ツーリング日和15(第7話)マスツーに

 カップルだけどツーリングだったのに少し驚いた。てっきりドライブだと思ってたもの。もっともさすがに小型じゃなくて中型だ。京都から来たみたいで、定番の周山街道で来たんだって。

「一泊か?」

 京都からならレインボーラインを走っても日帰り可能だけど、わざわざ一泊したのはカップルからだろうね。それと二人の付き合いは長いはず。だってだよ初めてのお泊り旅行でこの民宿では情緒がなさすぎるじゃない。

「ああ、それは言えてる。交際は見栄を張るもんや」

 そりゃ、懐具合の兼ね合いはあるにせよ、もうちょっとオシャレなところを男なら無理しても選ぶものよ。もちろん個人の好みは一様じゃないけど、このクラスの民宿に泊まるのは、女の好みを知るなり、女が男の好みに合わせても良いぐらいの関係になってからだよ。

 聞くと大学からの付き合いなのか。なるほどツーリング仲間から交際に発展したパターンみたいだから、交際期間はかなり長いで良さそうだ。ところで明日は帰るの、

「それが、その・・・」

 決めてないってなんだよそれ。カップルで気まツーでもやる気とか、

「いや、あの・・・」

 まさかの訳ありか。いや、あれは、まさかのまさかだ。

「ユッキーもエエんか」

 これは見過ごせないからマスツーだ。コトリに任せておけば、

「それは、ちょっと・・・」
「さすがに御迷惑ですから・・・」

 初対面だから遠慮するか。そんなものがコトリに通用すると思ったら五千年早いよ。ほら、同意させられたじゃない。マスツーするとなると名前も知らないと、

「健太郎です」
「愛子です」

 笑いそうになった。大昔の玉姫殿じゃないの。事情は追々聞けば良いから、

「早瀬浦、一升瓶で」

 このへしこで一升は行けるんじゃない。なるほど自家製なのか。さてこの二人だけど社会人三年目で今年で二十五か。交際期間的にそろそろ結婚も真剣に考えても良い時期だと思うけど、

「昔とちゃうからな」

 昔と違うはあれこれあるけど、正社員でも給料低いのよね。もちろん正社員と言ってもピンキリだけど、昭和の時代のように女は結婚したら寿退職なんて伝説になりつつあるぐらいで良いと思う。

「女はな。これは仕事を続けるのが当たり前に意識が変わってるのもあるし、現実的には夫の給料だけじゃ、やりたくても専業主婦なんて出来ないのある」

 女も仕事をするべきだと思うし、能力だって体力系じゃなかったら差などないからね。

「そやけど、男の方は未だに変わり切ってないのも多いわ」

 らしい。結婚したからには一家の大黒柱は男と思うぐらいは良いとしても、

「奥さんにマウント取るのに必死になるアホウもまだまだおるからな」

 共働きでも家事どころか、育児さえ妻に丸投げするのが当然ってやつね。その上で家事、とくに食事にグチグチ文句付けるのも多いそうだ。これだってメシマズだったらまだ理解は出来るけど、味なんて関係なしでマウントを取るためだけに貶すんだって。

 さらに言えばだよ、お給料だってチョボチョボぐらいで、下手すれば夫の方が低かったりもあるのよね。夫の給料だけじゃ家計が維持できなのにそんな態度でふんぞり返ったりしていれば、

「そういうケースか。女が暮らせるぐらい働けて、一人で家事も、育児も出来たら夫の世話だけ余計な負担の結論にすぐなるわ。妻の役割って、夫のお世話係やないからな」

 そういう女が求めるのは対等のパートナーだからね。すぐに見放されて離婚になっちゃうよ。女の意識はとっくに変わっているのに、前時代的な価値観を押し付けても逃げられるだけってこと。だけどね、女だって意識の遅れてる層は確実にいる。

「あれは遅れてると言うより退化ちゃうか」

 女だって専業主婦が夢ってのもいるのよね。

「専業主夫が夢の男より多いやろ。女は仕事が嫌なら専業主婦って選択が今でさえあるけんど、仕事が出来へん男は女にとって無価値なんは変わらん」

 でもさぁ、こんな事を言うとフェミの人に噛みつかれそうだけど、一度ぐらい専業主婦をやってみたいところはあるのよね。だってさ、記憶が始まって五千年。ずっと仕事をしてるんだもの。

