ツーリング日和15(第17話)微妙な宿

 今日の宿だけどコトリと少しもめたとこなのよね。能登半島はその気になれば一日で回れないこともない。この点は自動車専用道が走れないネックがあるにしろ、千里浜スタートなら和倉温泉ぐらいまでは走るのは可能のはず。

 もっともこれはひたすら走るツーリングをしてのお話。だけどコトリはとにかく寄り道をしたがるのよね。あれって犬のマーキングじゃないかと思う時があるぐらい。

「なにが犬のマーキングやねん。思いつく限り詰め込もうとするのはユッキーやろうが」

 能登なんてそうそう来れるところじゃないから当たり前じゃない。見逃したら次はいつ来れるかわからないもの。もっとも詰め込むと言ってもそんなに詰め込めるほど名所旧跡はないのだけどね。

「そやな。未だにゼロの焦点が出て来るぐらいやし」

 能登にはわりと温泉があるのよね。和倉温泉がメジャーだけど、他にもあって千里浜にもあったぐらい。もっともあそこは最近の掘削だろうけど、金剛崎にあったよしみが浦温泉は立派な古湯のはず。

「温泉があったから、あんなところに宿屋があるんやろ」

 だから今夜は温泉宿にしたかった。最初はこの際だからと加賀屋も候補にしてたのよ。ゼロの焦点絡みのとこも多かったでしょ。あの作品を書く時に松本清張は和倉温泉の加賀屋に泊って取材してるから、ある種の聖地巡礼かな。

「あそこはツーリングに合わんわ」

 まったくの場違いって程じゃないけど、それはわたしも同じ気持ち。加賀屋は良い宿よ。プロが選ぶ日本のホテル・旅館百選でも、みんなで選ぶ温泉大賞でもトップなぐらいだもの。話のタネに一度ぐらいは泊っても良いかなぐらいの気持ちはあった。

「立派過ぎるわな」

 そりゃ、二十階建てで二百三十二室だものね。そんな巨大旅館なのにサービスの評価が日本一は興味は掻き立てられたけど、ツーリングで立ち寄るにはどうかで却下にした。じゃあと言うことで見つけたのは、

「おもろうそうやったけどな」

 それが湯川温泉。ここはとにかく泉質がすごくて、湯が濃すぎて濾過しないとパイプがすぐに詰まるぐらいだとか。濾過したって湯の花が花盛りみたいな温泉なんだよね。温泉好きの血が騒がずにはいられないじゃない。

「写真で見たら田舎の分校みたいな建物やったよな」

 それが風情ってものじゃない。そっちは気にもならなかったのだけど、場所が問題だったのよ。和倉温泉の東の崎山半島のさらに先の方にあるのよね。ここでなんだけど、わたしたちのツーリングの基本は早着きなのよね。

 とくに宿が温泉だっりしたらそうしてる。せっかくの温泉宿なんだから満喫したいもの。そうなるとコトリのマーキング好きがネックになってくる。

「嬉々として連れションしてるのは誰やねん」

 コトリのアバウトな計算では、

「キッチリ計算しとるわ!」

 千里浜から和倉でも少々厳しいとなってたのよね。そりゃ、行こうと思えば行けるけど、行くために連れションを犠牲にするのは本末転倒だになったのよ。だから珠洲市内近辺で良さそうなところはないかとなったのよ。もう珠洲市内のはずだけど、

「ちょっっっとストップ」

 あらいつもの迷子なの。というか今回はかなり真剣な迷子状態みたいだ。二人でナビをニラメッコしたのだけど、う~ん、引き返して曲がるしかなさそう。な~んにも道路案内はなかったけど、

「ここやろ」

 完全に住宅街と田んぼの間の旧市内の道だよこれ。信号に出たけど、これが農免道路のはずで、

「左に曲がったらすぐに右に曲がるはずや」

 ナビはそうなってるけど、

「いや、まっすぐみたいや」

 ナビの罠と言うより変形交差点になっているで良さそう。ナビじゃ交差点内かそうじゃないかまでわからないから仕方がない。その道も狭いけど、宿への案内看板が一枚もないのよね。国道からはまだしも、農免道路からは付けるべきだ。

「案内看板があったで、突き当りを右や」

 ここまで来てやっとかよ。今度は左に行けとなってるけど、わあぉ、また一段と道が狭くなってるよ。ただでも狭かったのに半分ぐらいじゃない。軽ぐらいならまだしも、大きなクルマだったら入って行くのは嫌だろうな。こんなところに本当にあるのか不安になりそうだ、バイクだってターンするのは嬉しくない道だ。

 ついに山の中と思ったら開けてきた。これは庭なのか。手入れしてあるるものね。ああやっと見えて来た。暖簾もかかってるからあれが今日の宿のはず。なかなかシックと言うか、これって古民家で良いよね。

