ツーリング日和23(第18話)裏話

 美玖は顧問弁護士の高木先生とタッグを組んであの結婚問題にあたっていたんだ。ただし顧問弁護士とは言え、会社の事に関係してないと言うか、関係しているけどプライベートと言うか、会社の顧問料の範疇かと言われると微妙なところがあったから美玖個人の依頼にしている。

 形式はそうだったけど、問題が問題だから高木先生も真剣というより前のめりぐらいに取り組んでくれた。ただ何をするにも情報が必要で、興信所の調査料は結構な金額になったけど、

「出しただけの価値のある情報を集めてくれました」

 とは言うものの興信所調査では限界があった。ただこれ以上になると警察捜査でも難しいと思う。あの結婚式事件の一番の背景は下黒産業の経営不振になる。今すぐじゃないけど、このままではジリ貧確定なんだよな。

 だからまとまった金額の融資を受けて経営改革に乗り出す必要があるのは経営者である下黒家の人間でも了解事項だったはずだ。そういう融資となるとまずメインバンクとの相談になるのだけど、

「実際にも相談しており、まとまりかけていたらしいのですが・・・」

 あの結婚式問題だけでなく、とにかくややこしかったのは、

「新郎の母親です。あんな思考回路の人間だと理解するのが大変過ぎて、こちらも振り回されました」

 メインバンクからの融資話は母親が介入してぶっ潰されている。母親がぶっ潰した理由も推測するしかないのだけど、銀行が経営に介入してくるのを嫌ったのじゃないかと考えている。とはいえ、融資が経営の立て直しに必要なのは理解していたらしい。そこで山名君との縁談話になってくるのだけど、あれもまた奇々怪々で、

「おそらくぐらいしか言えないのですが、社長が山名君を玉の輿に乗せたいとしたのが始まりでないかと考えています」

 どうもなんだが、社長は異業種交流会とか懇親会で山名君の婿探しみたいな事をやっていたみたいなんだ。道理で、その手の交流会とか懇親会への出席にお世辞にも熱心とは言えなかったのにマメに出席してたものな。

「社長が無邪気に玉の輿になる婿探しをやらかしたために隠し子説も出ましたし、隠し子でなくても遠縁でも親戚で、養女にとって星雷社の後継者にする噂が広まったで良いと見ます」

 あの噂が社外にも広まり、どうしても消えなかった諸悪の原因は社長だったんだよな。それを耳にして下黒家が飛びついたの話になるけど、

「まさかあんな反応になるとは計算外でした」

 ボクもそうだった。こっちは縁談潰しが目的だから、山名君が社長とは血縁関係などまったく無く、なおかつ養女にする気など毛ほども考えていない情報を流したんだよ。そうなれば山名君はどこにでもいる庶民の娘になるじゃないか。

 結婚は当人同士の合意が法的にはすべてだけど、やはり両家の合意が必要。この辺は家の重みがピンキリ過ぎるのだけど経営者ともなれば重い。あのクラスの結婚となると濃淡の差はあるにしても政略的要素は絡んで来る。

 下黒家にとって山名君の価値は社長の有力親族であることだろ。それが無いとなれば、名門意識が鼻に付くほど高い下黒家が嫁に欲しいなんて思うものか。なのに、なのにだよ。

「あんな思考回路を読み取るのは不可能です」

 下黒家にとってあの結婚の目的は、星雷社から救済融資を受ける事に尽きるはずなんだ。だけどだよ、その根拠が、

「結納金だったなんて・・・」

 結納金は一般には嫁なり、婿を取る側が出すのが基本だ。あの結婚は下黒家が山名君を嫁に取るから、常識的には下黒家が支払うものになる。ところが社長は、

「どこまでわかっていたかは不明ですが、嫁にしてくれれば結納金を出すと言っていたたようです」

 あの社長だから結納金とはなんだの理解さえ怪しいからな。それなのにあの母親は結納金イコール救済融資と盲信してたというから呆れた。

「呆れたレベルじゃありません。他の状況がどんなに変わろうと決定事項だとして再考とか、懸念すらしていません」

 これもどうもなんだが、縁談を申し入れた時点では婿養子に出すと下黒家側は考えたようなんだ。これなら結納金は山名君側が出すことになるだけじゃなく、次期社長も確定されたようなものだから星雷社も手に入るぐらいだったで良いと思う。

「その意図で動いていたから噂も出ていました。ですが流花が養女にならず、嫁になると聞いて断るのじゃなく、むしろ大歓迎になっています」

 わかりにくいなんてものじゃなかったのだけど、これはあの母親の狂った思考回路による暴走の賜物だ。だってだよ、婿に出すが嫁を取るになっても結納金は貰うものであると確信して疑いもしない。

