ツーリング日和23(第12話)山名君

 山名君なのだけど星雷社の地位は少々特殊だ。この辺は長い話になる。山名君はそれなりに裕福な家庭の一人娘として生まれている。一人娘であった理由は他にもあるとは思うけど、

「母が病弱でして・・・」

 二人目を産むには無理があったとか、なかったとかの話だ。それでも両親の愛情を受けて育ち、高校はあそこなのか。中高一貫の名門私立だ。山名君も大学進学に夢を膨らませてたのか。こんなもの誰だってそれしか考えないだろう。

「高三の秋でした」

 病弱だった母親が急死したのか。山名君もショックだっただろうな。それでも稼ぎ手である父親が健在だから、残された父娘で手を取り合って乗り越えて行けば美談になるのだろうけど、

「父はわたしをさらに家族を裏切り捨てました」

 えっ、受験を目前にしていた高三の娘を捨てて家から逃げ出したのか。これもたぶんそうだったのだろうとしてるけど、父親は母親が病弱だったから愛人を作っていて、母親の死をこれ幸いとばかりに家から逃げ出したで良さそうだ。

 これだって妻が亡くなって次の相手を探すのが悪いとは言わない。けどな、親には子を育てる責任があるじゃないか。どこまでが親の責任かはそれこそケースバイケースだろうけど、進学校の高三の秋だぞ。

 愛人と宜しくやるのは勝手だが、娘を大学に進学させるぐらいはすべきだろう。愛人と再婚したいなら大学を卒業して就職するまで待つものだろうが。そこまで待てないとしても、そこまでは扶養するのが親じゃないのか。

「もう十八歳になってるからと・・・」

 親の子に対する扶養義務はいつまでかはそれこそケースバイケースのはずだ。一般的には経済的に自立するまでぐらいだろうけど、結婚するまでなんてのも普通にある。場合によってはもっとなんてのもあるはずだ。

 もっとも扶養義務なんて御大層な法律用語が出て来るのは親子関係が平穏じゃない時になる。わかりやすいのは離婚の時の養育費の支払い期限だ。あれは二十歳までが目安とどこかで聞いた事があるけど、その根拠は二十歳が成人年齢だからもあったはず。

「今は二十歳じゃなく十八歳だからと・・・」

 そうなったのは知ってるけどまだ高校生だぞ。父親は大学進学費用どころか、

「生活費も一切出してくれませんでした」

 マンションの家賃も、光熱費、水道代もすべてってなんだよそれ。

「愛人との新生活の費用に惜しかったと思っています」

 あのな、自分の娘だぞ。そりゃ、家賃や光熱費、水道代を滞納したってすぐに追い出されたり、止められたりはないにしろ、

「なんにも考えられなくなっていました」

 母親が亡くなっただけでもショックなのに、父親にも捨てられ、大学進学の夢も奪い去られてるものな。ある日突然、天涯孤独にされたようなものじゃないか。それでもなんとか高校に行ったものの、

「いたたまれなくなりました」

 なるよ。心配して慰めてくれる友だちもいたのだそうだけど、

「ああいう同情は時には辛いものです」

 言い方は悪いけど言葉だけで何も助けてくれないものな。励まされたって、どうしろと言う気分になってしまうのはわかる。

「好奇の目には耐えられませんでした」

 あそこはコチコチの進学校だから進学しないと言うだけで人生の脱落者と見下すのが出て来るのか。それだけでなく親に見放された孤児だとか放置子との悪口、陰口は耳に入りやすいんだよな。

 山名君はそれでも進学の夢を追おうとしたのだけど、親の援助が無いとなれば奨学金に頼ろうぐらいは思いついたそうだ。とは言うものの、奨学金と言っても借金だから保証人とか連帯保証人が必要になってくる。

「大学入学もそうです」

 まだ高校生だから、そういうものは親が手配するのだけど、その親が拒絶状態では途方に暮れるよ。それでもの方策はあれこれあるのはあるけれど、

「それどころじゃなくなりました。とにかくおカネに困りました」

 それでも親か!

「バイトをしたくても学校の許可を取らないと退学です」

 それでも隠れてやったそうだけど、心が折れているようなもので長続きせず、

「ついに食べるものがなくなりました」

 そうなるとますます思考が狭くなる。絶望と不安と空腹に悩まされながら思いついたのが、

「体を売ろうでした」

 こういう時に頼るところの王道は親戚なんだけど両親は一人っ子同士の結婚だから叔父さんとか叔母さん、従姉妹とかもいない。そうなると祖父母になってくるのだけど、

「認知症で施設です」

 さすがに体を売るのは抵抗があって、悩みに悩んだそうだが、時間が経てば経つほど空腹は深刻になり、ついに街角に立ったのか。だけど体を売ると言っても簡単そうだけど簡単じゃない。

 この辺は立ってはみたものの、やはり怖かったのもあっただろうな。そりゃそうだろう。ナンパしてくるやつ、酔っぱらってスケベ顔丸出しの奴から逃げ回ったのか。そうなるよな、まだ経験すらないもの。

 だけどそれで終われない切羽詰まった状況も山名君を追い詰めていた。もうヤケクソで声をかけたのが社長だったのか。ホント、人間そこまで追い詰められたら無茶苦茶するのが良くわかる。

「まさに運命の瀬戸際でした。社長は流花にお腹が空いてないかと聞いたのです。そりゃ、もうペコペコも良いところでしたから、そうだと答えると・・・」

 いきなりファミレスに連れて行って食わせたのか。社長らしいな。

「空腹が満たされて事情を話したのですが・・・」

 連れて行かれたのは社長のマンションだったのか。

「はい、そうです。もう逃げられないと覚悟を決めていました。ですが社長は・・・」

 玄関の前で財布にあっただけのカネを渡し、部屋にも入らず去っていったのか。あの社長らしいな。

「そこからは・・・」

 知ってるよ。社長は山名君の父親に連絡して引き取って世話する事を承諾させ、学校とも交渉して卒業できるように手配している。そうしておいて、

「次に来られた時には住むところを確保されていて引っ越しです」

 言うまでもないけど生活に必要な家具とか、家電とかを一式そろえてだ。

「仕事まで・・・」

 高校卒業と同時に星雷社に就職させている。これは一度聞いてみたかったのだけど山名君はどうして社長に声をかけたんだ。

「とっても優しそうで、騙したり、乱暴したりはしないと思って」

 そ、そう見えたか。その見方に誤りはないとは思うけど、そう見えたのはどれだけ山名君が追い詰められていたかも良くわかる。そう言えば社長が養女にするって噂もあったけど、そこのところの本当はどうなんだ。

「社長は流花の命の恩人です。この御恩は一生かけても必ずお返しします。この上で養女なんて滅相もありません」

 やっぱりな。

「そろそろ行きましょうか」

 そうだな。