「コトリもそう思っとってんけど、新築らしいわ」

 暖簾を潜ると玄関だけど、これまたガチガチの古民家風。ここまでのものを新築で作ったのなら相当なこだわりと言うか、費用がかかってるよ。でもって、

「出迎えなしか・・・」

 そうだと書いてあったけど、やっぱり一見には不親切だよな。そりゃどんな流儀で経営しようが勝手だけど、これは正直なところ困るよ。そりゃ、玄関にずらっと並んで挨拶する必要なんかないけど、来た客を困惑させる出迎えは良くないと思う。

「常連客は勝手に上がるみたいやけど、一見には無理な相談や」

 そりゃ、宿の中がどうなっているのかわからないし、どこに行けば御主人に会えるかもわからないもの。そうなると、

「これもどうかと思うで」

 玄関にでっかい銅鑼があるから、呼び出したかったら叩いてくれなんだろうか。それはそれで下品だよな。コトリは良く通る声で、

「こんにちは」

 そしたらやっと出て来てくれた。靴は上がり框で脱ぐけどスリッパはなしか。そこから部屋まで案内さながら、

「こちらで十八時半からお食事になります。お風呂はこちらで御座います。お部屋はこちらで御座います」

 後は御勝手にか。廊下も部屋も立派だけど、ちょっと凝り過ぎかな。この辺は好みの問題もあるからなんとも言えないけど、

「今の季節はまだエエけど・・・」

 けっこう贅沢な造りだけどエアコンがないのよね。能登だって夏は暑いだろし、

「冬は寒すぎて休業らしいわ」

 北海道もエアコンなかったけど、あれはそれがいらないぐらい涼しいからだよ。

「能登かってフェーン現象で猛暑はあるはずや」

 そんな日に泊ったら死にそうだ。とりあえず風呂だ。ここって温泉なのか。

「なんか田んぼのあぜ道に湧いていた水を沸かしとるそうや」

 その水が万病に効くとかになって湯治場みたいなものになり、今に至るぐらいの感じで良さそう。それにしてもこんなところに田んぼがあったのかな。その湧き水だった源泉に宿は建ってるはずなんだけどな。

 浴室もそうだけど湯船が凝ってるな。檜だと思うけど、この宿と浴室の雰囲気からそれは、それで良いと思う。だけど、これってまさかと思うけど、

「まさかでエエ気がする。輪島塗の風呂桶や」

 こんな湯船に二度と入れないかもしれないけど、これって贅沢なんだろうか。輪島塗の湯桶ならまた使う機会はあるかもしれないけど、湯船なんて、

「作ろうとは普通は思わんやろ」

 そう思う。湯船なんか毎日ゴシゴシ洗うものだから、それを輪島塗にしようと思わないよ。入っている気分は、

「なんか塗りの枡酒の風呂に入っとる気がするわ」

 ぬる燗だけどね。風呂からあがって洗面所の前を通ったのだけど、あの洗面所って、

「やり過ぎやろ」

 吹き曝しだものね。雨が吹き込んできたら使い物にならないよ。

「静かなんは取り柄やな」

 テレビも置いてないものね。母屋の近くにゲストハウスがあって、そこも自由に使って良い見たいだけど、

「趣味の問題やな」

 コンセプトは何もしない贅沢を満喫するぐらいだろうか。

「卓球とかビリヤードがあると思てんけど」

 時刻が来て夕食は宿泊客が顔を合わせてのお食事処。といっても今日はわたしたちと健太郎と愛子だけどね。ここも誤解されたら困るけど、全部で三組で満室だってさ。考えようによってはかなり贅沢な造りで、

「商売として成り立っとるのが不思議や」

 ここもその程度の規模の宿は他にもあるのだけど、これだけ凝りまくってるから、建設費用は半端ないと思うもの。建てたからには返済しないといけないじゃない。最大三組で大丈夫かなと思ったぐらい。

 お食事処の真ん中は囲炉裏だろうから、冬は薪でここだけで暖を取っているとか。そりゃ寒いから冬は休業するしかないだろ。そんなことはともかく、献立は先付がワカメ、じゅんさい、揚げ茄子の田楽味噌か。これは、

「そうやと思う」

 蕎麦はお凌ぎか。この辺は無理にこちらが見立ててところもあるけど、椀物がカサゴの潮汁、向付がタコ酢味噌、お造りがカサゴとヤリイカ、焼き物が甘鯛の味噌漬け、炊き合わせがぜんまい、カボチャ、えんどう、蒟蒻、高野豆腐の煮しめぐらいになるはず。

「後は焼きおにぎりとわらびもちか」