ツーリング日和15(第19話)逃避行と駆け落ち

 わたしの案件だから、今日のツーリング中もそれとなく探りを入れてたけどコトリにはどう見えた?

「あれってホンマに恋仲なんか」

 そうなのよね。大学からの交際ならば、やることはすべてやっているはずだけど、あの距離感は、

「やってへんと思う。それも愛子はヴァージンのままやで」

 わたしもそう思う。男と女の関係と言うか距離は、肌を合わせた事があるかどうかで明らかに違うからね。お互いのすべてを知る事で特有の距離感に変わるのよ。あの二人の距離感は経験前にしか見えないもの。それと女も経験する事で変わる。男だって変わるけど女の方がよりわかりやすく変わる。

「やっぱ大聖歓喜天院家の娘は式を挙げるまで処女を守るってやつか」

 わたしの頃は時代的にもそうだったけど、今だってある程度はあるとは思う。でもさぁ、今のシチュエーションってある種の逃避行じゃない。言い方を変えれば親の決めた結婚に逆らっての駆け落ちみたいなもの。これでやらない理由なんてあるものか。

「つうか駆け落ちを覚悟した瞬間にやるで」

 いやいや、もっと前よ。将来の相手と決めたら一直線だよ。もっと言えば惚れたらやるしかないでしょ。やって、結婚相手と濃厚に意識をお互いに持ち、この結婚に反対があるから駆け落ちに走るものでしょうが。

 そりゃ、旧家の娘だから初体験へのハードルは庶民の家の娘よりは高いだろうけど、駆け落ち同然の逃避行状態になれば、

「タガが外れてやりまくる」

 それこそお日様が黄色く見えるまでやるものだ。それが二人の生きてる証みたいに思い込むはずだもの。シチュエーション的にこれ以上燃えられる条件が思い付かないぐらい。

「生きてる証は上手いこと言うな。一発ごとに絆が深まる実感しかあらへんと思うで」

 それと駆け落ち状態とするのも妙なんだよ。

「逃避行やったら、なおさらやらんと意味があらへん」

 あくまでも今回に限っての話になるけど、駆け落ちとは親との縁を切るためのもの。これに対して逃避行は、これを行うことによっての既成事実を積み上げて事後承認を親に迫る行為ぐらいに出来るかもしれない。

 結婚を反対する家へのパフォーマンスみたいなもので、もう別れられない関係であることを見せつけ、力業で承認させるぐらいとしても良い。これには、それでも認めないのであれば駆け落ちの脅しをかける意味もある。

 そのためには、逃避行の期間は長いほど効果的になる。その期間はギッコンバッタンやり倒しているのと同じ意味だからね。そりゃ、昔ほどやったからと言ってキズモノになってみたいな意識は少ないだろうけど、そこまでやらかしてる二人の仲を切り裂く困難さを思い知らせるため。

「そやけんど、逃避行は脅しやけど、そこから駆け落ちへの切り替えを意識するもんやと思うねんけど」

 わたしもそう思う。逃避行の目的は渋る親への承認要求行動と言い換える事は出来る。ここで親が折れれば良いけど、それでもで突っぱねられた時に、最終手段である駆け落ちを切り札として準備しておく必要がある。

「つうかいつでも逃避行から駆け落ちにするというのが脅しやろうが」

 それぐらい切羽詰まっている行為だものね。でもそう見ると不自然な点もある。バイクを使ったのはそれしか足が無かったとしてヨシとしよう。だけど駆け落ちって親から逃げたら万事解決じゃないのよ。駆け落ち先で二人の生活を築かないとならないんだよ。

 そんなに複雑な話じゃなくて、まず住むところを探し、同時に仕事を探す。別に駆け落ちじゃなくとも二人で始める新生活とはそんなものだ。

「駆け落ちが大変なんは、親とか親戚とかからの援助はもちろんやが、職さえ失うから厳しいんよ」

 そういうこと。正式の結婚なら職もある。つうか無ければとくに男は結婚なんか論外だ。さらに家族や親戚からの有形無形の援助も期待できる。これが駆け落ちなら一切合切無いからもっと焦る態度を見せるはず。

 この逃避行から駆け落ちへの切り替えだけど、結婚への本気度が高いほど駆け落ちの比重が高くなるはずなんだ。そうだね、逃避行が最後通告みたいな感じかな。この最後通告を親が受け入れたら戻るけど、それでも拒否したら駆け落ちになるぐらい。

