ツーリング日和19(第2話)慣らし運転

 バイク屋で実車を見た感想は、

「小さいな」

 というのもそれだけ待っている間にモンキーが走っている姿を見たのがわずかに二度だけ。こんなに近くで実車を見るのは初めてなんだよ。スペックは知っていても実感はそんな感じだった。

 バイクを受け取れば走って帰るのだけど、とにかく久しぶりのMT車。MT車を走らせるにはまず二つの難関があり、

 ・発進できるか
 ・ニュートラルにスムーズに入るか

 納車待ちの間に事前情報だけはあれこれ入っていたのだけど、どうもモンキーのクラッチはクセが強いらしい。具体的にはかなり遠いらしくて、これを嫌がってクラッチレバーを変えている人もいるぐらいなんだ。

 MT車がMT車であるのはイチにもニにもクラッチの存在になるのだけど、これはバイクによってクセは強いんだよな。大雑把に言えば小排気量車の方が難しいぐらいで良いはず。とは言うものの、こればっかりは使ってみないとわかるはずもない。

 緊張しながらクラッチを繋いだら、ありゃ、これは繋ぎやすいぞ。たしかに繋がるところは遠目だけど、この程度で文句を言うほどのものじゃなかろうが。ニュートラルもスムーズに入ってくれて無事にバイク屋から出発が出来てホッとした。

 でも良かったのはここまでで、後は久しぶりのMT車に振り回された。まずギア感覚がわからない。上げるときはまだしも、下げるときの感覚は走ってみないと掴みようがないのだよね。

 ボクの感想として二速がちょっと高い感じ。低速で二速にするとエンジンの反応が良くない時が多いのだもの。でも一速なら低すぎる感じかな。街乗りはとにかく発進停車が多いから、どのギアを選ぶかを体が覚えるまではギッコンバッタンをだいぶやらかした。

 ウインカーもクセが強い。ウインカーは左ハンドルにホーンとセットであるのだけれど、ホンダだけがホーンが上でウインカーが下の配置になってるんだよ。ウインカーなんて感覚で操作するのだけどちょっとでも油断すると、

『ブー』

 ホーンを押してしまう。だいぶまわりのクルマから睨まれた。そうそうホーンのスイッチもどうしてあんなに大きいんだろ。誰かがホンダの罠とかしてたけどホントにそんな感じだった。

 走ってる実感として低速トルクはかなりある気がする。これだって新型が出たときに旧型に比べると落ちるとして酷評してる人がいたけどボク的には十分だと思う。つうか旧型ってもっと太いのかな。旧型と乗り比べる機会なんてありそうもないから知らぬが仏にしておこう。

 慣らし運転もあれこれ予習はしてたけど、それより以前に慣熟走行になってた思う。バイクこそ乗ってたけどMT車に関してはリターンライダーだからそうなるよ。そうそう跨った感想だけど、

「大きいな」

 案外の大きさ感をボクにはあったんだ。そう感じた理由だけど、モンキーは車体の小ささの割にはシートが高目なのはありそうな気がする。そのうえ乗車姿勢はスポーツタイプのように前傾姿勢じゃなく体を起こして乗るタイプなんだよね。

 そうなると視線が必然的に高くなるのだけど、それが車体を大きく感じさせているのじゃないかと考えてるかな。それでもボクの体格なら足つきも問題はないからこれは良い点に出来ると思う。

 給油もクセ強すぎるな。タンクを開けると漏斗状になっていて、漏斗の先にバーがあるのだけど、給油するときにはそのバーの下までにしてくれと言われたんだ。そんなものどうやってとバイク屋の大将に聞いたのだけど、

『慣れてください』

 そりゃそうなんだろうけど、説明としてそれだけかよ。タンクに関連してだけど燃料計もクセが強すぎだ。デジタル式で六つの目盛りがあり、六つ目は燃料警告灯も兼ねているから最後は点滅状態になるから七段階表示にはなっている。

 だけどとにかく減るのが早い。最初の時なんか百八十キロぐらいで給油ランプが点滅して、エライ早いなと思って給油したら三リットル弱ぐらいしか入らないんだよ。これじゃ、わかりにくいか。モンキーのタンクは五・六リットル入るからまだ二リットル弱ぐらい残ってることになるんだよ。

 この手の燃料計はたいがいの場合、最初の一目盛りの減りが遅くて、そこからパタパタと減っていき、警告灯が点いた頃には1リットルぐらいが多いはずなんだ。つうか前のスクーターがそうだった。

 そりゃ、残りがそれだけある時点で警告灯が点けば燃料切れの防止には有用だろうけど、モンキーの燃費は怪物級なんだよ。ちょっとでも走行条件が良ければ六十キロぐらいは余裕で叩きだすんだ。それだけ残ってれば百キロぐらいは走れてしまうことになるじゃないか。


