ裏の駐車場は八耐組がレース期間中は使うのよ。だったら四耐組はどうするかだけど、ダンロップブリッジとシケインの間にあるN駐車場がパドックになるんだよ。

 与えられる面積は駐車場二台分だけ。それにパドックと言いながらピットガレージ機能も求められる。だからどのチームもターフを張り、各種整備機材を持ち込み、マシンの保管場所も設ける事になる。

 この四耐用のパドックだけど、本来は駐車場だから電源もないのよね。だから自家発電機を持ち込むのはデフォなんだって。これは電動工具やパソコン、照明とかにも使われるのだけど、

「暑さ対策もあるねんて」

 駐車場にターフを張ったぐらいじゃ容赦なく暑さに見舞われるから、オレンジ色の業務用扇風機とかスポットクーラー、大型のポータブル冷蔵庫も持ち込むのだって。連日の猛暑日になることがあると言うより、ならなければラッキーみたいな時期だものね。

 宿も八耐組と四耐組で変わって来るみたい。鈴鹿で行われるから全員サーキットのホテルかと思っていたらそうでもないらしい。八耐組はさすがにホテルだと思うし、四耐組もホテルもいると思うけど、四耐組はサーキットのキャンプ村利用も多いらしい。

「ファミリーキャンプのとこやから、テンとやテーブルや椅子もセットで貸してくれて電源も付いとるねんて」

 テント持ち込みの方が安くなるだろうけど、そうなるとまた荷物が増えるものね。キャンプ自体は楽しそうにも思うけど、クーラー無しの夜は辛そうだな。キャンプ村以外でも鈴鹿のビジホ利用もいると思うよ。


 四耐組がピットを使えるのは公式練習からで良さそうだけど、使えるのはピット前ってどういう意味なの?

「四耐のレース規則には・・・」

 ピットガレージの前には庇があってそこに看板があるのよね。その庇の下を看板下エリアっていうだけど。レース規則には、

『本大会においては、鈴鹿サーキット耐久レース統一特別規則書第 十七条に示した図の「ホワイトライン④」(看板下エリア)よりピットボックス側を「ピットボックス内」とみなす』

 このピットボックスは横十七メートル奥行き二・七メートルになるのだけど、八耐組のピットガレージに相当するものとして良いのかなぁ。

「見たことも使うたこともないからわからへんねんけど、ピット前ってこのピットボックスのことちゃうやろか」

 つまり庇の下だけ公式練習と予選の時に使えるって意味で良いみたい。さらにがあって、八耐と四耐は並行進行するから、

「四耐組のパドックからなにか持ち込んでも八耐組も練習走行とかまでに持って帰らんとあかんはずや」

 シャッターの前に四耐組のモノがあったら邪魔だものね。つまりはたいしたものは練習や予選に持ち込めないのじゃないかとコトリはしてた。じゃあ、なんに使うのかだけど。

「ピットクルーの練習ちゃうか」

 初出場組もいるはずだから、決勝で使えるピットボックスがどうなっているかとか、サインボードの出し方の練習もあるはずだって。他にもライダーがピットロードを走る練習とか、どこに自分のピットがあるかの確認とかもあるよね。

 この四耐組のピットだけど決勝になると少し広くなるのよ。練習や予選で使えたピット前の他に、

『ピット内コース側三メートル』

 これってどういう意味なの。

「ピットゾーンにはピット走行レーン、補助レーン、ピット作業エリアがあるねん。ピット作業が出来るのはピット作業エリアだけのはずやねん」

 これも理由があって走行レーンはアスファルトだけど、作業エリアはコンクリートになってるのよね。そうなっているのは給油作業でガソリンが炎上した時にアスファルトなら溶けるからだって。

