ツーリング日和14(第2話)ユリの実家

 ユリは私生児の母子家庭だけど、お母ちゃんの実家はあったはずなんだ。そりゃ、なければお母ちゃんがこの世に生まれてこなないもんね。だけどユリが小さい頃にお爺ちゃん、お婆ちゃんは亡くなっている。

 お爺ちゃん、お婆ちゃんと言えば年寄りだから、子どもの時はもう亡くなってるんだぐらいにしか思わなかったけど、ユリが生まれたのはお母ちゃんが大学の時じゃない。寿命にしたら早すぎることに気が付いたのよ。お母ちゃんに聞いてみたら、

「旅行に行ってね」

 そこで遊覧船に乗ったのだけど、

「沈没して成仏したのよね」

 そんな悲劇なのに、そこまで淡々とよく言えるな。まあ歳月が経ってるから心の整理も出来たのか。

「補償金でも、もらえるかと思ったのだけど」

 そこかい!

「遊覧船なんてやってるのは小さな会社でしょ。倒産してなにももらえかったんだよ。どうせ事故で死ぬなら、やっぱりJRとか、JALとか、ANAよね」

 自分の実の親だろうと思ったけど、お母ちゃんがあんまり爺さんや、婆さん、さらには実家の事や親戚のことを話さない理由があるんだよ。お母ちゃんはヤリチン種馬親父と結ばれてユリを身籠ったのだけど、ユリを産むか産まないかで実家と大喧嘩になり、

「勘当されて絶縁状態だったのよね。だから葬式にも行っていない」

 勘当と行っても江戸時代じゃないから、なにがどうなるものじゃないけど、いわゆる、

『実家の敷居を跨がせない』

 こんな感じだったんだろうな。自分に直接かかわる事だから歯切れが悪くなるけど、お爺ちゃんやお婆ちゃんの気持ちもわかるところがある。国の名前も知らないような外国人の男と同棲し、それで結婚するならまだしも、捨てられた上で子どもだけ産むとなったら一騒動ぐらい起こらない方が不思議だ。

「その辺はとくにウルサイところがある一族だったからね」

 お母ちゃんの実家は福井県なんだよ。それも田舎の方らしい。こういう問題は田舎の方が保守的であれこれウルサクなるぐらいはユリでも知ってる。未だに家父長制とか、男尊女卑からの女性蔑視が、ごく当たり前みたいな風潮が色濃く残っているところは珍しいとは言えないそう。

「お兄ちゃんもそんな感じで、思いっきり罵られたものね」

 だからお母ちゃんの実家とは疎遠と言うより行った事すらない。お母ちゃんのお兄さんは伯父さんになるのだけど会った事すらないぐらい。そんな猛反対を押し切ってユリを産んでくれたことは感謝してるけどね。

 お母ちゃんの実家がうるさかったのは田舎でもあったけど、親族の結びつきが強いのもあったよう。だってだよ今どき親戚を「一族」なんて呼ばないもの。いわゆる地方の旧家ってやつで、

「うちは分家だよ」

 おかあちゃんでも、そんな言葉が出てしまうほどの旧家ってこと。分家があれば本家があるのだけど、

「江戸時代から続く造り酒屋でね、福乃太って知らないだろうな」

 なんだその欲太りみたいな銘柄。その本家とやらも盛衰があって、昭和の頃は灘の大メーカーの下請けだったとか。て、なんだそれ、造り酒屋の下請けってなんなのよ。

「昭和の頃は灘とか伏見の大メーカーが圧倒的に強くて、地方のお酒は売れなかったのよ」

 そんな地方の酒を買い取って、自社ブランドの酒として売っていた時代があったそうで、桶買いって呼ばれたんだって。大メーカーでも自前の設備じゃ需要に応じるだけ作れなかったと言うか、自前の生産量以上に売るためにそうしてたとか。

 でもさぁ、それって良く考えなくても産地偽装みたいなものじゃない。灘のメーカーなら、灘で作ってこそ灘の生一本って呼べるはずじゃない、それを地方から桶買いしてラベルだけ貼って売ってたのでしょ。

「産地偽装とかにウルサイ時代じゃなかったからね。とにかく灘の大メーカーのブランドが貼ってあれば売れたぐらいかな。酒の質も良くなくて、三倍増醸が大手を振ってたらしいよ」

