ツーリング日和15(第12話)愛子と健太郎

 まさになんてこったの世界じゃないの。

「こりゃ、ユッキーの案件やな」

 そうなるね。愛子の苗字は大聖歓喜天院になるけど、わたしが教祖をしていた時の長女の末裔になる。さすがに面影と言われても困るけど、わたしが産んだ娘の子孫であるのは間違いない。そんなのがいるのは知ってはいたけど、まさかこんなところで、こんな形で出くわすなんて、なんの因果だろう。

 愛子の素性はこれでわかったけど、そうなると健太郎は何者だ。時代はかなり変わったとはいえ愛子は教主家の跡取り娘。そうは簡単に近づけないはずだし、ましてや恋人関係となるとハードルは半端なものじゃないはず。

「ボクの名前は木村健太郎です」

 なるほど木村の一族だったのか。木村家は裏の大聖歓喜天院家みたいなものだから、教主の娘の愛子に近づくのは可能だ。可能どころか、江戸時代の結婚相手は木村の一族のことも良くあったものね。

 少々血縁として近いけど、あの時代の結婚はひたすら釣り合い重視で、一族の結束を重く見ていたから珍しい話じゃないのよ。もっともこの辺の慣習が今はどうなっているのかはさすがに知らないけど、健太郎の立場なら愛子に近づき、恋人関係になれないこともないか。

 そうそう木村の一族と言っても大きいのよね。大聖歓喜天院家には分家は原則として無い。明治の頃に一つ出来ちゃったけど、あの家も今はどうなってしまったのかな。大聖歓喜天院家はともかく、健太郎は木村家のどの辺にいるのかな。

「こう見えても木村本家の惣領息子です」

 な、なんだって。木村本家の息子だって言うの。ちょっと待ってよ、それはいくらなんでも、いや、ギリギリでもセーフの可能性もあるか。その木村一族だけど、今は昔と立ち位置が違うって!

「ユッキーが氷姫の時に痛めつけたからやろ」

 だいぶやったからね。なになに、木村家の現在の教団での役回りは教主家のお世話担当ってなによ。

「そうですね、執事みたいなものでしょうか」

 執事って・・・じゃあ、その執事みたいな健太郎と愛子の馴れ初めは、

「家柄で御学友として選ばれました」

 御、御学友ってあんた、それ・・・健太郎が言うには同い年で幼い頃から良く知っていて、成長するにつれ友だちから異性であるのを意識するようになり、大学時代に恋人関係にまで発展し、将来を意識するところまで来てるって。

 そういう幼馴染ラブの世界は余裕でこの世にあるぐらいは知ってるよ。でもさぁ、でもさぁ、大聖歓喜天院家の娘と木村本家の息子だよ。いくらなんでもじゃない。そこはここで確認できないからとりあえず置いとく。

 愛し合い結婚まで意識している二人が、どうして放浪のようなツーリングに出かけてるのよ。これって放浪じゃなくて逃避行だとか。

「そういう面はあります。ボクたちの結婚どころか交際に猛反対する者がいます」

 だから逃避行なのは筋が通るけど、反対しているのはやはり木村の一族の有力者だよな。

「かつては教団の実務をすべて木村家が支配していた時代があったのはボクも聞いています。ですが、木村家の力が落ちて来たので、それを補うために奉公衆の制度が出来ています」

 それって最近の話なの。

「ええ、ボクの祖父ぐらいの時代だと聞いています」

 祖父? そんな最近の話だって言うの。奉公衆は木村家以外の外様の家なのはそれで良いと思うけど・・・ここは話の腰を折らずにまず聞いておこう。その奉公衆が二人の結婚に反対してるから家から逃げ出したって話で良いよね。

「そうなんです。奉公衆の中でも天白家が反対の筆頭です」

 て、天白家だって。ここで愛子が、

「天白家の力は教団内でも大きくて、健太郎との結婚を反対するだけでなく、天白家の一族である天白啓斗との結婚を迫られています」

 天白啓斗とは、

「あそこの家は変則で家督を継ぐことが多いのですが、父親を飛び越えて天白の家を継いでいます。天白啓斗は天白の家の当主であると言うだけで発言力は大きいのですが、それだけではなく・・・」

 健太郎と愛子の話を額面通りに受け取ると、没落しかけの木村本家が、大聖歓喜天院家と結びつくとかつての力を取り戻すことを天白家が恐れたと言うの。だから愛子と健太郎の結婚に横槍を入れられて苦しんでるの話になるのか。

 そんな天白家の圧力に耐えかねて、後先顧みない逃避行に飛び出した悲劇の主人公ってストーリーぐらいかな。なんかロミオとジュリエット気取りにも見えるけど、そこまで言ったら可哀想か。

 でもさぁ、逃げたってなにも解決しないよ。世の中のことには踏みとどまって戦うより逃げた方が良いこともある。学校でのイジメとか、会社での酷いパワハラとか、セクハラとかはそうだと思う。

 だけど逃げることにより解決できる問題の前提は逃げ込める場所があることだ。学校なら転校だし、会社なら辞表を叩きつけての転職だ。平たく言えば新天地を目指せる状態なら逃げ去るのは成立する。

 この二人ならどうかだけど・・・成立しない事もないか。天白啓斗が愛子との結婚に執着している理由が何かになる。結婚して得られるのは教主の夫だから、その地位を利用しての利権であるのなら、それを捨て去れば良い。これで教主の夫の地位を得られない天白が愛子に執着する理由がなくなるじゃない。

「それはダメです。教団の財産も、教主家の財産も受け継げるのは大聖歓喜天院家の娘のみです。これを曲げる事など出来ません」
「そうですよ、外様の天白ごときに勝手をさせるわけには行きません」

 な~んだ、そういうことか。それで当面はどうする気だったの。

「離れて考えてみたかったのです。あの家で天白の目があると健太郎と話すどころか、会う事さえままなりません」
「ボクたちの覚悟を見てもらうのもあります」

 覚悟ねえ。どんな覚悟を見せるつもりやら。だいたいわかったけど、こりゃ面倒だ。ぶっちゃけ、関りたくない。

「ユッキー、これはユッキーの案件でもあるけど、女神の案件でもあるんやで。投げたらあかん」

 そういうけど・・・あそっか、コトリでもこの話の本当のところはわからないよね。事情を知らないと健太郎と愛子の悲恋と信じるのも無理ないか。ああ面倒くさい。この案件を煮詰めた先にあるのは避けたいんだけどねぇ。この辺で今夜はお開き。部屋に戻ろう。