ツーリング日和15(第24話)めくるめく真相

 今夜のユッキーは気合が入っとるな。今回の件はユッキーの昔のシノギの後始末みたいなもんやけど、正直なところ気が乗らん。ユッキーもそうなんはわかるけど、厄介なことに神が絡んでしもうてる。

 神が絡むとガチになる。そやけどユッキーのあんにゃろめ、その神が何者かも知っとる気配があるねんよ。これも考えたら不思議な話で、神と神が出会えば生き残るのは一人なんが大原則や。それぐらい殺伐としとるのが神同士の関係や。

 コトリかってユッキーかって、生き残るために百人ぐらいは余裕で神を始末して来とる。そやけど知っとるいうことは、ユッキーがかつて会ったことがあり、なおかつ生き残っとる事になってまうねん。ユッキー相手に戦って生き残れる神なんか滅多におらへんはずやねん。

「入るよ」

 風呂入ってメシ食って、昨日までは『おやすみ』やってんけど、今夜はそうは行かん。このまま部屋に行かせたら愛子のロストヴァージンの一夜になる。やるのは他人の勝手やけど、どうもやらせてしまうのが引っ掛かるとこがあるねん。

 やらさん手立てぐらいなんぼでもあるけど、こんな事をいつまでもやっとれへんからな。こっちの休みかって限りがあるねん。このまま放置してまいたいけど、ここまで関わってしもたし、とにかく神絡みやからケリを付けんと寝覚めが悪いやんか。

 ユッキーはなんやかんやと口では言うとるけど、東尋坊の時に全部わかったと見とる。それだけやあらへん。この問題の解決策もわかってもたはずや。ここまで引き延ばしたんは気が乗らへんのもあったと思うけんど、健太郎と愛子の見定めやろ。ユッキーがあの顔になるって事はマジやぞ、

「健太郎、愛子、上手いこと言い繕ったつもりだろうが、あんなウソは部外者には通用してもわたしには無意味だ」

 健太郎は息苦しそうに、

「ウソなど・・・」

 ほぅ、ユッキーの睨みを喰らうて、よう声が出せたな。

「木村本家がどんな家かぐらい知っておると申しておるのがわからんのか。執事ような役割をしておるなど冗談にもならぬわ。ウソを吐くにももうちょっと頭を使え」
「そ、そんなことは・・・」

 ユッキーがあのモードに入ってもたらそう簡単に抗らえるもんか。

「奉公衆の話もそうだ。あんなもの江戸時代からあるぐらいは知っておるわ」

 愛子が必死の形相で、

「それでも天白啓斗の話は・・・」
「天白の家も知っておる。天白助右ヱ門の末裔であろう」

 やっぱり知っとったんか。

「木村家と天白家の確執も良く知っている。健太郎、お前なら知っていないと言わせぬぞ。教祖の遺訓に背いただけでなく、それを伏せてしまった事を」

 なんだなんだ。教祖の時にユッキーはなにを遺訓にしたって言うんや。

「あの頃の木村家は欲ボケに浸り切っておった。その欲望を満たす次期教主として取り込み擁立したのが長女だ。だから恵みの教えから観音菩薩は去って行った。これを知らないとは言わせぬぞ」

 健太郎は汗びっしょりや。

「そ、それは聞いておりますが、後に悔やみ、観音菩薩を取り戻そうと」
「この期に及んでまだウソを重ねるか! あれは取り戻そうとしたのではない。遠ざけようとしていただけだ」

 これはユッキーの木村由紀恵時代の話のはずやが、

「菩薩は三女に渡り、さらに三女の娘に受け継がれた。にも関わらず対立関係を作り上げたのは木村の一族じゃ」

 菩薩は長女やのうて三女に行ったんやった。あれも今から考えたら不思議で、教団が欲しいのは菩薩を宿す女のはずやんか。たしか間違って立ててもたから、それバレんようにしたって話やったが、

「欲に走った木村の一族は菩薩を宿す教主でさえ邪魔とした。飾り物の教主の方が扱いやすいとな。そのために菩薩を宿す三女をひたすら遠ざけた」

 へぇ、そうやったんや。たしかにそっちの方が話は合うねん。菩薩は三女から三女の娘に渡ってから、三女の娘に子どもが出来へんかったから、三女の長男の娘に渡ったのはシノブちゃんが結崎忍時代の調査でコトリも聞いてるねん。