 あれが本当の意味の慣らし運転になっていたかどうかは置いとくとして、慣らし運転期間が過ぎたから走行性能の限界もテストしてみた。まずは高速走行。もちろん高速道路は走れないけど、そういう道がどこにあるかぐらいは知ってるからな。

 テストしたのは新神戸トンネル。ここは空いていればとにかくクルマの流れが速い道なんだよ。結果はスクーター並みだった。エンジンのスペックが同じぐらいだから当然と言えば当然の結果だったかな。

 だけど走行安定性はモンキーの方が高かった。あれこれ原因はあると思うけど、やはりタイヤだろ。スクーターは十インチだけどモンキーは十二インチで、さらに太い。スクーターの細い小さなタイヤでギャップがあったりしたら真剣に怖かったもの。

 でも不思議なバイクで、だから飛ばしたい気にはならないと思った。これはレビュー動画でも何人か話していたけど、なぜかゆっくりとトコトコ走らせたくなるし、その方が気分も良くなる感じがボクもした。トンネルが終わったらホッとした気分になったもの。

 次に挑んだのが峠道。これも非力な小型バイクの難所になる。これは神戸からツーリングに出かけようと思えば通らないといけない関門みたいなものでもある。神戸の地形は南が海で北には六甲山が迫って来ているのは知ってる人も多いと思う。

 ツーリングで快適に走りたいと思えば信号の少ない田舎道を目指すのだけど、神戸市街を手っ取り早く抜けるには六甲山を超えて北区に出ることになるんだ。新神戸トンネルを抜けても良いけど、もう一つのルートとして六甲山トンネルを抜けたいのもあるんだよ。

 六甲山トンネルは表六甲ドライブウェイの途中にあるのだけど、ここまで登る道がとにかく険しいというか急なんだよ。スクーターでも越えたことがあるけど、完全にカメ状態にされ、もう走りたくないのトラウマまで植え付けられたぐらい。

 モンキーのスペックもスクーターのスペックもあんまり変わらないから同様にカメ状態にさせられるかもしれないけど、モンキーはMT車である点に期待してた部分は大きいんだ。

 スクーターでトラウマを起こしたというか、ストレスの原因になったのは急坂でエンジンが一杯一杯になった時にシフトダウンしてくれない点だったんだ。シフトダウンしないからエンジンの回転数はじり貧になり、速度もじり貧になっていくのを指を咥えて見てるしかなかったものな。

 なにがしたかっただけど、そうなった時にシフトダウンがしたくてしょうがなかったんだ。AT車であるスクーターでは出来なくてもMT車のモンキーなら出来るもの。でもってトライしてみた。

 さすがにキツイのは間違いなかったけどシフトダウンできるのは嬉しかった。ストレスは全然違ったもの。ただしスピードはあんまり変わらなかったかもだ。AT車は道路状況に最適のシフトを選んでるはずで、実感はともかくあの速度がエンジンスペックでの最適解かもしれない。

 シフトダウンすればエンジンの回転数が上がりトルク感は得られるけど、その代わりに最高速は抑制される関係にあるぐらいで良いと思う。考えようによっては無駄にエンジンを噴かしているだけかもしれない。

 でもだよ。人が走らせて得る感覚はやっぱり違うんだよ。常にトルク感がある方が走らせて楽しいのだもの。これならラクとはお世辞にも言えないけど、ツーリングのために六甲山トンネルを使っても良いぐらいの気にはさせてくれたから合格だ。

 ちなみに表六甲ドライブウェイでも六甲山トンネルより下の部分は通勤ルートでもあり、トラックの輸送ルートでもあるんだよ。どこかの観光用道路だとか、ましてや林道みたいなところでもない。

 でも峠道としてはかなりの難度だと思ってる。あそこよりキツイところはそうそうはないはずなんだ。六甲山トンネルをあれぐらいで越えられたら、ほとんどの峠道はクリアできると思ってるぐらい。少なくともボクの行ける範囲ではそうのはずだ。

 六甲山トンネルを使えるメリットは大きくて、あの道はそのまま六甲北有料道路に接続してるんだ。六甲北有料道路も空いてる道で快走できるのだけど、終点の三田まで一時間ぐらいで到着する。三田まで行けば北摂や丹波へのツーリングロードが広がるってこと。

 当面の目標だけど目指しているのは日本海にしてる。もっと具体的には天橋立。距離はかなりあるけど、モンキーのツーリング動画で大阪から天橋立まで日帰りツーリングをしてる動画があったんだ。神戸からならもっと近いはずだから行けるはずなんだ。

 もっとも一気に行くのはやはり無謀だろう。段階を追って北に北にと足を延ばして最後に到着するぐらいが今の目論見かな。この辺は行ってしまえば次の目標を探すのも大変だもの。まあ高速が使えない下道専科の小型バイクの制限はどうしてもあるのは仕方がないよ。