ツーリング日和7(第15話)大正ロマンの宿

 立石寺からは今日の宿に向かうみたい。

「コトリ、ワガママ言ってゴメンネ」
「エエんよ、コトリも行きたかったし」

 あれっ、北上するんだ。

「芭蕉やけど尾花沢から立石寺に南下したけど、おそらく似たような道を尾花沢まで北上しとるはずや。さすがに芭蕉の時代とは風景は変わってもとるやろうけど、チイとばっかり奥の細道気分や。尾花沢までは四十分ぐらいやで」

 歴女趣味か。さすがにディープだね。さすがに風景から奥の細道気分にはなれないけど、

「バイパス下りるで」
「道路案内出てたものね」

 高架を潜って、銀山温泉まで十六キロだって。国道三四七号だけど、空いてるしコトリさんもピッチが上げてる。二車線だけど路側帯も広いし、見通しも良いから気持ちイイ。あれ、コトリさんが停まってナビとニラメッコしてる。

「どうしたのコトリ」
「とりあえず、もうちょっと走ってみる」

 この辺は尾花沢の郊外みたいだけど、

「合ってるよ。ほら」

 曲がり角を探していたのか。ここまで来ると田園地帯だな。あった、あった、温泉まで五キロになってる。

「さっき渡った川に銀山川ってなってたよ」
「もう一回渡り直すはずや」

 橋を渡ってからは、もう山の中。さすがに秘湯って感じ。雰囲気出してくれてるよ。

「橋を渡り直したね」
「もうすぐのはずやけど」

 宿の看板が出て来たよ。あれ見ると、いよいよ感が湧いて来るものね。

「ユッキー、永澤平八やから注意しといて」
「らじゃ」

 宿の名前かな。でも注意しないと見落とすぐらい小さいとか。あの二人が選ぶ宿ならありそうだけど。

「そうやなくて」

 温泉街の道はよほど狭いらしくて、温泉街の手前の旅館の駐車場にバイクを停めて迎えを呼ぶシステムなんだって。

「わたしたちなら行けるのじゃない」
「バカでかいハーレーがおる」

 旅館も見え始めたけど。

「ここじゃない」

 へぇ、シャッター付きの車庫なのか。やっぱり雪国だからだろうな。電話してしばらくしたら、迎えのマイクロバスが来てくれた。橋があるけどここで下りるみたい。

「これはバイクでも来ない方が良いね」

 こりゃ道は道でも遊歩道だよ。それにしてもこの旅館の立ち並ぶ様子は、

「これは来た価値があった」

 なによこれ、川の両側に木造の二階建てどころか、三階建て、四階建て、

「五階建てまであるよ」

 五階建てはさすがに客室じゃなくて展望台みたいな感じだけど、

「鏝絵も見事じゃない」

 ホントだ。たしかこんな旅館で働く異世界ファンタジーアニメがあったよね。だけどアニメだって一軒で、軒を並べてるいるのは日本で他にないんじゃないかな。二人がわざわざ泊まりに来るわけだ。ユリも感動してる。

 銀山温泉は室町時代から続く延沢銀山のあったとこだって。十七世紀の半ばに最盛期を迎えて、大森銀山、生野銀山と肩を並べるぐらいになり、こんな山の中に二十万人とか、三十万人が暮らしていたそう。

 銀山は最盛期を迎えた四十年後ぐらいに閉山になってるけど、採掘の時に見つかった温泉が湯治場として残ったぐらいかな。これも昭和初期の大洪水で一度壊滅したんだけど、ボーリングしたら豊富な温泉が噴き出し、その頃に今に至る温泉街が形成されたそう。

「ほぼそのまま残ったのが凄いよね」

 さすがに詳細は知らないけど、銀山温泉は戦前は賑わったんだと思う。だけど戦後の高度成長期は、クルマでの交通に不便だからイマイチ時代が長かったのかもしれない。儲からなかったから、逆に鉄筋旅館にリニューアルしかったぐらいの気がする。

「時代は回ったのかな」

 コトリさんが言うには昭和の旅行のメインは、とにかく団体旅行だったって。

「温泉旅行だけじゃなくて、旅行といえば団体旅行だったのよ」
「農協ツアーも死語になってもな」

 なんだなんだ、農協が旅行してたの。そこはよくわかんないけど、猫も杓子も団体旅行だったから、旅館とかホテルも団体旅行向けに適応したそう。単純には大人数の受け入れと、宴会設備の充実かな。

 団体旅行を受け入れられたところが勝ち組ぐらいだったで良さそうだけど、銀山温泉は対応しなかった、もしくは出来なかったぐらいかも。この道じゃ観光バスも近付けないよね。でも時代は団体旅行から個人旅行にシフトしていき、

