ツーリング日和10(第11話)夢の四耐

 最東端の碑から帰りかけた時に、

「コトリさんとユッキーさんじゃありませんか」

 はて、こんなところに知り合い、それも、コトリとユッキーと呼ぶ人がいるとは、

「杉田さんやんか」

 これは懐かしい。杉田さんは有名なモト・ブロガー。今や有名というよりカリスマとして良いはずだよ。こんなところにいると言うことは、

「ええ、仕事です。北海道は人気がありますからね」

 それはわかるけどよく来たな。北海道までのルートは似たようなものだけど、杉田さんは愛媛の松山だものね。

「わてもおるんですけど」

 忘れてないよ。杉田さんと肩を並べるモト・ブロガーの加藤さん。二人が撮った北海道ツーリングの動画を見るのは楽しみだ。二人の作風は違って、杉田さんはクールだけど温かみがあるもの、加藤さんはドタバタの中に人情味が滲み出るもの。

「今回はコラボです」

 二人が組んだコラボも傑作なんだよね。ますます商売繁盛間違いなしだ。納沙布岬はオーロラタワーもあるけど、さすがにまだ開いてないから根室に引き返したんだけど、マスツーを頼まれた。

「どうにも天候に祟られて・・・」

 雨と霧にだいぶ悩まされたみたい。旅行で天気に恵まれないと楽しみが半減するけど、北海道のツーリングではとくに辛いと思う。今まで見て来た絶景が見えないもの。この二人は単なるツーリングじゃなくて仕事で来てるから、

「商売あがったりや」

 わたしたちに声を掛けたのは旅の仲間なのはもちろんだけど、

「天の助けや思いましたで」

 あははは、コトリと行けばいつもツーリング日和なのは知ってるものね。でもコースは、

「合わせます。もちろん下道ツーリング」

 マスツーを断る理由もないからOKして、宿に戻って朝食だ。二人とは道の駅スワンで待ち合わせ。インカム調整して出発だけど、杉田さんはバイクを乗り換えてるな。それも前より小さい気がする。

「ああ、これですか。これも企画の一環です」

 あれはCBR600RRだ。もちろん大型で良く走るバイクだけど、そうだな、スーパースポーツに較べたらマイルドかな。リッタースポーツを持て余した人がダウンサイズで買うこともあるけど、杉田さんはモト・ブロガーでもあるけどレーサーだから関係ないはず。

「ST600に慣れるためです」

 企画ってそういうことか。それなら杉田さんにピッタリだ。ST600とはレースのカテゴリーの一つなんだ。バイクレースも様々なカテゴリーがあり、そのカテゴリーに応じたレースもある。

 ST600はシンプルには四気筒600CCのエンジンで、公認された市販車のレースのこと。似たような名前のカテゴリーにSS600もあるけどかなり違う。違いは改造範囲。ST600の方が狭くて厳しいんだ。

「よくご存じで、エンジンもフレームも手が加えられませんからね」

 細かいレギュレーションはよく変わるけど、フレームとエンジンがオリジナルなのは一貫してるかな。公認車同士の差もないようなものだから、レースはライダーの技量が左右する部分が大きいカテゴリーぐらいに言っても良いと思う。それより、なにより、

「私もライダーの端くれですから」

 日本のバイクレースの最高峰となると異論も出るかもしれないけど、一番有名なのは鈴鹿の八耐とする人が多いと思う。さすがに八耐はハードルが高いから、

「そうです、四耐です」

 四耐の現在のカテゴリーがST600なんだ。そうなると今乗ってるのも、

「保安部品を取っ払えば出場できますよ」

 四耐の参加ハードルは決して高くない。参加料だって四万円ちょっと。それだけで八耐ウィークと呼ばれる五日間をサーキットの内側で過ごす事が出来て、トライアルや予選も走れて、チームメンバーと八耐観戦も出来る。ちなみに四耐は八耐の前日が決勝なのよね。

 もちろん他にも資格は必要で、ライダーにはSMSC二輪ライセンス以上が必要だけど、そんなものは杉田さんは余裕で持ってるのよね。

「耐久ですから、もう一人ライダーが必要ですし、MFJピットクルーライセンスを持つスタッフも必要になります」

 言うまでもないけど、それ以前にバイクも必要だし。バイクを整備するためのガレージ、鈴鹿にバイクを運び込む輸送手段も必要。でも、外から思うほど参加へのハードルは高くなのよね。

