ツーリング日和23(第14話)下黒家

 ツーリングから帰って来てから、

「下黒産業は幾つかの問題を抱えています」

 ああそうだ。老舗ではあるが業績が不振なんだよな。このままでは正直なところ危ないはずだ。いわゆるテコ入れが必要なのだけど、社内体制もまたぐらついているらしいのだよな。あそこは下黒家による一族経営なのだけど、

「現在の四代目社長に実権がありません」

 実権はゼロとは言わないけど、苦境に立ちつつある会社に大胆にメスを入れる実権は無いとして良い。そうなってしまったのは四代目社長の就任経緯にあるで良い。よくある話だけど三代目社長に息子が生まれなかったんだ。

 娘が社長になっても良かったはずだけど、婿養子を取って四代目社長に就任してる。ここまでは一族経営ならよくある話なのだけど、三代目社長は経営の実権を下黒家から離れるのを懸念したぐらいで良いと思う。だから、

「社長夫人が大株主として実権を握っています」

 だから社長にしとけよと思うのだけど、そこはとりあえず置いといて、社長夫人は少しでも早く社長の座を下黒家の人間に戻したいと考えてる。つまりは四代目社長を少しでも早く退任させて息子を五代目社長にしたいぐらいの話だ。

「社長夫人には会ったことがありますか?」

 無いけど話だけは聞いている。良く言えば気位が高いだけど、あれは傲慢として良いのじゃないのかな。だから社長にならなかったのかもしれない。あんなのが社長だと倒産するよ。

「美玖は会ったことがありますが、たしかにそうでした。家柄自慢の権化のような人物です。付け加えれば学歴至上主義みたいなところもあります」

 やっぱりそうなのか。婿養子になった四代目社長もさぞかし大変だったろうな。うん、うん、うん、山名君も結婚したらその社長夫人が姑になるんだよな。

「他に誰が姑になると言うのですか。それよりこの結婚は明らかに政略結婚です。そうでなければ、下黒家が流花を嫁に迎えるはずがありません」

 結婚は当人同士の合意でなされるのだが、そこまで単純なものじゃない。今でさえ釣り合いは重視される。年齢はもちろんだけど、年収とか、社会的地位とか、学歴なんかも出て来ることはあるらしいし、

「片親も良く問題になります。ですから孤児で施設上がりも、あれこれハンデになったりもあります」

 バランスは当人同士でもあるけど、家同士も大きな部分も占める。法的には両親の意向は関係ないとはなっているけど、そうは行かないのだが世の中だ。だから、

「流花は片親であり、その片親にも捨てられています。学歴もあれこれあったとは言え高卒です。そんな流花を縁談まで申し込んできて嫁にするのは、目的を持った政略結婚以外にありえません」

 山名君には悪いがそうなってしまう。そうなると狙いは救済融資か。

「社長と流花の関係から直接の狙いはそれでしょう」

 あれかな。星雷社からの救済融資をテコに五代目の新社長が、

「上手く行くと思いますか? 四代目社長が指揮を執るのならまだしも、ボンボンの五代目ではカネをドブに捨てるようなものです」

 長男は副社長だけど評判悪いんだよな。美玖の口ぶりなら直接以外もあるとはしていたけど・・・そこまでやるつもりか。

「だから三男ではないかと」

 山名君の夫として星雷社に乗り込んで来るつもりか。下黒家の計算として救済融資で会社を建て直し、さらに星雷社を傘下に収めるつもりなのか。こういうのを捕らぬ狸の皮算用ってやつだと思うけど、

「軽く見てはいけません。既に社長は取り込まれ、結婚式の日取りまで決まっています。今の時点で社長に意見をしても聞いてくれるとは思えません」

 そ、そうだった。そっか、それを確認するために山名君をマスツーに引っ張り込んだのか。

「それもありますが、もう一つ本人から直接確認したい事もありました」

 それはそれで、また別の話だろう。そこはともかく社長をどうやって説得するかだよな。

「まだ時間はあります。社長は頑固ではありますが、聞く耳はお持ちです。なにより流花の幸せを真剣に願っています。これでなんとか出来なければ営業部の恥です。ですから・・・」

 その路線で行くのか。美玖がそうしたいのならボクは賛成だけど、今から間に合うのか。

「間に合うのかではなく間に合わせるのです。これぐらいは営業ならいつもの事ではありませんか」

 そりゃ、そうだけど、営業とこの件はだいぶ性質が違うぞ。

「本質は同じです。さらに言えば、今回は相手に契約を結ばせるのではなく、破棄させる案件になります」

 そうと言えない事はないけど、もう契約は結ばれていると言えなくもないぞ。

「そこがビジネスの契約と結婚との差になります。結婚は相手がどう思おうが、最後まで対等の関係です。いつでも破棄できます。ビジネスと同じなのはどちらが契約違反を起こしたかがポイントです」

 そう見るか。

「相手は姿勢が高圧的なだけで、高圧であるが故に弱点もあります。そこを突くことが出来れば砂上の楼閣が波にさらわれるように崩壊するはずです」

 美玖の目が細くなってるよ。ああなった時の美玖がどれほど怖いかは骨身に沁みて良く知ってるけど、

「美玖は怖くありません」

 余裕で怖いよ。まあ、それがボクを惹きつけてやまない魅力でもあるのだけどね。とにかくこのまま放置して結婚させるのは良くないのは理解している。

「結婚後に離婚させるより傷が小さくなります。いや、流花にキズ一つ負わせるものですか」