「ピット作業エリアはホワイトラインから一・一メートル先のグレーラインから六メートルやけど、バイクやから半分の三メートルになってるんちゃうやろか」

 なるほど、なるほど。四耐組は決勝の早朝にパドックから必要な機材を持ち込んで特設ピットボックスを設置するらしいけど、ちょっと待ってよ。そんなところで決勝の四時間を過ごすと言うの。

 ピット前と言っても屋根があるだけでタダの路上じゃない。電気も水道もないし、お手洗いに行くにも隣のピットを延々と横切らないといけないじゃない。それより何より、窮屈そうだし暑そうじゃない。

「そこやねんけど規則書には『ピット前使用について事前に八耐チームと確認を取り合うこと。シャッター開放については八耐チームの同意を得て行うこと』となってるねん」

 家主の八耐組がOKすれば、シャッターを開けてピットガレージの中もある程度使えるのか。

「これも本番を見てみんとわからんねんけど、慣習とか伝統があるんちゃうやろか」

 規則書を杓子定規に適用すれば、ガレージのシャッターを開けない選択も八耐組にありそうだけど、

「そやなくて八耐組は四耐組に可能な限り便宜を図るや」

 あるかもしれない。八耐組も四耐上りが多いはず。四耐じゃなくても下積み時代の苦労は良く知っているから、出来る範囲は協力する方が自然じゃない。自分が四耐の時に便宜を図ってもらっていたら、今度は四耐組に便宜を図るはず。

「だからちゃうか」

 八耐組のピットガレージの割り当ては抽選で良いと思う。だけど四耐組はそうでなく、

『希望するピット番号があるチームは、参加受理書同封の希望ピット使用申請書を金曜日午前のフリー走行開始一間前までに必ず提出すること』

 希望するピット番号とはピットの位置とかの話じゃなくて、どの八耐組のピットを希望するかのはずよ。つまり八耐組のチームと話し合ってパートナーを組むかどうかを話し合いで決める趣旨のはずよね。

「エエように言えば二人三脚で八耐と四耐を戦おうぐらいやと思うねん」

 つまりって言うほどじゃないけど、四耐の時にもピットガレージのシャッターは開き、全部使うのは無理だとしても、電源とか洗面所は使えて、ピットガレージの裏の八耐組のパドックにも行けるはずってことよね。

「そやなかったら、四耐組は熱中症で倒れるで」

 バイク乗りは連帯感が強いのよね。ツーリング中でもそうだし、レーサー同士もそうだと聞いたことがある。レースでは火花を散らしても、レースが終われば和気藹藹も珍しくないそう。

「それバリ伝やろ」

 まあ、そうなんだけど、そういう伝統は今でも生きていても不思議無いもの。これは決して馴れ合いじゃないと思う。レースは極限状態でマシンを走らせるし、一般道なら煽り運転レベルの距離感で爆走するじゃない。

 そんな状態で最後に必要なのはお互いの信用とリスペクトだと思うもの。相手を抜きたいと思うのがレースだけど、相手を殺したいとか潰したいと思うのがレースじゃないはず。レーサー同士の阿吽の呼吸で最後の最後のところでの譲り合いみたいなものはあるはずなんだ。

「最後のとこはレースやったもんしかわからんけどな」

 バイクのレースはクルマ以上に危険だよ。そりゃ、転べば生身の体が放り出されるもの。そういう世界で極限を争う者たちには、その世界なりのルールがあり、そのルールを破る者は制裁喰らってもおかしくない。やっているのは殺し合いじゃなくてレースだもの。

「カルロス・サンダーのセリフやな」

 バレたか。でもグンとラルフだって最後の最後のところは、お互いの信用の上でレースをしてたはずだと思うのよ。グンが危険走行でペナルティを喰らった時でも、ラルフはレースならあれぐらいは当然としてたぐらいだもの。

 その辺の話はさておき、四耐決勝のピット体制は八耐までいかずとも、それなりのピット体制で臨めるのかもしれないね。こういう慣行とか伝統はいつまでも続いて欲しいと思うよ。

「そやな」