 杉田さんは四耐参戦企画を立ち上げて、ライダーやピットクルーを集めてチームを組んでるぐらい。クラウドファウンディングもやったのか。

「八耐になるとバイクだけで一千万円ぐらいかかるので、それに較べれば安いですが、本気で参戦するとなると費用はかなりかかります」

 さらにがあって、八耐でも実質的に持ち出し参加になるらしい。そりゃ、バイクだけで一千万円もかかるのに、優勝賞金は一千万円。そう、優勝しても赤字は必至ってこと。八耐も四耐も名誉だけ競ってるようなもの。

「それでも夏の鈴鹿を走るのはライダーにとっての夢ですから」

 杉田さんが苦笑いしながら話してくれたけけど、プロのレーサーで食えるのはファクトリーやワークスと契約できる人ぐらいだって。プライベーターではプロと名乗っても、内実は他に職業をもって、その儲けをレースに注ぎ込んでるぐらいだそう。

「だからモト・ブロガーが本業です」

 とにかくカネがかかるのがレーサーらしくて、バイクの調達費用、バイクのチューンナップのための費用、レースの参加費、さらにサーキットの走行練習にも費用がかかる。ガソリン代はもちろんだけど、

「タイヤ代もサーキット用になると泣きそうです」

 とにかく摩耗するのが早くて、まるで消しゴムのタイヤで走ってるようなものだとか。エンジンだって定期的にオーバーホールしないと話にならないそう。もちろんオーバーホール代もね。

 でもね、そこまで手間と時間と費用を注ぎこんでも走りたいのが鈴鹿の四耐の魔力。こういうものはわかる人はすぐに理解できるし、わからない人は永遠に理解できずに道楽にしか見えない。

「道楽ですよ。でも道楽にこそ生きる喜びがあるのです」

 そうだよ。道楽には品行が悪いとか、身持ちが良くない放蕩者の意味もあるけど、本職以外の趣味に熱中するって意味もあるのよ。文字通りの道を楽しむだよ。

「語源的には悟りを楽しむ境地やもんな」

 聞いていると杉田さんも資金繰りには苦労してるよう。これは四耐でも目指すもので費用は変わる部分が大きいで良さそうなんだ。改造範囲が限定されてるとは言え、優勝を目指すチームはかなり費用が必要みたい。杉田さんも出場するからには上位入賞を狙ってるのよね。

「参加するだけでは意味がないでしょう」

 でも四耐もまた厳しいレースなのは間違いない。耐久だからと言ってゆっくり走るレースじゃない。そりゃ、スーパースポーツのスプリント・レースより遅いけど、実際のレースでは全速力で走るレースみたいな様相になるらしい。

「とにかく完走するのも難しいところがあります」

 らしい。上位入賞できなくても鈴鹿の四耐を完走しただけでレーサーとして一目置かれるぐらいだとか。それぐらい、四時間のレースは過酷だってことね。

「レースのカギはいくつもありますが・・・」

 八耐と四耐の違いは走行時間とカテゴリーの差は当然あるけど、レーサーサイドから見るとタイヤが大きいみたい。八耐になるとレース用の専用タイヤも出てきて、

「ええ、八耐だけでなくファクトリーが使うタイヤだけで差が付きます」

 その点は四耐は市販のレース用のタイヤのワンメイクだから、差がそんなに出ないみたいだけど、

「使えるタイヤが1セットだけなのです」

 ちなみに八耐は十六本使えるそう。十六本とは八セットだから一時間おきに給油とタイヤ交換になるぐらいだって。四耐は1セットだからタイヤ交換の手間は省けるけど、いくら擦り減っても交換できないから、タイヤマネージメントは大きく勝負を大きく分けるぐらいになるのだそう。

「単純には派手に飛ばすと摩耗が早く、レースの後半から終盤にグリッド力の低下が厳しくなります」

 カーブでスリップして転倒のリスクが高くなるのだろうな。実際にも上位を快走していたチームが後半戦から終盤戦になって転倒で棄権とか、マシンのダメージの修理作業で大きく順位を落とすのは毎回のように見られるとか。

「他のカテゴリーのレースより、タイヤの耐久戦の部分が多いのが四耐かもしれません」

 頑張ってね。