ツーリング日和4(第33話)恋愛成就

 それでも神戸のマンションにたどり着いてホッとした。二か月ぶりだよ。でも帰った途端に現実が待っていた。

「ユリ、こんなのが来てたよ」

 大学からだけど、長期欠席の代わりの進級条件として、ゴッソリのレポートの課題のヤマ、ヤマ、ヤマ。なにが国際親善への協力だ。侯爵にさせられた代償がこれかよ。文句を言っても始まらないから、必死こいて取り組んだ。留年はヤダ。

 なんとか進級できて、やっと日常が戻ったと思ったけど、まだ一つ残ってる。そうコウさんとの恋だ。ここも問題なのは家柄のバランスなんだよね。コウさんは家を捨てる気まんまんだけどお母ちゃんは、

「それもだいじょうぶじゃない」

 気楽に言うな。元皇族との釣り合い問題なんだぞ。

「だけどさぁ、皇族と言っても元だし、今は一般市民じゃない」

 そうなんだけど、日本一のセレブ集団みたいなもので、出自とか、家柄とか、育ちとかなんとかかんとかで、超が付くウルサ型の団体さんみたいな連中なんだよ。コウさんの前の恋人だって、普通の感覚なら良いところお嬢さんだったのに、ボロクソ言われて逃げてしまったぐらいなんだ。

「なんだそんなこと。ユリだって本物のセレブになったじゃない。あっちは元だけど、ユリは正真正銘の現役の侯爵じゃないの」

 そうは言えなくはないけど、エッセンドルフみたいな小さな国の侯爵なんて意味あるのかな。

「あるに決まってるじゃない。帰国した時に陛下にも報告したんでしょ」

 そりゃ、行く時にメッセージを持って行ったから報告が必要だったもの。

「あの時のユリへの待遇は公賓だよ」

 はぁ。とりあえず国賓は国家元首クラスの人で、公賓はそれに準じる行政府の長みたいな人になるらしい。日本なら天皇陛下が国賓で、総理大臣が公賓になるらぐらいかな。そう言えば行きと帰りでえらい待遇が違ったけど、

「それはね、行きはタダの日本人だったけど、帰ってきたら侯爵殿下になってるから」

 言われてみればエッセンドルフの宮中序列はナンバー・ツーだ。

「ユリは断っちゃったけど、公賓は赤坂の迎賓館で歓迎行事をやって、翌日に宮中午餐会を催すのが慣例らしいよ」

 国賓の場合は宮殿の東庭で歓迎行事を行って、豊明殿で宮中晩餐会だって。ほんじゃ、あの勲章は、

「公賓への下駄を履かせているけど、あきらかに政治よ」

 なぜか薄っぺらい関係しかなかったエッセンドルフとの関係を政府が強化しようとしてるのはマジらしい。それとユリの勲章になんの関係が、

「ユリへの待遇はエッセンドルフへの政治的なメッセージだよ。これだけエッセンドルフの侯爵を丁重にもてなしてますってね。だから本当は歓迎行事も宮中午餐会もしたかったはずよ」

 だから陛下はあれだけ断りを入れたし、勲章もその一環なのか。政治ってややこしいね。そう言えば、ハインリッヒの返答の中に、

『陛下の御訪問をお待ちしてます』

 こんなニュアンスのものがあったけど、あれって外交辞令ってやつだよね。

「そうするかどうかは政府の判断一つよ。政府が乗れば、これを盾に陛下のご訪問が決まるし、向こうも断れないってこと」

 政治って難しいもんだ。

「まだわからない。政府はユリの事をユリア・エッセンドルフ侯爵と公式に扱ってるのよ」

 そうなるのか。お母ちゃんが宮内庁の記録を見せてくれたけど、ユリの勲章授与も、ユリとの雑談も公式のものになってるじゃない。

「雑談じゃなく会見。実際の内容はともかく、日本とエッセンドルフの友好を深めるための有意義な会談だとしてあるでしょ」

 ホントだ。コウさんにもユリが瓢箪から駒みたいに侯爵になり、お母ちゃんからの釣り合い問題の講釈を話してみたんだ。そしたらコウさんも興味を持ってくれた。でもコウさんもユリの侯爵が日本でどれぐらい通用するかはわからないとしてた。

 コウさんもセレブの家出身ではあるけど、早くから家を出てピアニストになってるから、その辺の解釈問題について自信がないと言ってた。そりゃ、日本でも知ってる人が珍しいぐらいの小国だもんね。

