ツーリング日和15(第20話)神の糸の特性

 あの二人の態度は違和感の塊でしかないのよね。違和感の中に東尋坊の後であそこまでの事情を赤の他人であるわたしたちに、どうして打ち明けてしまったのかもある。あんな事情は話さなければわからないし、誤魔化しようはいくらでもある。こっちだって神絡みだから追及はするけど、

「なにが起こったのかサッパリわからんとされたらお手上げや」

 もしそうされていたら、神の存在をまったく違う方向から検討する羽目になっていた。そっちに行ってたら、

「さすがにツーリングどころやなくなるわ」

 そうなってた。対神戦は遊びじゃないからね。だけど事情は打ち明けられてしまった。問題は何を目的に打ち明けたかだ。

「なんらかの援助を期待したとしか考えられんやろ」

 言わずに済むものを言うからにはそれしかない。それしかないけど、なにを期待していかが問題になってくる。

「そこも単純ちゃうか・・・いや、そこまで単純やないか。あいつら、どれぐらい知ってるねん」

 知っていると言うのなら、わたしが教祖時代に施した神の恵みの記録は残っているはず。いや、それ以前の記録も残っている可能性がある。だから神の糸の話も知識としてあっても不思議無い。

「ユッキーと風呂行っている間にそういう結論になったとか」

 考え、話し合う時間なら東尋坊から千里浜までだってある。インカム調整していないから、お互いの会話は聞こえないからね。愛子にも健太郎にも神の糸は見えないけど、東尋坊の不自然な動きは神の糸によって操られていたとしたと結論したと思う。

「そうなると、あいつらも神が誰かって知ってる事になるな。その神が操る糸を断ち切った能力を見込まれた事になるな」

 愛子と健太郎が神の存在と神の能力を知っていたのなら、そういう考え方も出きるかもしれない。だけどさ、神の糸を断ち切れる能力者をどう見たかになる。

「神同士が出会えば、殺し合いが必至なぐらい仲が悪いのも知っとったんか」

 それはない。あの頃のわたしは記憶の継承をコトリとともに封じていた状況だからね。

「あれやろか。究極の選択ってやつか」

 さすがBBAだ。化石のような流行り言葉を使うな。

「うるさいわい」

 でもそういう面はあるとは思う。あの二人は神に追われていたのを自覚していたとして良い。さらにその神がどんな業を使うかも知っていたはず。

「そういうことか。すべては神の糸の業のなせるものとしたんか」

 そうなんだけど、そこまでの知識はなかった、もしくは信じてなかったはあると思う。そうじゃなかったと思い知らされたのが東尋坊で、すべてが神の業によるものだとついに結論したとか。

「いや、前から勘づいとったんちゃうか。だからこそ逃避行のようなツーリングに出かけたと考えれば筋は通る」

 それって糸を振り切るために。

「ユッキーの教祖時代の記録を知っとっても半信半疑になるのは当たり前や。それにや、神の糸の特性までわからんやろ」

 そうかもね。糸なら伸ばせば切れるぐらいに考えたっておかしくないか。百キロや二百キロなんて離れたうちにも入らないなんて想像も出来ないか。そうなると日向湖の宿の二人の暗い様子は神の糸で体力を削られていただけじゃなく、

「待ちぼうけを喰らわされ続けたカップルの怨念みたいなものちゃうか」

 あははは、どれぐらいお預け喰らわされたんだろうね。

「健太郎にはインポ疑惑でも出とったんちゃうか」

 神の糸はそういう使い方も出きるものね。わたしは使ったことはないけど、

「コトリもあらへんけど、もし使えば完璧な男性用貞操帯になるやろ」

 だから健太郎にあれだけの翳が差していたのか。

「愛子は今度こそが積もり過ぎた状態やろ」

 そうなると千里浜でわたしたちに事情を打ち明け助けを求めた目的は、

「糸を見つけ切れる能力やからやろ。コトリらが一緒にさえいれば糸の呪いから身を防げるや。その一夜さえあれば悲願は成就されるぐらいでエエ気がする」

 そこまでしてやりたいか。そりゃ、愛し合ってるからやりたいのはよくわかるけど、

「そんなに処女性って重かったんか」

 昔は、重いと言うより当たり前、良家の娘の前提条件みたいなものだったのは、コトリも良く知ってるじゃない。そりゃ、今だってそれなりに重視されるだろうけど。昔のような絶対的な価値観は失われているはず。

「さすがに孕んだら拙いかもしれんが、やっただけやったら、よっぽど処女に拘る男以外はあんまり気にせんやろ」

 その程度の価値と言えば悪いけど、

「相手の神は拘るタイプと見れんことないけど、東尋坊のは本気やのうて警告や」

 わたしもそう思う。本気で健太郎を飛び込ませる気はなかったとしか見えないもの。糸の業が使えるのなら、わたしたちが神であるのを見抜けなくても、同行者が増えているぐらいはわかるはず。それにあの時間帯なら他の観光客もそれなりにいる。

「本気で始末する気やったら、ダッシュで飛び込ませとるわ。それをあないふらふら歩かせたら誰かが気づくわい。さらに言うたら断崖の上まで行かせても飛び込ませるつもりはなかったと思うで」

 本気で始末したいのなら、東尋坊みたいな目立つところじゃなくて、高速で暴走させて壁にでも突っ込ませれば済む話だもの。あれは愛子と結ばれれば、そこまでやるぞの警告だよね。

 その本気度を健太郎も愛子もわかったからわたしたちの庇護を望んだわけだ。でもさぁ、でもさぁ、わたしたちの庇護がなくなれば始末されるじゃない、それでも結ばれるのにあれだけ執念を燃やしているのは、

「好き合ってるから結ばれたいと思うのは当然やけど、コトリらみたいなよう知らん人物の庇護をアテにしてでもやろうとしてるのが一つ。さらにやで・・・」

 わたしたちはあくまでも行きずりのマスツーなのよね。別にボディガードでもなんでもない。このツーリングが終われば神戸に戻って仕事が待ってるし、それ以前にいつ別れたって良いぐらいの関係しかないのよ。

「あれはやりさえすれば、もう糸の業の脅威はなくなると確信しとる気がするねん」

 だからこそ、あっちの神も糸の業まで使って妨害していると考えた方が良いことになる。どうしてそこまでと思っちゃうけど、

「ああそうや。単純に結ばれてハッピーエンドとは到底思えん。そうなると今日の宿はベストの選択になったかもしれんわ」

 今夜は神の糸の脅威はない。それに神の糸の業を使うために削られていた健太郎と愛子の体力や気力もコトリと二人で回復してやった。でも今夜は無理だ。この宿でやれたら感心するよ。

 それは宿の構造の問題。母屋の二階に客室はあり、廊下向かいで三室みたいだけど、部屋と廊下を仕切るのがなんと障子なんだよね。つまりは音も気配も筒抜け状態で、プライバシーもヘッタクレもないってこと。

「そのうえ、この異様なまでの静かさや」

 やり出せば必ず気づかれる。こんな状態で初体験をしたいカップルはいないだろう。

「初体験やのうても、わざわざやるような酔狂なんは珍しいで」

 そんな気配もないから、今夜はあの二人の結合問題は保留にできそう。

「寝よか」

 問題は明日か。