ツーリング日和25(第21話)竹原

 大和ミュージアムを見たついでに海上自衛隊呉資料館、愛称てつのくじら館も見て、そこの海軍カレーで昼食にした。軍隊と言っても海軍カレーを楽しんだり、震災とかで活躍してくれる程度が嬉しいよ。ここからだけど、

「江田島までは時間があらへん」

 呉からは国道一八五号で東に走る。基本はシーサイドロードなんだけど、

「浜国道みたいな感じやな」

 堤防越しに海を臨めるところもあるけど、家が建ち並んで見えないところの方が多いかな。市街地はそれなりに混んでるところも多いけど、信号は少なめでまずまずの快走路って感じだよ。

 一時間ちょっとで竹原に着いたけど、休憩がてらに散策。ここも伝統的な街並みが保存さてる地区があるんだよ。見ながら思ったのだけど、ここって、

「千草も若いと思うとったけど、そんな古い映画を知っとったんか」

 あのね、同い年相手に冗談にもならんぞ。ここは大林宜彦監督の尾道三部作の一つである時をかける少女のロケが行われたとこなんだって。

「通学路のシーンやな」

 あの映画の通学シーンは尾道の小道が多かったけど、生徒が集団で登校するシーンがここだったはずだ。あれっ、堀川って醤油屋があるけど、ここって。

「原作の吾郎の家は荒物屋ねんけど、竹原にこの醤油屋があったから変えたそうやねん」

 そうなのか。普段はおふざけ君のゴローが醤油屋の息子の一面を見せるシーンは印象的だったよね。

「映画ではそこまでやったけど、あのシーンって吾郎の意外な一面を見せるだけやのうて、ヒロインがホンマは吾郎の嫁になるのを暗示しとったと思わへんか」

 言われてみれば。ヒロインは醤油蔵に沁みついた匂いに魅かれてたのもね。そうだ、そうだ、ずっと気になってたのだけどタイムパラドックス的にはどうなの。

「千草も気になったか・・・」

 ラストシーンでヒロインは未来に戻った少年への幻想の恋だけに生き、薬学部の研究室で独身のままって設定だった。けどさ、本来のヒロインは吾郎と結ばれるはずともしてた。結ばれなければ二人の子孫が未来で消滅してしまうのよ。

「映画や原作やったらヒロインは本当の恋を知ったってロマンチックにまとめとったけど、タイムパラドックス的にはそれでもヒロインと吾郎は結ばれんとあかん。あるとしたら、あの後に結ばれて結婚するになるやろ」

 なんか力業だけど、そうなればタイムパラドックス的には帳尻は合うのか。でもさぁ、でもさぁ、そうなってもヒロインの心の奥底と言うか、本音のところで本当に愛しているのは未来に戻った少年じゃないの。

「そうなるやろな。吾郎かって愛してるけど、二番手とかスペアみたいなもんや。そやけど、そんな恋かってあるやんか」

 101回目のプロポーズの世界か。

「千草も若いと思うとったが・・・」

 だから同い年だろうが。でもあれは、死んでしまった恋人への未練を最後に振り切ったじゃないの。

「そんなもんわかるかい。ヒロインの心の中の順位付けは死んだ恋人の方が上やろ」

 そ、そうなりそう。割り切りはあくまでも新しい恋を受け入れる心の持ちようだけだよね。

「それでも男は幸せや。恋焦がれた女と結ばれたんやからな。女の気持ちはオレには経験ないから最後のところがわからん」

 千草もないからわかんないよ。いや、コータローならわかるはずだ。千草と違ってコータローには付き合った女がいる。それに男って初恋の女は忘れないし、死ぬまで理想にするって言うじゃない。心の順位付けなら千草より、

「人は記憶を美化させるんや。たとえ恋人関係にならんかってもあるはずや。千草かって無いとは言わさん」

 そ、それはないとは言えないな。恋をすればした数だけ相手の記憶は残されていく。

「オレと千草やったら、未来からの闖入者がおらんで良かったわ」

 こうとも言えるか。人は恋する事によって自分により相応しい相手を見つける経験を積むのかもしれない。結婚相手は最愛の相手と言いたいところだけど、実はそこに経験からの妥協とか、打算も含まれてるかもね。

「そういう結婚かっていくらでもあるやんか。さらに言うたら、それで幸せになっとるのもおるはずや。そやけど言うとくで、オレは千草がこれまでで一番やと思うたから惚れたし、夫婦になってからも最高の相手やと確信しとるわ」

 千草だってそうだ。それが二人のFAだ。コータローさえいればもう誰も欲しいとは思わないもの。時をかける少女のヒロインだって、いつの日か幼馴染の吾郎の愛に振り向くはず。そりゃ、吾郎と結ばれてもヒロインの心には未来に帰った少年への想いは残るだろうけど、

「恋ってな、上書きできるもんでもあると思うねん」

 だよね。吾郎の本気はヒロインの心を上書きするはず。でさぁ、でさぁ、誰を本当に愛するべきかってどこかで気づくはずなんだ。それに気が付かいないわけがない。

「それこそが未来から約束された真実の恋や」

 運命の赤い糸って本当にある気がするんだよ。コータローとだって四歳時代と、中三の時に接近遭遇はしてる。だけど四歳の時はさすがに幼過ぎたし、中三の時は青すぎた。それでも十八年後にまた巡り合ったんだ、十八年の歳月は二人が結ばれるのに必要な時間だったはずだよ。

「かもな。オレかって中三の時から五年後とか、十年後やったらここまで千草の本当の良さがわからんかったかもしれん。あれしかないタイミングで巡り合い、オレは最高の相手と結婚できたと思うとる」

 ありがと。そんなもの千草ならなおさらだ。そしたらツムギちゃんが、

「聞いてるだけでドラマチックな恋ですね」

 恋をするって、自分が恋愛ドラマのヒロインをやるって事なんだよ。そんなものドラマチックに決まってるでしょ。それにだよ、その恋愛ドラマにはセリフも台本も無いの。結末もわからずにヒロインやってるってこと。

「失恋に終わることもありますよね」

 あるに決まってるでしょ。それを経験せずに済むのは初恋が実った時だけだよ。そんな人は滅多にいないから誰もが失恋経験を持ってるってこと。でもだよ、失恋したら次の恋愛ドラマに出たら良いだけ。ツムギちゃんならいくらでもオファーがあるよ。千草は少なすぎたけどね。

「そんな恋が見つかるでしょうか」

 そんなものわかるものか。結婚が女の幸せなんて言わないけど、結婚願望があっても結婚できない女だっているじゃない。千草だって、もう諦めてたもの。なのになぜかコータローが湧いて来たもの。

「ボウフラみたいに言うな!」