ツーリング日和15(第34話)旅の終わり

 無事フェリーに乗り込んだけど、新日本海フェリーも何度目になるんやろ。

「お風呂に行こ」

 汗を流してスッキリして、デッキで夕日を眺めとった。日本海側にはやたらと夕日の名所が多いねんけど、夕日の名所で夕日なんかそうは見れるもんやない。そりゃ、夕方やから宿に急ぐ時間やし、

「夕日まで堪能したら、宿に向かう道が夜道になっちゃうものね」

 ほいでもフェリーからなら見れるねん。

「陽は沈み、また陽は昇るって言うけど、昇らない事の方が多いね」

 そやな。組織もそうやが、国がそうや。栄えに向かう時は、やる事、なす事うまくいって、陽の翳ることない無敵の帝国みたいに見えるけんど、

「やがて沖天を過ぎ翳りが見えると、どんなに足掻いても沈んで消え去る」

 そやったもんな。跡形もなくなった大帝国をいくつ見た事か。

「スケールは違うけどやったものね。思えば辛いだけだった気がする」

 中におったらああするで。どうしたって思い入れはあるし、あの世界こそすべてやと思うのが情や。そやそや、気になっとってんけど、やらへんかったんか。

「さすがコトリね」

 それしかあらへんやろ。やってんやろ、

「もう結婚してたからね」

 ユッキーは大聖歓喜天院家の娘として、江戸時代は結婚もしてたし子どもも産んどる。そこやけど呪いの呪縛で女の喜びも封じられとった。そやけど子どもを産める喜び、親になる喜びは経験しとるねん。

 そやけど時代が時代やから結婚言うても親が決めた相手やった。これはユッキーだけでなく、あのクラスの家ならどこも当たり前やったんよ。そやから結婚はしとるけど、恋愛はしてへんねん。

 助右ヱ門があれだけユッキーに懐いたんは、ユッキーが愛を傾けたからのはずやねん。あのナイアガラの滝も真っ青になるツンデレ愛を受けて溺れ込まん男はおらんやろ。そやけどユッキーはあの時代の女として、また教祖として男と女の一線を越えんかったんか。

「コトリもよく知ってると思うけど、そういう時代だった。それでもやってるのはいたけど、バレたら今とは比較にならない制裁があったからね」

 ユッキーのおった家やったらなおさらやろ。そん時の旦那は、

「ガチガチの政略結婚だったよ。結婚を取り仕切っていたのは木村一族だったからね」

 そんな馴れ初めでも仲睦まじくみたいな夫婦もあってんけど、、

「わたしはマグロ」

 呪いの不感症やったからな。不感症は女も不幸やけど男も不幸やと思うねん。そりゃ、夫婦の営みは共同作業で喜びを見つけ、それを高めて行くとこに醍醐味があるねん。

「未経験者がエラそうに」

 正式にはあらへんけど、夫婦同然はあったわい。ユッキーは兵庫津で喧嘩別れした時に主女神を抱えとったから子どもを産めたんやけど、その代わりに不感症やってんよな。

「そうマグロだったんだけど、セルフでさえダメだったのよ」

 不感症ってセルフもあかんもんなんか。

「一般的な意味の不感症は、性交時での不感で自慰はイケる方が多いのよ。でもあの頃はそっちもダメだった」

 あちゃ、呪いって怖いわ。まあ男は女が感じようが感じまいが出せば満足するとも言えるけど、そこまで徹底した不感症やったら、

「男にしたら人間ダッチワイフみたいにしか思えなかったろうな。わたしだって、産む機械ぐらいに思ったぐらいだものね」

 マグロを極めたような状態やもんな。これかって最初はマグロでもエエねん。最初から全開の女なんておらへんのんちゃうか。そこからピチピチの女に変わっていく過程を男も女も楽しむのが夫婦営みや。

「だよね。どれだけピチピチになってるかが夫婦の秘め事と思うよ」

 夫婦はアレがすべてやない。すべてやないけど、アレが楽しい方がエエに決まっとる。あの頃のユッキーは呪いのマグロ状態やから、

「ああなるのは仕方ないよ。それでも子作り義務だけは果たしてくれたかな。それが済めばピチピチに飛んでっちゃったけど」

 これは今も昔も変わらんか。離婚は考えかったんか。

「教祖やってるから離婚は良くないのよね。それとわたしじゃ満足させられないのはわかるじゃない。だから放置にしちゃったかな」

 それ悲しすぎるで。それでも出会ってもたんやろ。

「なんか昔の恋を思いだしちゃったよ。出会ったのが遅すぎたか、早すぎたか・・・」

 遅かったは既に結婚して子どもまでいたことやろうけど、

「それでも結婚して結ばれるまでは遠かったよ。助右ヱ門のスタートは使用人みたいなものだったもの。そこから奉公衆までなったけど、死ぬまで成り上がりは付いて回ったのがあの時代よ」