「あれやな。団体旅行で勝ち組やった豪華温泉旅館が図体を持て余すようになってもたぐらいやろ」
「そうね。団体旅行にシフトしすぎて個人旅行を軽視していたからね」

 時代の変遷と言えばそれまでだけど、銀山温泉は団体旅行ブームの中を昔の姿のままで生き残り、こんなすごい光景が残っているってことか。

「ここみたいね」

 看板上がってるものね。ロビーも昭和と言うより大正ロマンの雰囲気がプンプンしてる。客室は純和風だな。とりあえず風呂だけど貸切露天風呂があるじゃない。

「どうぞお二人で」
「邪魔したら悪いもの」

 言われて恥しかったけど、お言葉に甘えてコウと入ったよ。かけ流しの、これは檜風呂だろうな。気持ちイイ。お風呂あがったら晩御飯だ。

「梅酒の食前酒は上品ね。前菜が三点盛と、とろろそばがなかなか」

 刺身は岩魚か。こんな山の中でマグロとかイカは食べたくないものね。わらびの醤油漬けと、

「豆腐天はこの宿の手作りだって」

 小鍋は山形らしく芋煮なのが嬉しいな。

「尾花沢牛のステーキもとろけるみたい」

 本格懐石も悪くないけど、郷土料理と地元の旬の食材が前面に出してくれるのは旅人にとって最高の贅沢だよ。

「歩こう」

 川の両岸が遊歩道になっていて、街灯がガス灯なのが風情よね。それよりなにより、並んでいる宿がロマンチック過ぎるもの。部屋に戻って窓から景色を眺めながら、

「なるほど、だからこの宿にしたのか」

 この温泉の最大の見ものは夜景だよ。それも風雪に耐えた見事な旅館の夜景なのよ。この宿より立派なとこはあるけど、泊まったら自分の宿の夜景が部屋から見れないもの。

「おやすみなさい」

 部屋は別だよ。コウと二人になったらドキドキしてきた。今夜はどうしよう。コウはやりたいよね。ユリの体は、正直なところまだ違和感は残ってる。そう、入ってるって違和感だよ。

 初体験は正直なところ、恥しいわ、痛いわで、どうしてこんなものやりたがるのか不思議だったぐらい。この辺が男と女の違いみたいだ。男ってぶっちゃけ出せば満足するらしい。これは、お母ちゃんの本に書いてあった知識なのが悔しいけど、現実にコウは満足しているとしか見えない。

 ユリだって広い意味では満足している。でもこれはアレそのものじゃなくて、愛するコウが望むものを与えられたから。アレ自体はひたすら耐え忍んだだけだったものな。だからかもしれないけど、女は経験するとアレが嫌いになってしまうのもいるそう。それは、なんとなくわかる。

 女だってアレに夢を描いてるんだよ。そりゃ、あれだけ感じて良くなるエロ小説を読まされればそうなるじゃない。でも夢と現実の落差はかなりある。これはユリもまさしく経験したところだ。

 じゃあ金輪際やりたくないかと言えば違う。どう言えば良いのかな、愛し合ってるならやるべきものって思いが今は強いのよ。それで愛する男を喜ばせるのもあるけど、どちらかと言うとユリを求めてくれるのが嬉しいに近いかな。言うまでもないけど、そう思えるのは相手が愛するコウだから。コウ以外にそんな気になれるものか。

 うん、今夜はやるべきだ。痛くてもやるべきだ。そうやってコウを満足させるのも妻たるユリの大事な役割だ。きゃ、妻だって、いずれそうなるけど、言葉として思い浮かべると照れ臭いな。

 妻って呼ばれて嬉しがるって古風だって。そうだよユリは古風なのが好きなの。あんなぶっ飛び過ぎたお母ちゃんの真似だけはしたくない。ちゃんと父親もいる家庭を作るのがユリの夢なんだから。

 今夜も絶対痛いと思うけど、そのうち痛くなくなるはず。お母ちゃんの小説で描かれまくっている『感じる』はまだ全然わからないけど、コウが相手なら絶対そうなれるはず。女は相手との相性がなにより大事で、コウこそ最高の相手だもの。

「ユリ」
「愛してるよ、コウ」

 コウの指がユリの浴衣の帯を解きにかかってる。ユリの裸を見られるのだけは少しだけ慣れたかな。あれから一緒にお風呂も二回入ったもの。初めてのベッドがどれだけ恥しかったか。でも、そこから先は二度目でもまだまだだよ。とにかくユリの二回目の夜が始まる。少しでも痛くありませんように。