「付け加えて、結納金イコール救済融資の勝手な思い込みも微動だにしません」

 あの母親が大歓迎になった理由は他にもある。元新郎はマザコンだったのだけど、

「あの母親が溺愛の限りを尽くしたお蔭で重度の立派なマザコン息子に育ち上がっています」

 そんなマザコン息子を婿養子に出そうとした理由は、結納金代わりの救済融資と次期社長として星雷社を引き出物としてゲットできること。だが母親は婿養子に出さなくて済む方に驚喜したぐらいで良さそうだ。

「マザコン息子の母親は子離れが出来ていないケースが多いのですが、あの母親は子離れが出来ていないどころか子執着の極型です」

 あの母親の思考回路は結婚さえすれば結納金代わりの救済融資ゲットは確定事項だから、結婚までにやることは嫁に対してマウントを取りまくることに驀進したで良さそうだ。山名君は実質的に身寄りがいないようなものだから、山名君の親への挨拶や、両家顔合わせの食事会とは無いのは理解するにしても、

「下女を雇うのに挨拶は不要の姿勢です」

 山名君に聞いたらあからさまだったようだ。それでも結婚式まで雪崩れ込んでしまったのだけどあれは仰天した。披露宴会場の高砂席が三人だったんだよ。結婚式場も口は基本的に固いところだけど、さすがに三人席は話題にならない方がおかしいよ。前代未聞だから事前に情報はゲットできた。

 高砂席が三人だから、ボクも美玖もあの母親が結婚式で必ず何かやらかすと予想はしていたのだけどあそこまでとはな。

「あのパフォーマンスは母と子のヴァージンロードであり、母と子の結婚式です」

 こんなこと想像するだけで吐き気がするのだけど実際に見せられた。

「子執着も極型となれば、息子への愛情は母の愛情ではなくなり、恋人としてのものになります。これは確認など取りようがありませんが、息子の筆下ろしも九分九厘」

 筆下ろしを受け入れたマザコン息子にもヘドが出る。それでもギリギリのところで社会常識が残っているから、嫁を形だけでも取る形にしたいがためのパフォーマンスがあの日の行動だったんだろうな。しっかし、あそこまでして結婚が成立すると信じて疑わないのが、

「あの母親の狂った思考回路です」

 ぐらいにしか言いようが無い。現実はあの時点で結婚は吹き飛んだのだけど、仮に、もし仮に結婚していたら、

「重度のマザコン息子と極型の子執着の母親の組み合わせになれば、マザコン息子が他の女と関係を持つことが穢らわしく不潔なものになります」

 だから婚前交渉がゼロだったのはわかるとしても、それでもだぞ、

「子執着の極型の母親であろうとも、孫が欲しいのはなんの矛盾なく成立します。ここなのですが、さすがにあの母親が息子の子を産むのは社会良識的に無理があり過ぎます」

 年齢的にも難しい気がする。ならばさすがに嫁になればマザコン息子が嫁と関係を持つのを許すのか。

「極型未満ならそうなりますが、極型になれば処女受胎を目指すかと」

 はぁ、聖母マリアになれって事かと思ったけど、美玖が推測していたのは怖すぎる。現代の生殖技術は処女受胎を可能にしていると言えるのか。処女受胎と考えるとハードルが途轍もなく高そうだけど、なんてこたはない不妊症治療の体外受精による妊娠をさせようって言うのか。

 たしかに体外受精なら直接の関係を結ぶ必要はなくなるのはなくなる。ちょっと待てよ、その延長線上の可能性だってあるのじゃないか。

「やるかもしれません。ですが年齢的な問題もあり、あらかじめ卵子を凍結保存しておかないと難しいと考えます」

 いわゆる代理母ってやり方だ。これでは嫁はまさしく孫を産む機械みたいな扱いに、

「する気が満々でした」

 そうだった。あんな結婚が無くなって本当に良かったよ。それはそうと下黒産業の方は、

「深刻です。あれほどの醜態を、あれだけの関係者の前で晒したのですから、取引関係が大変な事になっています」

 ジリ貧がドカ貧になるだろうな。そうなると、

「メインバンクからの支援を取り付けられたとしても、前回より条件が厳しくなります。さらにファンドが動いているとの情報もあります」

 でもその方が会社としての下黒産業が生き残るには可能性がある。あそこのガンは経営者である下黒家であり、その中でも最大のガンはあの母親だ。だが、そのガンは自力では取り除けない。

「ドラスティックな外圧により下黒家から株を取り上げ、経営から追放する以外にありません。拒否しても結果は同じです」

 そこはもう勝手にしてくれだ。それにしても山名君が社長を愛していたなんてよくわかったな。

「公然の秘密であり、社長の結婚への最後のチャンスです」

 最後のチャンスは可哀そうだろ。まあ、そうかもしれない。社長に普通の意味での出会いはまずなさそうだものな。社長は変わったところこそ多いものの、根は親切な善人だ。

「言い様によっては聖人です」

 あんな聖人がいるものか。とは言うものの山名君が社長に出会ってなかったら運命は変わっていた。

「社長に出会たからこそ今があります」

 山名君が社長に声をかけた時は人生の瀬戸際だったものな。

「二人に幸あれです」