「まあな。そやけどすぐに飽きそうや」

 たしかにね。

「退化しとる男よりマシやけどな」

 コトリは少子化の影響じゃないかと考えてるようだけど、息子を溺愛する母親が少なくないのよね。母親が子どもを慈しんでも問題などないのだけど、とにかく少子化だから、子どもと言っても三人もいれば多い方。一人っ子が珍しいとは言えないし、二人いても息子は一人のケースなんて珍しくもない。

 母親が息子を溺愛にまで突っ走ってしまう原因はあれこれあるけど、夫婦仲が醒めてるのも一因ぐらいには言えそう。だから熟年離婚も多くなってるのだけど、離婚まで行かないまでも夫じゃなく息子に愛情を傾け切ってしまっうのもありそうだ。

「反抗期で普通は親離れするもんやが」

 そうできなかったら息子もまた母親にベッタリになる。父親にベッタリになる話はあんまり聞かないから、あれは母子関係特有の現象かもしれない。

「かもな。かくして立派なママン大好きマザコン息子が出来上がる」

 ママンの息子への執着は凄まじいらしくて、これもまた離婚原因の一つになる。

「そんなママンが嫁に求めるのは亭主関白やし、夫は夫でママンから疑似やけど亭主関白扱いにされとるから、嫁もそうなるのが当然ぐらいにしか考えへん」

 言うまでもないけど男女の仲はこんなに単純じゃない。とにかく例外が多すぎる。ところで健太郎と愛子は結婚を考えてるの。

「それは、その・・・」
「えっと、それは・・・」

 歯切れ悪いな。好き合っていても結婚をする必要はないけど、どうにも引っかかるな。とりあえず明日からのマスツーを約束して部屋に戻り、

「ユッキー、どう見た」

 まずは愛し合ってるカップルなのは間違いない。それも結婚も意識していると見て良いと思う。暗く見えたのは喧嘩でもしたのかと思ったけど、どうもそんな感じに見えなかったかな。

「コトリも同じや。まだ二十五やからお互いの収入がもう少し増えるのを待ってるのもあるけど・・・」

 それもあるかもしれないけど、それでも結婚して所帯を一つにすれば暮らせるぐらいの収入はあるはず。豊かとは言えないだろうけど可能なのは可能だものね。この辺はどんな家庭を考えてるかで変わる部分も大きいけど、

「そこやねんけど、同棲もしてへんのも不自然や」

 みたいなのよね。しなきゃならないものではないだろうけど、ステップとしてもう進んでいても良さそうな気がする。定番の親の反対とか。

「賛成はされてへんとは思うけど、なんで賛成されてへんかが問題やろな」

 この手のケースで多いのが釣り合い問題。今でも多いのよね。片親とか、家柄とか、学歴とか、実家の裕福度も出て来るとことがある。もしかして健太郎はマザコンじゃなくても、母親が子離れ出来ていないクソ姑とか。

「その辺は考え出したらキリがあらへん。結婚は当人同士の問題やけど、たとえばや、相手の実家が借金まみれみたいなケースもあるやんか」

 ギャンブル好きでまともに働いていないとか、犯罪者まで出してるとか。家族に反社がいるってのもある。

「毒親もおるからな」

 育てたからには親の面倒を見るのは当然と言うか義務みたいに考えてるのもいる。それこそ同居して、自分たちは仕事を辞め、息子夫婦の収入で暮らすどころか、贅沢三昧する気まんまんなんてのもいるって言うもの。そんな家の子どもが相手との結婚となれば、そりゃ親としては賛成できないよね。

「追々わかるやろ」

 そこでどうするかも気分次第。あんまりドロドロしたものなら、

「そうや。関わっても手に負えん問題はテンコモリあるからな。コトリらがやってるのはツーリングで、どこぞの御老公の世直し旅とはちゃうで」

 さすがのコトリでもそうか。さて、明日は何が見れるのかなぁ。