 なんだそれ。三倍増醸は第二次大戦中の物不足時代に編み出された手法だそうで、同じ米の量で三倍の日本酒が作れる水増し技法だそう。そんなもの質が落ちるだけとしか思えないけど、桶買いで作らせて灘のラベルを貼ったら売れた時代があったらしい。

「でもね、日本酒はビールに押され、ウイスキーに押され、焼酎にも押されちゃったでしょ」

 そんな感じはわかる。ついでに言えばワインにも押されたはず、

「日本酒の市場でのパイが縮小すれば、桶買いの量が減るだけじゃなく、買取価格も下がるのよ。あの頃に地方の蔵元がどれだけ潰れた事か」

 存亡の危機に立たされた地方メーカーは自社ブランドでの生き残り戦略に出たんだそうだ。生き残るために三倍増醸みたいなインチキはやめて質で勝負みたいな路線かな。これが地酒ブームになって行ったらしいのだけど、

「あれもね、成功したところは多くないのよ。でも福乃太は生き残ったかな」

 生き残ったのは自社ブランドの売込みにも成功したのはあるけど、

「大きいのは多角化かな。レストランから建設業、不動産屋までやってるよ」

 本家は商売が成功したのでカネもあり、一族の支配者みたいな扱いを受けてるとか。

「本家にも行った事があるけど・・・」

 大きな広間に序列でビッシリ席が決まり、分家は本家にひたすらご機嫌伺いをするんだとか。それって現代の話だよね。でもそこまでカビの生えたような家だったら、

「そうだったよ。本家と分家の関係も完全に上下関係だけど、とにかく家意識が強烈だったのよ。家を受け継ぎ、守ることが至上の命題って感じ。だから家の中もそういう感じ」

 家を継ぐのは息子で、兄弟でも長男は跡取り息子として王子様扱いだったとか。次男以下はお小遣いから着るもの、食べるものまで違ったそう。

「娘はさらにその下だから、灰かぶり姫やってたよ」

 お母ちゃんに言わせると娘なんか家では下女扱いみたいなものだってさ。進学も当然のように同じ扱いになり、兄である伯父は東京の私学だったそうだけど、

「Fランさ。こっちは大学進学さえ頭から反対で・・・」

 どうしても大学に進学したかったお母ちゃんは、バイトで貯金をし、懸命に勉強して奨学金資格も獲得して、

「家出するように飛びだして、バイト三昧の苦学生。だからおカネを持ってたカールに飛びついた」

 こらぁ、それじゃ、まるで愛人契約みたいなものじゃないか。

「あのね、それぐらいしないと女一人で生きていけないのよ。オマンマは綺麗ごとでは食べられないってこと」

 そりゃ、そうかもしれないけど。

「とにかくあの家から出たかったのよ。出たからには何があっても頼りたくなかった。もちろん帰る気なんてなかったからね。勘当とか、絶縁騒ぎはユリを産んだ時だけど、心の中では大学進学で家を出た時に捨てていた」

 でも高校生でよくそこまで出来たよね。

「大変だったけど、親戚にも理解者はいてね・・・」

 いくら奨学金の資格をゲットしてもまだ高校生だから手続きとかもあるし、福井から神戸だから下宿も必要。下宿だって部屋を借りれば終わりじゃなくて、布団とかあれこれ調達しないと暮らしていけないものね。

「そうなのよね。ボロアパート一つ借りるのにも保証人が必要だったりするからね」

 お母ちゃんは実家と絶縁状態だけど、それこそお爺ちゃんや、お婆ちゃんの様子とかはその親戚の人経由で知ったらしい。

「お世話になったよ」

 その人って叔父さんとか、

「ユリにわかるように説明すれば、いとこおじだよ」

 なんじゃそれ。

「ユリのひい爺さんの弟の息子って言えばわかるかな」

 ユリの頭の中には家系図がぐるぐる。漢字なら従兄弟叔父になるらしいけど、

「カビの生えたような一族だったけど、そんな考えは時代遅れだとする人もいたってこと。従兄弟叔父には小さい時から可愛がってもらってね、進学の時に他に頼るところもなかったから、泣きついたら親身になってくれたのよ」

 遠い親戚なのはなんとか理解した。