ツーリング日和15(第5話)若狭観光開発みたいな話

 エンゼルラインを下りたら国道一六二号を東に。シーサイドロードで三方五湖に。エンゼルラインを見ながら思ったのだけど若狭の観光開発は、

「成功せんかったでエエやろ」

 地理的なネックは大きいよね。観光産業が振興するには客が集まる必要があって、若狭なら京阪神からどうやって呼び込むかになる。

「若狭にあえて行きたい理由が乏しいもんな」

 それは大きいよ。京阪神から高速で北に向かったら、

「どうしたって金沢とか能登半島に行ってまう」

 金沢の魅力は大きいし能登半島も知名度が高い観光地だ。それも何泊か重ねたらセットで回れちゃうものね。

「泊まるにしても金沢でもエエけど、山中、山代、片山津の加賀温泉郷に能登には和倉温泉まであるからな」

 メジャーブランドの温泉地が目白押しなんだよね。わたしたちはメジャーブランドは既に何度も行ってるから、あえてマイナーブランドの温泉を楽しもうとするけど、

「マイナーなとこはディープ過ぎて客を選んでまうからな」

 メジャーなところは、メジャーであるだけの設備やサービスの充実はあるのよね。家族連れならメジャーに行くと言うより、メジャーに行くのが絶対に無難だ。メジャーにも弱点はあるけど、マイナーの欠点は旅の思い出をそれこそ台無しにしかねないからね。

「それとやけど金沢や能登かって京阪神からすればワン・オブ・ゼムなんよ」

 伊勢志摩、南紀白浜、四国道後・・・行ってみたいところ、泊まってみたいメジャーな温泉地はそれこそ目白押しぐらいある。人の一生のうちに全部行ける人はさほど多くないんじゃないのかな。

「九州かって、信州かって、飛騨かってあるし、北海道や沖縄、言いだしたら海外とも競合するからな」

 飛行機使ったら飛躍的に行ける範囲は広がるし、広がれば魅力的な観光地は量産されるからね。

「福井県内ですら嶺北の次やろ」

 嶺北には永平寺もあるし、コトリが好きな一乗谷もある。泊まるのだって芦原温泉があるもの。仮に福井県に旅行を考えてもまずはそっちが思い浮かぶはず。これに対して若狭なんか三方五湖ぐらいしか思い浮かばないのじゃないかな。

「悪いが日帰りスポットクラスや」

 そうなのよね。感覚で言ったら神戸の人が六甲山に行くぐらいかもしれない。さらにと言えば悪いけど三方五湖とセットで周遊できる観光地を思いつくのが難しいと言うのがある。泊りを考えるにしても思いつくようなメジャーな温泉地はないのよね。

 さらに言えば交通の便も良くない。道路はかなり整備されつつあるけど、電車で行くにはやっぱり不便だし、飛行機を使うのにも空港がそもそも無いもの。だってだよ、三方五湖を見たいだけで泊りがけで行きたいかと言われると、優先順位がどれだけ低いかだよ。

「そやから関電の原発銀座になってるやんか」

 若狭の地名で有名なところは高浜、大飯、美浜があがってくるけど、皮肉じゃないけど原発があるからの部分は大きいのよね。原発の存在は観光で言えば明らかにマイナスだけど、立地を受け入れるぐらい人気がないことの裏返しでもあるのよね。

 だけどね、観光開発の余地はあると思ってる。観光地として人気は低いかもしれないけど、若狭の道は楽しいの。海あり山ありだし、食べるものだって美味しいのよ。快適に走れて、目に映る風景が楽しめるから、

「今日だけでどんだけYAEHしたことか」

 YAEHはツーリング文化だと思う。具体的になにをするかだけど、道ですれ違ったツーリングをしているバイクに左手を挙げて挨拶すること。その時にYAEHってメットの中で叫んでるぐらいかな。

 メットの中だから相手に聞こえるはずないし、実際には手を挙げてるだけのことも多いけど、そうだね、通りすがりの挨拶ぐらいの感覚かな。強いて近いものをあげると、ハイキングですれ違った人に、

『こんにちは』

 こんな挨拶を交わすのに近いかも。

「同好の士としての連帯感やな。バイクに乗ってツーリングしている仲間意識の発露やろ」

 だと思う。そりゃ、道路ですれ違っただけの見知らぬ人だものね。名前どころかメットしてるから顔もわからないし、また会う確率は低いなんてものじゃない。

「それに堅苦しいもんやない」

 YAEHを鬱陶しいとするバイク乗りもいる。そういう人はやらなければ良いだけ。YAEHを返さなくても悪感情なんてまず抱かないもの。

「無視された思うより、なんか事情があるぐらいで過ぎ去って終わりや」

 そういうこと。たまたまナビ見てる事だってあるし、風景に目が行ってる場合もある。シフトチェンジのタイミングで右手を離せない事だってある。だからあくまでも余裕がある時にするのがYAEHぐらいはバイク乗りの常識だものね。

