虫垂炎から退院したら、伯父夫婦は退院祝いをしてくれた。毎度毎度、ここまで大げさにしなくてもと思うけどしてくれた。だってさ、テルミたちまで呼んでの盛大な物だったのには参った。テルミたちが帰り、家の中が静かになった頃に伯父が話があるって言いだしたの。
-
「由紀恵さんも高校二年だし、卒業したら大学に行って家にはいなくだろうから、ちょっと話しておきたいことがある」
-
「宿泊訓練でのスタンツの話は聞いた。そこまで由紀恵さんの心が戻ってくれたのなら、もう話しても良いと思ってる」
話はウチの生い立ちに関するものだった。生い立ちと言っても継母にイジメられて、実父に置き去りにされただけんだけど、話は奇怪なものだった。実父は継母が来てから二人の仲こそ良かったものの、何をやっても上手くいかず、そのうえ勤務先が倒産し、再就職も出来ず失業者になっていた。あれはウチが小学校四年に上がる前ぐらいだったけど、考えてみればどうやって食べてたんだろう。
-
「幸次郎は教団から由紀恵さんの養育費を受け取ってたんだ」
-
「恵みの教えだ。由紀恵さんは大聖歓喜天院家の血筋を引いている」
-
「それも血筋を引いてるだけじゃない、能力者の正統後継者の血筋を引いている」
-
「伯父さんも木村の一族なんだ。木村の一族は大聖歓喜天院家の分家みたいなもので、代々本家である大聖歓喜天院家を支えてきた。もっとも、伯父さんは木村の一族といっても末の末で、今はほとんど無関係だけどね」
-
「能力者とは」
「うむ、心清ければ人に恵みをもたらし、心邪ならば人に災厄をもたらす能力とされている」
話はひたすら複雑なんだけど、教祖の次代の時に大聖歓喜天家は教主家となった長女の家と、三女の家に分裂したそうで、能力者の血筋は三女の家に伝わったそう。
-
「そうなれば、今の教主家の当主はタダの人か」
「そうだ、恵みの教えの教主家には能力者の血筋はない。能力者の継承は由紀恵さんの母の由紀子さんに伝わり、由紀恵さんに伝わっている」
-
「わたしがその大聖歓喜天院家の当主なのか?」
「本来ならばな」
-
「なぜわたしが置き去りにされた時に、どうして教団は引き取らなかったのか」
「それはな、能力者が邪なる心を持った時には災厄がもたらされるからだよ」
-
「由紀恵さんが置き去りされた時にも教団関係者は来てたんだよ。でも、由紀恵さんの姿を見て震え上がってしまったんだ。ひたすら災厄のみをもたらす能力者であるのは一目でわかったってところかな。だから私が引き取った」
「そんなことしたら伯父さん夫婦が・・・」
-
『恨みがあればすべてこの伯父にぶつけてくれ。な~に、由紀恵さんに殺されたって本望だ』
-
「どうして、そこまでした」
「由紀恵さんは可愛い姪じゃないか」
「可愛いって・・・」
-
「由紀恵さんが明文館に進学したのは賭けみたいなものだった。あそこは特殊すぎる学校だから。でもヒョットしたら、由紀恵さんに心が取り戻せる学校かもしれないと思っていた。由紀恵さんはもう大丈夫だと伯父さんは思う」
-
「それにしてもテルミさんも、サチコさんも、クルミさんも、モモコさんも良いお友だちだ。由紀恵さんにあれだけの友だちが出来るのならもう心配する事は何もない」
「話したそうだが」
「あえて話してみた。みんな泣いてたよ。体育祭の時にどんなことをしても由紀恵さんを笑顔にして見せるって張り切って帰ってくれた。あの時はダメだったが、由紀恵さんは確実に変わった」
「でもそうなれば、教団の教主になるのか」
「ならない、そう約束させた。私が由紀恵さんを引き取る条件だ」
-
「由紀恵さんは嫌だろうけど普通の人間ではない。人に恵みももたらすし、災厄ももたらす能力も一生ついて回る。でもそれはコントロールも可能だ。コントロールが出来るようになるには温かい心が必要らしいと聞いたことがある。そしてコントロールできれば、由紀恵さんにとって決して悪い能力ではない。ここまでになってくれたから伯父さんは大満足だ」
-
「由紀恵って呼んで欲しい」
「どういうことだ?」
「そうじゃなきゃ『お父さん』って呼べないじゃない」