 今かってあるわ。セレブになるほど、そういう点に文句付けまくるのは湧いてくる。

「それに結ばれたってマグロだもの。助右ヱ門がマグロのわたしに飽きて浮気するのを見るのも辛いじゃない」

 そっか。既婚者やから遅すぎて、マグロが解消するには早すぎたってことか。夫とは子作り義務が終わったらブリザード状態になってまうから、

「子どもは可愛かったよ。だから末裔でもどうしてもね」

 愛情は子どもにも注いだんやろうが、助右ヱ門にもそうやろが。あそこまでしとんのにビックリしたわ。

「コトリには丸見えよね。そうだよ、記憶の継承も出来るようになっちゃったのよ。自分は出来ないのにね。だから明治から久しぶりの再会ってやつ。助右ヱ門も泡食ってたよ」

 エエやんか。今からでも余裕で行けるやんか。

「助右ヱ門が結婚した時にさすがに泣いた」

 だったら、だったらやんか。今の助右ヱ門は独身や。なんの遠慮があるねん。

「それが出来るのが神の恋かもしれないね」

 他人事みたいに言うな。自分のことやないか。ユッキーがどれだけ一途かはよう知っとるねん。実らんかった恋をここで実らせんでどうするねん。

「わたしがお嫁に行っちゃうと困るでしょ」

 困らん。エレギオンHDぐらいコトリ一人でもどうとでもなるんやから。ミサキちゃんも、シノブちゃんもちゃんと守ったる。

「コトリを置いとけないし」

 余裕で置いとけるわ!

「相手は神だよ。帰って来れなくなるかもしれないじゃない」

 御託を並べるな。そんなもん恋の成就に較べたら些細すぎるこっちゃ。それにしても、なんちゅう寂しそうな顔をしてるねん。そんな顔するヒマがあるんやったら突撃あるのみやろが。

「助右ヱ門は懐かしいけど、やはり終わった恋だよ。だから託した。いつの日かちゃんとやってくれるはず」

 ユッキー・・・

「変なツーリングになっちゃったね」

 助右ヱ門かってユッキーを待っとるはずやんか。

「思い出はね、思い出のままにしておく方が良いこともたくさんあると思う。助右ヱ門のこともそう」

 それでも心が揺れたはずや。揺れたから日向湖からあれだけ迷うたんやろが。林泉寺に呼び出したんかって、助右ヱ門に直接会うて、気持ちを確かめるためやろが、助右ヱ門は醒めとったんかい。

「どうだろ。とりあえずすっごい動揺してた。それだけでも嬉しかったかな」

 そやったら、なんでやねん。ユッキーも心が動いとるやんか。

「そりゃね。でも開けるべきでない引き出しだったかな」

 せめて一夜でも、

「一夜で終われる自信がなかったかな。だからまた封じ込めた。思い出はセピア色の中が良いのよ。もう一度これに色を付けたいと思うのが情だけど、そう思うぐらいで留めるのがオシャレじゃない」

 なにがオシャレやねん。そんなもの自己満足やろうが。人やったらセピア色の写真に色は付けられへんけど、女神やったっら付けられるやないか。そこを遠慮せんのが女神の恋やろうが。ユッキーは夕日をじっと見とってんけど、

「やっぱり出番はないね。助右ヱ門と結ばれるのは愛子だよ」

 それって・・・見えたんか。

「東尋坊でね。そうよ切ったのは嫉妬だよ。どうしてわたしじゃなくて愛子だってね」

 いやいや嫉妬いうても無理あるで。助右ヱ門はユッキーの存在を知らんかったやないか。

「だから林泉寺で会ってみた。そしたら、もっと見えちゃった・あちゃって感じかな。そういう運命の恋もあるってことかな」

 そやけど、そやけど、

「これで良いのよ。恵み教えの後始末もこれで出来るだろうし、わたしの末裔も幸せになるじゃない。助右ヱ門だって神より人相手の方が幸せのはずよ」

 ユッキー・・・お前ってやつは、

「夕日が綺麗だよ。あの陽ももうすぐ海に沈む。空と海を真っ赤に染めて沈み、そして消え去る」

 ユッキーは呟くように、

『♪遠き山に 日は落ちて
星は空を 散りばめぬ
今日の業を なし終えて
心軽く 安らえば
風は涼し この夕べ
いざや 楽しき 惑いせん
惑いせん』

 そのまま日本海に陽が沈んで星が輝きだすまで、なにも言わずに眺めとった。