ツーリング日和23(第13話)立杭焼の里

 蕎麦屋を出て西に向かい、四斗谷川を渡り北上。

「ここを右に行きます」

 程なく立杭焼の里だ。立杭焼は丹波焼とも呼ばれて六古窯の一つとなっている。古窯とは中世ぐらいから続く伝統的な焼き物産地を指すのだけど、ここに近世になり大陸なり半島からの技術を導入した焼き物は含まないそうだ。

「大雑把には江戸時代以降の焼き物は古窯には入りません」

 ここも不思議なところがあって、古窯が六つもあげられてるけど、日本最大の古窯はなぜか含まれていない。それは美濃焼だ。美濃焼と言ってもピンと来ないと思うけど、

「いわゆる瀬戸物です」

 シュア的には圧倒的なんだけど、美濃焼以外にも日本に伝統的な焼き物があるのを強調したくて、どこかの研究家がそうしたらしい。まずは県立陶芸美術館に行ったのだけど実は初めて、

「美玖もです」
「流花もです」

 ハモるな! 急に仲が良くなりやがって。でもわかるんだよな。美玖は職場ではひたすら怖い人なんだけど、プライベートは違う。ホントに魅力的な女性に変わる。

「だから惚れられたのですよね」

 その通りだ。怖いだけの美玖に惚れたら変人だろうが。それにしてもこれだけの施設とは思わなかったな。これは来てみて良かった。そこから窯元巡りをしたのだけど、

「これが立杭で最古の登り窯です」

 登り窯とは斜面に作られたもので、ひたすら長い窯だけど、焼き上げるのに三日三晩もかかるのか。

「陶器神社って・・・」

 小さな祠があるだけのブロック塀に囲まれた神社だけど祭神は風呂藪惣太郎って?

「陶祖とはなっていますが、名前からしてどうなのでしょうか?」

 来歴は妙にわかっていて大同元年と言うから八〇六年に立杭を訪れた人物らしい。大同年間と言っても大昔ぐらいしか感じないかもしれないけど、七九四年が平安奠都で大同元年は桓武天皇が亡くなって平城天皇が即位して改元した年なんだ、

「大同四年に嵯峨天皇が即位し、大同五年に薬子の乱が起こります」

 その後に空海や最澄が登場する時代になるのだけど、

「姓は最澄も三津首ですから風呂藪もあっても良いと思いますが・・・」

 最澄の名は広野で、空海の名は真魚だ。太郎が名前として初めて記録に現れたのが嵯峨天皇の第一皇子らしい。そこから先だけど、太郎は武家の幼名として広まったけど公家は良く知らないな。武家から庶民に広まったのは歴史的経緯として間違いないとは思うけど、

「太郎の名がいつから日本に存在していたかは確認のしようもありませんが、幼名であったとしても皇室で使われていますから、当時的には高貴な名であったはずです」

 そうなんだよな。ボクも風呂藪惣太郎は江戸時代ぐらいの人だと思ったもの。この風呂藪惣太郎は長州の萩の人ともなってはいる。萩と言えば萩焼になるだけど、

「萩焼が成立したのは関ヶ原で防長二国に押し込められ、藩庁も萩にさせられた毛利輝元の肝煎りで始まったものです」

 そういうこと。当時は海辺の寒村ぐらいだった気がする。とにかく焼き物先進地ではなっただろう。

「どんな陶法を伝えたのかもわかりません」

 この辺は伝説になるのだろうな。窯元歩きもおもしろくて、窯元ごとに作風が違うし、即売してくれるところもあるし、ギャラリーとして展示してくれるところもある。

「地割りも江戸時代のままです」

 少しは道を広げてるはずだよ。だって細いのは細いけど軽トラが停めてあるもの。のんびり歩いてティータイム。美玖と山名君は仲の良い姉妹みたいになってるじゃないか。

「モンキー乗りの同志愛です」

 だからハモるな。お茶にしようとなって、

「これも立杭焼なんでしょうね」

 他の陶器だったら逆にビックリする。さてと、ここまでお膳立てしたのだから、そろそろ本題に美玖は入るはずだ。それにしてもプライベートにまで引っ張り込むぐらいだから、甘い話じゃないだろうな。

「流花さん。あの縁談の話は本当なの?」

 縁談って山名君にそんなものあったのか。

「はい、社長も喜んでいまして・・・」

 は、はぃぃぃ。社長も乗り気ってことは社長経由の縁談って事かよ。そうなるとお見合いなのか。社長は山名君の親代わりみたいなみたいなものだから、そうなるのはわからないでもないけど、相手は誰なんだ?