 それとね、YAEHが広がっているのはツーリングしてるバイクが少数派なのもあるのよね。道にもよるけどそういうバイクに出会わない時は本当に出会わないのよ。だから出会ったら嬉しいのは素直にあるもの。

「そやけど若狭はやたらと出会うんよな」

 周山街道もそうだったけど、道の駅美山ふれあい広場なんかクルマよりバイクの方が多かったもの。あそこはまだ京都だけど、

「道の駅名田庄もそうやった」

 若狭はね、一般的な意味での観光地の魅力は乏しいかもしれないけど、バイクのツーリングコースとしての魅力なら十分なのよ。バイク乗りが好む道は、

「空いとって、信号が少のうて、景色のエエとこや」

 空いているというのはクルマが少ないこと。クルマが少ないから信号も少ないにつながるぐらい。それで景色が良ければバイク乗りは集まってくる。京阪神は首都圏に次ぐ大都市圏だから、バイク乗りにとって辛いところなんだよね。

 ツーリングで快走したくても、そこに行くまでの都市部を通り抜ける苦労が待っている。そういう目で見ると若狭の道は魅力的なんだよね。思う存分走れるって感じがあると思うのよ。

「京阪神からやったら高速使うてもまだ知れてるし」

 福井県内で言えば、こんな事さえアドバンテージになる気がする。嶺北地方だって名神から北陸道を使えば余裕で行けるけど、

「バイク乗りは懐が寂しいのが多いからな」

 これは全員とは言わないけど、ツーリングの本道は下道にあるからだと思ってる。高速を使うのはあくまでも目的地である下道ツーリングコースへのショートカットのためで、

「高速を本当に楽しむなら250ccでも辛いと言うからな」

 短距離ならともかく長距離になると中型でも辛いとよく聞くからね。それよりなにより、

「高速料金はバイク乗りには負担や」

 若狭が京阪神から近いと言わないけど、下道でも来れるし、高速や有料の自動車専用道路を使っても限定的じゃない。だからあれだけのバイクが若狭に集まって来ていると思ってる。

「そやけど、いくらバイク乗りが集まっても観光振興となると厳しいとこがあるんよな」

 まあね。観光振興とは観光客が集まるだけではダメで、集まった観光客がカネを落としてくれないと話にならないのよね。だけどバイク乗りが落すカネはクルマ乗りに較べると少ないのは現実。さらにがあって、

「下手に人気が出過ぎると、今度は混んでるから敬遠されるのもバイク乗りや」

 それ以前にいくらバイク乗りを集めたくても、やっぱり少数派なんだよね。どこまで行ってもメジャーじゃない。そんなことを話してると見えて来たのは三方湖。三方五湖と言うけど、三方湖、水月湖、菅湖は半島で区切られてる一つの大きな湖にしても良いと思う。

「そういうけどちょっとちゃうで、三方湖は淡水やけど水月湖と菅湖は汽水や」

 この三つの湖と独立して久々子湖と日向湖がある感じだ。

「水月湖と久々子湖は浦見運河でつながってるで」

 ツッコミがうるさいぞ。はす川を渡ったところで、

「次の信号を左や」

 若狭鯖街道を走るってことだね。というかこの鯖街道って、

「熊川宿の方に行って若狭街道を抜けるんやろ」

 というか本当の鯖街道は丹後街道から若狭街道になるはずだけど、適当に名前を付けてるんだろうな。この辺って、

「若狭町やけど、バカでかい合併しやがって、若狭町言われてもどこを指し取るかわからへんややんか」

 言えてる。この辺で古代からの湊となると敦賀になるのだけど、敦賀に水揚げされた北陸諸国の荷物は塩津街道で琵琶湖の塩津に運ばれていたそうなんだ。

「ところがやな、平安中期になると気山津が台頭するねん」

 おそらく敦賀から塩津への陸路の輸送能力がネックになった気がする。気山津は今では想像も出来ないけど久々子湖の南側にあったんだよ。北陸から来た船は久々子湖に入って南側の気山津に荷物を陸揚げしていたとなっている。

 気山津からは丹後街道を南に下り九里半街道で今津に荷物を運んでいたそうなんだ。そんなに古くから九里半街道が成立してたのに驚いた。

「もっと古いみたいや。今津は古くは木津と呼ばれて木材の集散地やったそうなんよ。九里半街道からも若狭の木材が運ばれとったらしいねん」

 だけど気山津は、

「南北朝の頃に衰退して無くなってまうねん。久々子湖に舟が入れんようになったからやとするのが多いわ」

 気山津が衰退して代わりに台頭したのが小浜になるそう。そうなると気山津が若狭で一番繁栄していた時代があったのか。

「そやから歴史的には気山って呼ぶべきやろうけど、気山じゃ地元の人しか通用せんわ」