「そういう逃避行やったら駆け落ちの算段も同時進行になるやろな」

 これは脅しである逃避行の期間を伸ばす意味もある。親だって子のカネがなくなれば舞い戻ってくると高を括っているケースもあるのよ。これを覆すために、逃避先で生活基盤を築き、

「どうしても親が折れんかったら、そのまま駆け落ちや」

 そこまで考えているかどうかはさておき、逃避行をするだけでカネはかかる。旅行しているのと同じだもの。

「日向湖や千里浜の宿やったらまだしも、珠洲の宿は嫌がるはずや」

 ここは民宿だけどかなり割高なのよ。そりゃ加賀屋に較べたら安いけど、あれだけ出せばそこそこの旅館に泊れるもの。駆け落ちの二人にとって有り金は命綱なのに、そういう切羽詰まった感が乏しすぎる。

 それとだけど、駆け落ちのハードルは高いから、誰かに頼ろうとするのはよくある話だ。見知らぬ土地でいきなり新生活を始めるのは容易な事じゃない。だから頼れる人のコネを利用してスタートしようだ。

「その辺は駆け落ち先に向かう途中って見方もあるけんど・・・」

 それだったらそれで一目散に目的地を目指すでしょ。日向湖の民宿はまだ理解できる。目的地を目指す前の最後の夜とかだ。

「理解できるか! それやったら寸刻を惜しんでつながるはずや」

 まあそうなんだけど、わたしたちとのマスツーを決めたのもおかしすぎる。目的地がたまたま同じだったのはあったかもしれないけど、健太郎と愛子は中型バイクで、わたしたちは小型じゃない。その上だよ。わたしたちのツーリングはコトリの犬のマーキングスタイルじゃない。

「うるさいわ。大喜びで連れションしとるんはどこの誰やねん」

 要するに高速を使わないし、寄り道観光が多いから距離も稼げないし、時間もかかるってこと。

「日向湖や千里浜で話した感触からしたら、駆け落ち先を決めとる感じはあらへんのよな」

 わたしもそうとしか思えない。そうなると今回は純粋の逃避行になっちゃうのだけど、

「話は振り出しに戻って、なんでやらへんねん」

 そうなってしまう。惚れ合った男と女がそこまでになっているのにだもの。それとあの二人のツーリングの一泊目はやはり日向湖で良いはず。

「それはコトリも同意見や。何泊も泊りを重ねた後には見えん」

 さらに日向湖から先をどうするかも決めていたとは思えない。そうなると無計画に家を飛び出したって事になるけど、

「そやから、なんでやらへんねん。やるしか他にやることないやろが」

 だよねぇ。でもさぁ、その割には背負ってる事情が重いのよ。そりゃ、教団の命運を背負ってるのが愛子の立場だ。そんな愛子を我が物にしたいのが健太郎の目的のはずだから、

「それはそうやけど、二人の関係がおかしすぎる。とっくの昔に関係持って、逃避行になれば盛りの付いたサルみたいにバッコンしまくるしかないはずやないのに、なぜか清い関係のままなのがカギやろな」

 そうなってしまう。コトリも同じ結論しか思いつかいよね。

「そうやねん。健太郎はこのツーリングで関係を持つ気やったとしか考えられん」

 コトリの結論はわたしも同じだけど、それがおかしいのよね。惚れ合った男と女だよ。ここまでのシチェーションになってやらないのは不自然過ぎる。

「そうやねん。そりゃ、やるという関係を持つのんは女にも男にも重いで。そやけど、今どきのこっちゃ、やったから二人の関係を死ぬまで縛り付けるのとはちゃうやろ」

 そこなのよね。そりゃ、愛子は処女だからより重く考えるのはわかるけど、それだったらツーリング旅行に出なければ良いだけだもの。一緒に旅行に出かけると決めた時点で処女を捧げると決めたって意思表示じゃない。

「そうやねん。酔わされてホテルに連れこまれたんとちゃうからな」

 そういうこと。恋人同士で一人暮らしの部屋に招き入れられただけなら、それをOKサインでなかったとするのはまだわかる。あれだって、それでやられても微妙なところが出てくるぐらい。だけどさ、二人きりの旅行へのOKだよ。

「そうなると答えは一つやけど、どういうこっちゃや」

 それは・・・そういうことになるよね。