ツーリング日和5(第11話)知覧

 無事最高級の鰹節がゲット出来たから宅急便で送っといた。鰹節削り器がなかったら自分で調達してね。ここからだけど、

「このままシーサイド・ツーリングも魅力的やけど、知覧は外せんからパスや」
「コトリ、知覧はやめとこうよ」

 コトリが行こうとしてるのは知覧特攻平和記念館。第二次大戦中に多数の特攻機が飛び立ち、二度と帰って来なかったとろなんだ。戦争哀史でもあり、戦争の悲惨さを伝えているところだけど、わたしたちは行かない方が良いよ。

 でも珍しく聞く耳を持たなかった。三十分ほどで着いたけど、コトリの目が険しいよ。そうなるのがわかってたから来たくなかったんだもの。実はと言うか、当たり前だけどわたしもコトリも空襲経験はあるの。

「ユッキーもおったよな。川崎重工と三菱重工の間にあったから、トバッチリもエエとこやった」

 そう二人とも見ず知らずとはいえ兵庫津にいたってこと。良く生き残れたよ。いくら女神を宿していても直撃弾を食らったらどうしようもなかったはずだもの。

「生き残ってしもたのが良いか悪いかの話は置いとくけど」

 本土まで空襲被害が及ぶようになって態勢挽回の苦肉の策として編みされたのが特攻。これも飛行機のが有名だけど、魚雷改造の潜水艦で行ったのもあるし、本土決戦になったらモーターボートや、それこそ肉弾特攻まで計画されてた。ここでカケルが、

「最近の研究では、通常攻撃より効果があったの説もありますが」

 こら、余計な事を言わないの。ほら、コトリの目が険しくなってるじゃない。

「机上の計算に過ぎん。戦争はな、勝つためやったっらどんな手を使っても良いのが鉄則や。ウソをつこうが、騙し打ちにしようが、卑怯な手段を使おうが勝てば官軍や。米軍かって原爆を二発も落として大虐殺やらかしたけど、勝ったら正義やと抜かしとるやんか。あんなもんアメリカが負けとったら関係者は縛り首や」

 言わんこっちゃない。

「そんな戦争でも禁じ手はある。勝つためやったら、戦死率の非常に高い作戦でも許される。いわゆる決死隊や。そやけど決死隊かって生き残れる可能性は残されとるんや。決死隊と特攻の差がカケルにはわかるか」

 こうなるんだもの。カケルが詰まりながら、

「どちらも命を犠牲にして戦果をあげることですが・・・」
「あのなぁ。戦争に行ってる兵士かって死にに行ってる訳やない。生き残って帰るために行ってるんや。指揮官は勝つために兵士を殺さざるを得んけど、勝って生きて連れて帰る使命も授かってるんやで」

 コトリもだけどカケルもそれぐらいにして、

「でも戦争であるなら勝たないと・・・」
「当たり前や。負けたら戦死が増えるやないか。だから勝たんとあかん。負けるような指揮官はそれだけで無能や」

 拙い。だんだんあの時のコトリに戻って行ってるよ。エレギオン軍を率いて戦い続けたあの頃に。

「たしかにあの時点で特攻をやっても勝てないですから犬死みたいなものですよね」
「カケル、言葉に注意せい。特攻は禁じ手や言うたけど、その戦術に殉じた兵士を愚弄するのは誰にも許されへん。兵士とは指揮官の命令に忠実に従うもんや。最前線でその命令に命張った者と、無駄死させたアホ指揮官の評価は完全に別物や」

 なんとか口を挟んで宥めないと、

「まだわからんか。愚劣な戦術で無駄死にになろうとも、それは犬死なんかやあらへん。命の限り戦った勇者や」
「英霊ですよね」

 カケルはまたもNGワードを、

「誰が英霊や。単なる戦争犠牲者や」

 カケルもやめて、お願い。

「やはり戦争は良くないですよね。二度としないのが一番です」
「そうや戦争はせんのが一番や。そやったら、どうやったら戦争はせんで済む?」

 コトリ、それは言っちゃダメたって、

「そやな。カケルには難しすぎるわ」

 やっとコトリが反応してくれた。ここからいつものコトリに戻さないと、

「ユッキー、まだ特攻の方がマシやと思わんか」
「なに言ってるのよコトリ」
「どんだけ死なせたと思てるねん」

 そ、それは・・・

「ズダン峠の突破作戦やアングマール進撃作戦はまだ決死隊やった。そやけど、あの補給作戦は特攻よりアホな作戦や」

 でも、あれをやったからこそ、

「そう思うたから日本もやってんやろ。違いは日本が負け、エレギオンは勝っただけの話や。あの作戦を立案して実行させた愚かさは一緒や」

 コトリ・・・

「しょせん戦争なんか狂気の産物や。朝から晩までどないしたら敵を効率よく殺せるかを考える悪魔の所業や」

 コトリの目に涙が、

「ここはコトリやユッキーこそ訪れるべきや。あんな事を二度とせんためにや」

 そうだよね、女神は忘れたくても忘れられないのが宿命だもの。いつ来るかわからない死が訪れるまで永遠に記憶には残るもの。

「こんだけ生きてきて最大の黒歴史や。それもベッタリ刻まれた烙印やんか。それでも生きなあかんねん。こうやって思い返して心に刻み直さなアカンねん。そやろ」

 わたしだって忘れていないよ。あの作戦はコトリが立案したけど、それを承認したのは首座の女神たるわたしだもの。さらに作戦を実行させたのもわたし。エレギオンから死の行進を氷の厳命で送り出したのは、他でもないこの首座の女神。

「お互いエエ死に方は出来へんな」
「それはあの作戦の実行を認めた時から覚悟してる」

 あの作戦は禁じ手だった。それはあの時でさえ認めてた。でも禁じ手を用いてなかったら間違ないくエレギオンは滅び、わたしやコトリも含めて誰も生き残らなかった。あれは普通の戦争じゃない、神と神との殺し合い。人の倫理を越えた禁じ手さえ使わざるを得ないものだった。

「ほいでも笑うよな。禁じ手まで使うて勝ったのに最後は火炙りやで。それも違うかもな、禁じ手を使うたから火炙りやと言うべきやな」

 永遠の記憶を生きる女神とて、出来る事はその場その場の判断だけ。その場で最善と思われる判断を下すのが精いっぱい。だけど、時は怖い。流れればすべてが変わってしまう。良かれと思ってしたことが、後に裏目になって苦しむなんていくらでもある。

 でもね、生き延びちゃったんじゃない。これもまた一つの運命として受け入れざるを得ないじゃない。こうやって過去の苦い経験を思い返すのも必要だけど、見るべきものはこれから来る時だよ。

「ユッキーも変わらんな」

 わたしもコトリも時の旅人だけど、未来には進んで行けても、過去には戻れない。出来る事は過去の失敗をこれからの未来で活かすこと。

「行こか」
「お昼はどこにするか考えてるの」