ツーリング日和5(第10話)枕崎の雄節

 今日はまず池田湖よね。九州最大のカルデラ湖を見なきゃ始まらない。まずはハイビスカス通りから、その次はなのはな通りって言うのか。昨日も思ったけど薩摩半島ってかなり平べったい感じがする。それとやたらと畑が多いよな。

「地理で習ったシラス台地ってやつやろ」

 コトリもそうだけど、高校ぐらいまでの記憶が木村由紀恵時代が最後なのよね。

「それやったら、今度は小学生とか中学生からやるか?」

 ビールが飲めないから却下だよ。高校時代ぐらいならもう一回やっても良い気がしないでもないけど、

「やっぱりビールが飲めへんから却下やろ」

 そうなる。それはともかく畑の中をひたすら突き進む道だね。これで合ってるのかな、コトリだってたまに、いや時々、じゃなくてしょっちゅう道間違えるけど、

「そんなことはインカム切ってから言え。ほら見てみい」

 久しぶりに道路案内があるけど、左に曲がると池田湖になってるじゃない。

「そうなるように走って来たんや」

 わかってるって、信用してますよ。時々、行き止まりになったりするけど、

「あれは行き止まりやのうて通行止めやった」

 えっと、あそこを左折ね。道は悪くないけどなんにもないところね、

「そやから空いてるんやろが」

 それでも池田って地名が出て来たから近いみたい。あっ、あれは開聞岳じゃない、だったらチラッと見えてるのは池田湖かも。

「かもやない。あそこを左に入るで」

 湖に近づかないとね。

「ちょっとストップ」

 出たぁ、ここは真っすぐじゃないの。

「それでもエエかもしれんけど」

 そういうことか。真っすぐ進めば池田湖を時計回りに巡ることになるけど、池田湖畔の道って周回道路になってないのか。次は枕崎に行きたいから反時計回りに走りたいんだね。でもあの道って路地だよ。

「行ってみる」

 怪しげな路地を通り抜けると、広いとは言えないけど堤防沿いの道でられた。堤防があるから池田湖は見にくいけど、この堤防って階段状になってて、手軽に登れるのが面白い。それとこの辺は別荘地みたいな感じで良さそうな気がする。

 また路地みたいなところを抜けたら二車線の県道だけど、これってさっきの道じゃない。それだったら、まっすぐ走っていたら良かったじゃない・・・と怒るところじゃなく楽しむところがツーリング。へぇ、椰子の木だ、南国風になってるじゃない。お土産屋さんも出て来たからやっと観光地気分だよ。

「ところでイッシーって今でもいるのかな」
「おるはずや。名物大うなぎって書いてあったやろ」

 池田湖の大うなぎは最大で2メートルにもなるとされてるけど、

「イッシーは池田湖の主みたいなもんちゃうか」
「食べられるの」
「天然記念物が食べられるか!」

 中国あたりでは普通のウナギより強壮効果があるとされて食べられてるみたいだけど、

「皮が固くて不味いって話もあるで。それよりになによりウナギは蒲焼以外ではあんまり食べたない」

 うなぎ料理は日本以外にもあるけど、やっぱり蒲焼が最高よね。日本だって蒲焼以外のうなぎ料理はあるかもしれないけど、食べたことないし、食べたいとも思わないもの。大うなぎはともかく湖畔の気持ちよい道じゃない。

「ここだけは寄っときたい」

 枚聞神社ってあんまり聞いたことがないけど、薩摩の一之宮なんだ。でも経緯がおもしろいよ、川内にある新田神社と一之宮争奪戦をやったそうなんだ。枚聞神社が島津氏の庇護もあって一之宮にはなったそうだけど、明治の扱いでは枚聞神社が国弊小社、新田神社は国弊中社だって。

