ツーリング日和10(第31話)真夏の祭典

 なに怒ってるの。ウンコならしてきて良いよ。

「ウンコ我慢するのになんで怒らんとあかんねん。今朝もすっきり快便や」

 じゃあ、オシッコなの?

「なんでそれしか考えへんのや。コトリが怒ってるのは、なんであんなホンダ優遇があるってこっちゃ」

 四耐のスケジュールは木曜の公式練習からなんだけど、その前日の水曜日にも練習枠があるのよね。これはホンダマシンで出場しているチームに限って使えるんだって。

「鈴鹿はホンダのホームグラウンドやから、ホームタウン有利がちょっとぐらいあってもかまへんけど、これはやり過ぎやろ」

 たしかにね。コースのレイアウトは何年か毎に時代に合わせて修正はされるし、その年の路面がどうなのかは、実際に走ってみないとわからない。これは常連組もそうだし、初出場や出場経験の少ないところはなおさらになるはずだもの。

「それにやで有料枠ってなんやねん」

 水曜のホンダユーザー枠が有料なのはまだしも木曜の公式練習だって、

 ・公式練習・・・二十五分
 ・特別スポーツ走行・・・二十五分×二

 公式練習は無料だけど特別スポーツ走行は有料なんだよ。殆どのチームは少しでも経験を積むために料金を払うだろうけど、

「高校野球の甲子園練習が有料で別にあったらおかしいと思わんか」

 高校野球は高校野球で平等主義が行き過ぎの部分はあるけど、四耐予選前に一周でも多く誰でも走りたいはず。

「それで商売しようとする根性が許せん」

 レースでコースを知るのは基本の『き』なのよね。鈴鹿の近くに住んでいるライダーなら、普段のスポーツ走行も利用できるけど、遠方のチームになると、そうは利用は難しくなる。下手すりゃ、ぶっつけ本番で挑むチームもあるはずなんだ。

「カネがなかったら、公式練習二十五分だけで予選やんか」

 それもまたレースと言えばそれまでだけど、なんだかね。だからこそ出場経験を重ね、経験を蓄積させるのも重要になって来るのも四耐。そりゃ、本番を完走すれば四時間走れるし、他のチームの実力を肌で知れるものね。建前はともかく今年の杉田さんのチームへの期待は?

「今年はまず完走で、二十位以内ぐらいに入ってくれたら御の字や」

 現実的にはね。ところでどうして見に行くことになったの。

「これは杉田さんに説き伏せられた」

 レースの様相をガラッと変えるのは天候。八耐は真夏の祭典で、カンカン照りの猛暑の中を走るイメージがあるけど、

「雨どころか台風が来た年もあったからな」

 四耐のタイヤは1セットだけど、雨の時にはレインタイヤへの変更が出来るのよ。

「スリックで走ったら死ぬで」

 ワンメイクのタイヤにもわずかに溝があるけど、あんなものじゃハイドロプレーニングで飛んでいくし、タイヤ温度も下がってしまうものね。だけどレインタイヤになったらなったで、今度はセッテイングも含めて走りが変ってしまうのよね。

 それだけじゃない。スタートからゴールまでウエットだったら、それはそれでまだ良いのだけど、天候によっては途中からレインタイヤになったり、逆にスリックに戻したりが必要なケースも出てくる。

 不安定な天候に対して、どこでタイヤ交換をするのかもベンチワークになるのだけど、バイクのタイヤ交換はクルマに較べて遥かに厄介なのよね。八耐組なら給油の度にタイヤ交換するから練習も積んでると思うけど杉田さんは、

「タイヤ交換は避けたいみたいやねん」

 自分のチームのタイヤ交換に不安があるのかもしれない。ドライならいらないもの。だけど相手は天候だから。

「コトリらの事をよう知ってはるわ」

 そう、コトリと行けばいつもツーリング日和だものね。もっとも今回は、

「当分雨なんか降りそうにあらへんけど」

 やっぱり見に行きたいのもあるものね。

「それぐらいは本業やから協力したらなあかんやろ。ネックは三重に空港あらへんこっちゃ」

 セントレアからヘリになるかな。そうそう四耐は見るのも暑そうだけど、

「ライダーかってクルーかって暑い。熱中症との戦いみたいなもんや。その辺は杉田さんも経験あるから考えてるやろ」

 なにしたって暑いのは変わらないだろうけど、

「暑いからこそ青春の汗がほとばしる真夏の祭典や」

 良く言えばね。それでも、よくもまあ、こんな暑い時期に耐久レースをやろうなんて考えたものだよ。

「夏の甲子園もそうやろ」

 まあそうだけど、あれは高校生の長期休暇を利用した大会だからじゃない。もっとも夏の甲子園も物凄く暑いだろうから、ドーム球場に場所を変えろって意見も最近は出てるよね。

「わかってへんわ。高校球児はいくら暑くても夏の甲子園に出たいんやし、鈴鹿の四耐は暑うても夏にやるのに参戦者は価値を見出してるねん」

 そういう伝統って成立したら憧れになっちゃうところはある。暑いからって涼しい十勝で八耐やろうなんて誰も言わないもの。外から見る人には不合理にしか見えないだろうけど、中でやっている連中にとっては違うはず。

「高校球児に聞いてみい。涼しい京セラドームと、クソ暑い甲子園のどっちで試合がしたいってや。それが聖地やし、聖地になってるとこは、それだけの価値があるってことや」

 それでも鈴鹿の真夏の祭典は本音のところでは辛いだろうけど、これが真冬の祭典だったら、そっちはそっちで辛いだろうな。たとえば十勝で真冬に八耐とか。

「誰が走るか! スリックなんか冷えるどころか凍ってまうで」

 ピットガレージも開放なんかしていたら、

「八時間も吹き曝しにさせられたら凍傷どころか凍死者出るわ」

 観客もそうなるか。

「内地からの観客には無理や。あの寒さは想像を絶するやろうから。ほいでも北海道の人は平気やろ。ジャンプとかスケートを見に来るもんな」

 本場の防寒対策はレベルが違いそう。