ツーリング日和10(第15話)六花の話

 六花のフルネームは佐野六花。コトリが何かを思い出したのだけど、

「佐野六花って、もしかして白兎住建の社長の娘さんか?」
「名前だけで良くわかりましたね」

 言われて見れば聞いたことがある。六花って名前は多いとは言えないから、なんか気になってたんだけど白兎住建のお嬢さんだったのか。白兎住建と言えば注文住宅の大手だものね。キャッチフレーズは、

『安心と安らぎのコニーハウス』

 白兎やからラビットとかバニー使いそうなものだけど、どっちも日本語的にウサギ小屋を連想しそうだからコニーにしたとか。ヘアもあるけど髪しか思い浮かばないものね。名前はウサギだけど外観のオシャレさと、とにかく頑丈なのが売りだったはず。そんなところのお嬢さんと杉田さんがどういう関係かになるのだけど、

「高校が同じなのです」

 なるほどね。杉田さんの高校は、えっと、えっと、

「四葉学院です。私は幼稚園部からのエスカレーターでしたが、拓也さんは高校からの入学です」

 へぇ、杉田さんは四葉学院だったのか。あそこはいわゆるお嬢様、お坊ちゃん学校でもあるけど、一方で進学も優秀。というか、進学実績を支えているのは高校入学組。この高校入学組は学費免除だけでなく給付式の奨学金まで出るんだもの。

「その通りです。わたしのような内部生は四葉学院大にエスカレーターするのが殆どですが、外部生は学院の進学実績のために有名大学に進学します」

 ふむふむ学院内部ではエスカレーター組が内部生、高校入学組を外部生と呼んでたのか。それでもって内部生と外部生の仲は悪かったみたいだ。この辺は内部生がセレブのお金持ちだったのに対して、外部生が一般家庭なのもあるんだろうな。高校生ぐらいならそれでマウントを取りたがる人は多いもの。

「はい、そうなっていました。学院の内部生と外部生の対立は有名で、そんなところに外部生で入学してくる人は奨学金がどうしても欲しい人が多かったのにもあります」

 外部生は公立に進学させる余裕も乏しい家庭の生徒が多かったのか。一方で内部生はあの高い高い学費を払える家だものね。そりゃ、対立に拍車がかかるよ。

「バカな話ですよね。生まれた家が金持ちか貧乏で見下せると考えていたのですから。それに金持ちと言っても親が稼いだおカネで、自分ではなんにもしてないですもの」

 杉田さんの家も裕福ではなかったそう。だがそこにさらなる悲劇が起こったのか。

「お父さんが飛行機事故に巻き込まれたのです」

 それって、もしかして、

「ええ、そうです。あの伊豆沖の墜落事故です。人の心を持っていたら最低限同情しますよね。それなのに・・・」

 父親の死亡でさらに生活が苦しくなった杉田さんをさらに見下していたのか。

「でも、でも、加担しないと・・・」

 うん、あれ、そうか、そうなのか。

「私には勇気がありませんでした。いえ単なる臆病者の卑怯者です」

 嫌な世界だけどわたしも経験者だからね。イジメは集団で特定相手を攻撃するものだけど、その時に同調しない、ましてやイジメ相手を擁護などしようものなら、今度は矛先が自分に回って来るんだよ。

 自分がイジメられないようにするには、イジメる側のカーストを維持しなきゃならない。四葉学園のイジメの構図は身分対立だけど、それだけでなく内部生の中でも、

「その通りです。内部生も親の収入でビッシリとカースト制が敷かれていました。とにかく幼稚部から始まっていますから・・・」

 そういう世界での保身感覚を養われてしまっていたら、杉田さんがイジメられていても加担するしかなくなるよね。

「あの時のお詫びをしたいのですが、、どうしても拓也さんは・・・」

 名前呼びが気になるのだけど、

「はい、あの伊豆沖墜落事故の前には・・・」

 やっぱりね。恋は内部生・外部生対立さえ越えてたのか。それが杉田さんをターゲットにするイジメが激化したので六花も加担せざるを得なくなったんだね。杉田さんにしてみれば、裏切り者以外に感じるはずもないよ。