 そやけど、あん時に菩薩を取り戻そうとして木村の末族の男と結婚させた話になっとったはずやねん。木村由紀恵の母である木村由紀子の時の話や。

「あんなもの後からの作り話じゃ。由紀子はごく普通に恋愛して木村姓の男と結婚しておるし、これが木村の末族であったのはタマタマに過ぎない。娘を譲り渡す話云々はデッチ上げだ」

 え、ええぇ、そうやったんか。後妻を迎えて継子イジメを喰らったのは、

「あれは本当だ。だがそこに教団の援助話などまったくなかった。勝手に破滅して夜逃げしただけの話に過ぎん」

 そやったら伯父さんに引き取られた話は、

「伯父は末族ながら木村連枝家に近い人でもあった。伯父は孤児になった娘の世話を教団に頼ろうとしたのだ」

 ホンマはそうやったんか。

「だが教団に拒否された。これに憤りを覚えた伯父は死ぬまで娘を庇護し育てたのだ。この話を教団に都合の良いように作り上げたのが健太郎、愛子、お前らが吹き込まれた話だ」

 そうやったんか。教団は菩薩の娘を引き取って再び教主の座に据える気なんかあらへんかったんか。言われてみればそうや。木村由紀恵に菩薩が宿っとるのを知っとってもノータッチやったもんな。ここで愛子が、

「そうは仰いますが、教団に菩薩を取り戻すことは悲願となっています」
「それは教祖の遺訓を都合よく木村の一族が作り替えたものじゃ。大聖歓喜天院家と木村本家は裏表のような関係ではあるが、表裏は一体ではない。実現可能の遺訓を悲願と変えて伝えておるにすぎん」

 どういうこっちゃ、

「教祖は生身の観音菩薩じゃぞ。夢とか希望を遺訓に残すはずがなかろう」

 ユッキーはなにをしたんや。健太郎は、

「あ、あなたは誰なのですか。そこまで知っている人間は大聖歓喜天院家か木村本家以外にいないはず」
「他にもわたしが知っている」
「そんなことは・・・」
「だから知っておると申しておる」

 健太郎は息をするのも苦しいやろ。それでも頑張るか。

「極楽教への吸収は許されざることです。恵みの教えこそ本家であり、これを守り抜くことが木村家の使命」

 ユッキーは凍り付きそうな冷笑でこれに応えとるな、

「木村の人間は変わらんな。だから観音菩薩も立ち去ったのを悔やみもしておらん。もう良い、好きに滅びるがよい。いや滅びなど観音菩薩が去り、最後の恵みを拒否した時点で決まっておった。ここまで生き延びたのが間違いであったと言うことだ」

 健太郎も愛子もまだわからんか。いくら大聖歓喜天院家や木村本家の人間でも難しいかもしれんが・・・うん、愛子は気づいたか、

「それは御言葉でしょうか」
「そう聞くのは勝手だ。二度と関りなど持ちたくはなかったが、こうやって関わってしまった」
「また戻られる御意志は」
「微塵もない」

 健太郎は慌てて、

「愛子、何を言っている」

 愛子は決然と、

「今知りました。恵みの教えの滅びの理由を、江戸の初めより連綿と続きし菩薩の系譜が明治で突然途絶えてしまった理由をです」

 知らんかったんかいはキツイか。その事実を教主に知らせんように木村家の連中はしとったからな。

「教祖様、御教え下さい、最後にお残しになられた恵みとはなんなのでしょうか」

 ユッキーはニコリともせずに、

「愛子、それは既に示されておる」
「それは天白啓斗との」

 ユッキーは一息ついて、

「今は明治の代ではない。教主の娘とて、その前に一人の女だ。滅びゆく家に殉じる必要などない。だがな一つだけ申し渡しておく。健太郎を選ぶ意味をもう一度考え直せ。これはいついかなる時代であろうとも、不幸しか呼ばぬ」
「私には天白啓斗以外の選択肢はないと」

 ユッキーはほんの少しだけ表情を緩めたな。

「天白を拒否しても愛子の女としての幸せは関係ない。問題は健太郎を選ぶことじゃ。胸に手を当てて考えて見ろ。愛子、お前ならわかるはずじゃ」

 愛子は困惑しとるな、

「恋は盲目とはよう言うたものじゃ。知らぬようじゃから、一つだけ教えておく。健太郎には兄がおる」
「えっ、それはまことの事ですか」

 どういうこっちゃねん。愛子の顔が真っ青になったやんか。

「後は己で調べよ。愛子、お前が選べる道は二つだ、天白啓斗を婿に迎え大聖歓喜天院家を守るか、恵みの教えの滅びを見ようとも己の幸せを選ぶかだ。明日、覚悟を見せてもらう」