 それでも、もし通用したら二人の仲が認められるかもしれない点は評価してた。コウさんもユリのためだったら家を捨てるとまで言ってくれているけど、出来ればそこまで角を立てたくないのは本音ではあるものね。

「テストしてみよう」

 元皇族や元華族が集まる社交パーティみたいなのが定期的にあるそうなんだ。元華族は霞会館、元皇族は菊栄親睦会が知られてるけど、さすがに元になって長いので数が減ってきて、両方が一緒になった親睦会みたいなものだそう。

 コウさんも子どもの頃は何度か出席したこともあるとか。どうもそうやってセレブ同士の結束を固めてるみたいだけど、そこにユリを招待できるかどうか試してみようだった。コウさんもそのメンバーの中に幼馴染だとか親しくしてる人もいるから頼んでみるって。

 アテにせずに待っていたら、マンションにえらく立派な招待状が届いたんだよ。何様宛って思ったけどユリ宛だった。正確にはユリア侯爵殿下宛。気合を入れて準備した。服とか靴とか装飾品はエッセンドルフに行く時に作った物をご褒美代わりにもらってたから、着て行ってやったよ。

 そうだよ、あのローブ・デ・コルテ。ガチの正装にエッセンドルフでもらった勲章と、旭日大綬章を付けてフル装備だ。元皇族連中の口煩さは耳タコで聞かされてるから、こっちだってコケ脅しだ。あいつらだって旭日大綬章ぐらいは知ってるはずだ。東京の会場に入るといきなり、

「今夜はユリア・エッセンドルフ侯爵殿下の御臨席を頂いております」

 なんか凄かった。そのまま一番上座の席に案内され、出席者が順番に挨拶となったんだ。場慣れだけはしてるから優雅に応えてやった。さらにだよ、お忍びで皇太子殿下御夫妻も顔を見せられたのにはビックリした。さすが日本一のセレブの会だ。

 その席次だけどユリと同格にされちゃったんだ。つまりは左右に並んでお話する位置関係だ。これはいくらなんでもと皇太子殿下に言ったら、

「ユリア侯爵殿下はエッセンドルフ公国のナンバー・ツーであり、私も宮中では陛下に次ぐ位置ですから同格です」

 国の規模が違い過ぎるだろうと思ったけど、外交儀礼ってそんなものらしい。外交たってユリは日本生まれの日本育ちの生粋の日本人だけどね。顔はほっとけだ。ヤリチン種馬のクソ親父と、ヤリマン・ビッチのお母ちゃんが悪い。ここで皇太子妃殿下が、

「それにしても北白川先生の御息女だったとは」

 えっと思ったけど、皇太子妃殿下は民間の出身だから読んでても不思議無いか。まさか皇太子殿下も読んでたとか。そしたら悪戯っぽく笑われて、

「それはさすがに私の口からは申せません」

 皇太子殿下も、

「そういうことです。公式には読んでいないとしておいて下さい」

 読んでたんだ。そりゃ、お母ちゃんもタワマンぐらい買えるわ。さらに驚いたのはコウさんと親っさんを呼びよせて、

「二人の仲のことは聞いております。お似合いと存じます」

 そこまで話したところで皇太子殿下夫妻は御帰宅。まさに話は急転直下で進むことになった。日本一のお墨付をもらったようなもので、コウの実家に挨拶に行ったけど、そりゃもう、下へも置かないもてなしだった。

 コウさんとも話していたのだけど、人ってどうしてあんなに肩書を嬉しがるんだろうって。シングル・マザーのエロ小説家の娘だって言うのに、侯爵の肩書と皇太子殿下と同格の席に座っただけで、こんだけ格上扱いになっちゃうんだよ。あほらし。

 ユリはユリじゃない。付け焼刃で少しはお行儀が良くなったかもしれないけど、ユリと言う人間は同じだもの。肩書なんて飾りをありがたがる感覚が理解できないよ。

「その通りだと思うけど、そこまでザックリ人は割り切れないよ」

 この辺はシングル・マザーの家庭のハーフとして生きて来たからわかる部分はあるし、だからこそ割り切れるのかもしれない。でもね、コウさんは素顔のユリを愛してくれた。だってユリと初めて出会ったときは正体不明の女だもの。

「コウさん、これで釣り合い問題は解消だね」
「ユリ、愛してる」

 後は結婚までの道を驀進するぞ。その前にやることはいっぱいあるけどね。まずは・・・