「仰る通りです」

 杉田さんを忘れられない六花だったのだけど、大学で進路は分かれて、普通だったらそれっきりになるはずだったと思う。そうだね、高校時代の苦い恋の思い出ぐらいかな。でも六花は杉田さんを発見してしまったのか。

「人気ユーチューバーになっていたのに驚きました」

 でも、そんな事をしても、

「ええ、なんにもなりません。でも、同じ趣味をしているだけで幸せでした」

 六花はユーチューバーでなくレーサーを始めたのか。よく親を説き伏せたものだよ。コトリがなにか調べてるけど、

「名前あらへんけど」
「本名では色々問題がありまして、レーサーの時は篠原アオイにしています」

 うん、聞いたこと・・・それってあのアオイじゃない。レース界のプリンセスと呼ぶ人もいるぐらい。そりゃ、速いよ。四耐のオーディションでダントツだったのも当然だよ。でもいくら名前を変えても、

「あれから十年です。私も変わりましたし、まあ変装もそれなりに。でも・・・」

 バレたのか。怒った杉田さんは六花を不合格にしたんだね。

「まあそんな感じです。少し付け加えますと・・・」

 えっ、一度は合格してたのか。それだけじゃなく、また杉田さんと良い感じになりかけていたのか。

「油断でした。拓也さんの四耐プロジェクトは本気です。あわよくば優勝さえ狙うほどです。ですが本気になればなるほど予算が増えるのがレースです」

 資金繰りは苦労してるって言ってたものね。

「だからスポンサーになると提案したのですが・・・」

 そこでバレたのか。

「拓也さんの資金繰りが苦しいのは本当です。本来なら四耐本番に向けて最終調整を行う時期なのに、わざわざ加藤さんとコラボで番組を作っているぐらいです。だからなんとか・・・」

 そこに杉田さんが戻ってきて、

「六花、もう構わないでくれ。お前の情けを受ける義理など、どこにもない」
「でも私のせいでマシンが変更になってしまってるから、せめてその分だけでも」
「お前をクビにしたのはオレの判断であり、オレの責任だ。マシンの変更もそうだ。それだけの話だ」

 えっ、じゃあ、最初に選んで購入していたのはYFZで、六花と共に仕上げていたのか。それが六花の正体がわかったから急遽CBRに変更してたなんて。これは新たにマシンを購入した費用だけでなく、YFZ用に取り揃えていたパーツとかもすべて買い替えないといけなくなるはず。

「人を踏みつけた奴はすぐに忘れるが、踏みつけられた方は悪いが忘れにくいんだよ。これ以上、オレの邪魔はするな。はっきり言ってやる。顔を見てるだけでヘドが出る」

 あちゃ、高校時代の事を心底恨んでるよ。でもさぁ、でもさぁ、本当に嫌いだったら・・・

「コトリさん、ユッキーさん、お待たせしました。中の川の白樺並木でもう一度お付き合いください」

 杉田さんはすがる六花に、

「警察呼ぶぞ」

 行っちゃった。加藤さんは、

「あいつも頑固や。まあ気持ちが複雑になるのはわかるけど・・・」

 それって、

「今は仕事が優先やからゴメン。今晩でも時間があれば・・・そやそや六花ちゃん、明日の予定や」

 なるほど、六花がストーカー出来るのはこういうカラクリか。これは難しそうだけど、おもしろくなりそうじゃない。コトリだって、

「そやな。ほいでもユッキーはエエんか」

 イイよ。私は無限の時の放浪者。この旅がいつ終わるかを知る者はいない。旅で出会う人は多けれど、時が過ぎ去れば二度と会う事もない。それが定められた宿命。ただ悲しみのみが積み重なっていく・・・やった、全部言えたぞ。

「ほな、行こか」