「下黒産業の御子息です」

 下黒産業か・・・あそこは下黒家の一族経営で今は三代目だったはず、

「四代目です」

 規模としては中堅程度だけど、歴史もあるから神戸では老舗の名門企業ぐらいに見られているかな。この辺は経営者である下黒家にも理由がある。この辺は家系伝説にはなってしまうが、新田義貞が京都まで進出した時に関東から一緒に付いてきたらしい。

 義貞は湊川の合戦で足利尊氏に大敗を喫するのだけど、その時に落ち延びて神戸に土着したぐらいの話になってるはず。だから鎌倉御家人出身だとしてるはずだけど、

「吾妻鏡に下黒氏は出て来ません」

 江戸期には庄屋として、

「樽問屋です。そこから戦後に下黒産業を起こしています」

 先祖は武家だったの気位が高いのはボクも知っている。ところで縁談の相手は下黒家の跡取り息子なのか。

「三男です」

 なるほど。社長は山名君がちゃんとした家に嫁ぐのを願っているのか。下黒産業も経営者である下黒家も神戸では名門の部類には入るだろうから玉の輿ってところかな。親代わり気分だから縁談に乗り気になったのはわかるけど、

「流花はどうなの?」
「わ、わたしですか・・・そんなもの御恩になっている社長からの話に嫌も応もあるはずがないじゃありませんか」

 なんか引っかかる物言いだな。ところで縁談はどこまで進んでいるのかな。

「結納も終わり、三か月後には結婚式の予定です」

 ひぇ、そこまで話は進んでいたのか。すると美玖は、

「もうやったの?」

 おいおいそこまで聞くか。

「いえ、あちらの家の意向とかで式を挙げるまではそういうことは無しだとか」

 はぁ、いくらお見合いでもそれはどうなんだろう。

「両家顔合わせは?」
「家と言っても流花の家は無いようなものですから、それも無しということで」
「親への挨拶は?」
「それもこちらが親無しみたいなものですから無しです」

 ちょっと待てよ。そういう事は下黒家の方がウルサイはずだろうが。それにだぞ、この縁談はタダの縁談じゃない側面だってあるはずだ。企業間での政略結婚は今だってある。企業間だけでなく、上司と部下だってある。そりゃ、山名君は社長の娘でもなんでもないけど、星雷社の扱い的には・・・

「流花はこのまま結婚して良いの?」
「え、ええ、もちろんです。流花には過ぎたお話です」

 どうにもスッキリしない物言いだな、

「それが社長を本当に喜ばすことだと思っているの」
「も、も、もちろんです。この縁談を持って来て下さったのは社長です。それに応える事こそがすべてです」

 山名君が泣きそうな顔になってるじゃないか。

「美玖も剛紀も一度は人生をあきらめていた」
「部長と専務がですか?」
「ああそうだ。それを拾ってくれたのが社長だ。だから聞いている」

 山名君は泣いちゃったじゃないか。泣きながら、

「あの時に社長に救われなかったら、今頃は野垂れ死にしているか、人に蔑ずまれながら生きるしかなくなっていました。流花に出来ることは社長の、社長の・・・」

 おいおい泣き崩れてしまったぞ。

「流花の幸せは美玖だけじゃなく、剛紀も、他の社員も願っている。流花、本当に愛している相手と結婚しなさい」
「そんなことを言われても、そんなことが出来るはずが・・・」
「出来ないとあきらめてしまえばそこで話が終わってしまう。本当の営業はそこからだと教えたはずだ。これは人生も同じ。そこになんの違いも無い」

 そこで美玖はそっと流花を抱き寄せて、

「営業はチームプレイ。困れば他人に助けを求めるのは恥でも何でもない。求められるのは営業部としての結果のみだ。部下が困れば上司が助けるのは仕事に過ぎない」

 そこで美玖は一呼吸おいて、

「そうする事が社長を喜ばすこと。流花の考え方は間違っている」
「そう言われても、もう・・・」
「誰に物を言っている。後は任せなさい」

 そういうことか。でもこれは厄介な話だぞ。しょうがないか。これも星雷社のため、なにより社長のためだ。美玖がその気ならボクもその気になるしかない。