「もうちょっとだけ寄り道してこう」

 次に連れて行かれたのはJR西大山駅。ローカル線の鄙びた駅だけど、

「旧日本最南端の駅で、現日本本土最南端の駅や」

 日本最南端の駅の地位を失ったのは沖縄にモノレールの駅が出来たらだそう。ここもさらっと見て、次は枕崎、

「枕崎の鰹節を買わんとな」

 枕崎は日本一のカツオの水揚げあるところで土佐と並ぶ鰹節の名産地なんだ。ここまで来たからには本場の最高級品が欲しいけど。

「どやろ。かえって本場で買えへんもんやで」

 それはある。商品はなんでもそうだけど、需要と供給のバランスで成り立つもの。産地だからいくらでも供給できるけど、枕崎でどれだけ売れるかとすれば、高が知れてるのよね。だから京阪神から、さらに東京にとくに高級品は出荷されてしまう。地元に置いといても売れ残るだけだもの。

「ここみたいや」

 ここって工場じゃない。見たところ店舗部分はないみたいだけど、

「こんにちは月夜野です。今日は御無理申してすみませんでした」

 コトリ、掟破りの肩書を出したのか。

「そう言うな。ここは枕崎の鰹節工場でも最高ってされる名人の店やねん」

 なにそうなの。それなら京阪神や東京の一流料亭とかに出荷されるクラスも手に入るとか、

「そのために肩書と名前出したんやんか」

 それなら許す。工場の中に案内してもらったけど、まさにカツオだらけ。工場の中ではカツオをさばいたり、茹でたり、骨抜きしたり、流れ作業みたいにやってる。簡単そうにやってるけど、あれこそ熟練の技なんだろうな。

 いわゆる鰹節って本枯れ節になるのだけど、これは三週間ぐらい焙煎してから、カビ付けしたもの。完成まで一年もかかるそうなんだ。

「こっちが雄節、こっちが雌節になります」

 これはオスのカツオ、メスのカツオの意味じゃなくて、カツオの背側が雄節、腹側が雌節になる。腹側の方が少し小さくなるから雌節と呼ばれるようになったぐらいかな。ここで昔からの疑問を聞いてみた。某料理漫画で決めセリフのように最高級の鰹節を、

『枕崎の雄節』

 こうしてたんだよね。でも本当にそんなに差があるものだろうかって。そしたら、

「値段なら少しだけ雄節が高うなっ」

 それなりの高級品で雄節で千五百円、雌節で千四百円ぐらいだそう。百円ぐらいの差と思ったけど、ここにちょっとしたカラクリがある。店にもよるみたいだけど、鰹節はお肉のように厳格にグラム単位で値段が付けられるわけじゃなくて、一本単位になるみたい。

 同じぐらいのサイズのカツオから作るから、大きさはだいたいはそろうみたいだけど、雌節の方が雄節よりやや小さいんだよね。そこまで考えると一本単位では雄節の方が高いけど、大きさからも考えると同じとも言えそう。じゃあ、肝心の味の差はって聞いたら、

「雄節が淡白で、雌節が濃厚じゃ」

 これはもともとの部位の差で、雌節は腹身だから脂が乗っていることになる、そこが旨味になって強く出るんだって。ダシを取っても雄節より色も濃くなり、強いて言えば麺つゆとか煮魚に向いてるそう。

 これに対して雄節は背側だから脂も少なく、淡白な味になるそう。ダシの色も薄くなるからお吸い物とか、振りかけに使うのにあえて言えば適してるらしい。だからお椀をもって、

『これは枕崎の雄節だ!』

 なんて決めセリフがあったのかも。だけど実際の差は殆どなく、それこそ好みだし、

「違いが分かっしは殆どおらんやろう」

 そんな差が即座にわかるのが知り合いにいるけど、あの連中の味覚は神さえ見下ろすぐらいだからね。そういう訳で、最高級として出してもらった雄節と雌節をセットで買わせてもらった。コトリは、

「雌節が雄節に負けんもんと知って嬉しかったわ」

 説明を聞いてたんだけど、美味しさだけだったら雌節の方が上の気がしたぐらい。刺身やたたきにしても脂が乗ってる方が美味しいから鰹節になっても同じのはずじゃない。

「マイに会うことがあったら講釈聞いてみるか」
「聞いても無駄だよ。マイはあれだけの味覚があっても、美味しいとは食べる人がその場で満足するかどうかが基準だもの」

 あれぐらい明快に言い切れる人間なんて滅多にいないと思うぐらい。