ツーリング日和4(第32話)晩餐会

 晩餐会が始まったけど、まずあったのがウィーニスの政変の論功褒賞みたいなもの。これは空席になってしまっているデューゼンブルグ伯爵家の後継を決める意味もあるだろう。なんのかんのと言って、公爵家と二つの伯爵家はエッセンドルフの政治の要みたいなものだからな。

 まずヨハンがデューゼンブルグ伯爵家を継ぐことが発表された。血統的に妥当だから問題なく受け入れられたし、たぶんだけどヨハンの野望を宥める意味もある気がする。そりゃ、ハインリッヒが急死すれば次期公爵はヨハンだものね。

 晩餐会の会場は、二段高いところに公爵が椅子に座り、一段下がってマウレン家のソフィア伯爵が立っているのだけど、そこにヨハンが並び立つ形になった。左大臣、右大臣みたいなもんかな。
次にユリの名が呼ばれ、促されるままにハインリッヒの前に進み出た、そしたら階段を上がるように言われて、一番上のハインリッヒの前に立つ格好にさせられ、

「ユリアは侯爵に任じる」

 ほんでもってハインリッヒの左側に座らされた。なるほど、そういう狙いか。この並びはエッセンドルフ公国の宮中席次だ。継承順位は現時点ではヨハンが一位だけど、ユリの宮中席次を上にすることで、たとえハインリッヒが亡くなるようなことがあっても、ユリの同意がない限り公爵就任は容易に出来ない事を見せてるはず。

「ユリア侯爵には、この度の政変の勲功を称え、聖フロリアヌス栄誉勲章を授ける」

 もらったよ。聖フロリアヌスはエッセンドルフの守護聖人で、この名を冠した勲章は最高位になるとかならないとか。まあ箔付けだろうけど。ここまでで論功褒賞は終わりで、席を食卓に移して晩餐会になった。

 これも半端なものじゃなかった。新公爵と横並びに座らされて、いわゆる各国の貴顕紳士から挨拶を受けさせられたもの。あれって、挨拶を受けたら気の利いた言葉をかけなきゃならないのよね。つうか、どんな言葉をかけるかで人物の評価がされるとか。

 出来たかって。出来たよ、それが出来るように皇居で教養を叩き込まれたからね。そこでようやく思い出した。新公爵に了解を取って立ち上がり、

「ユリアは日本の天皇陛下より、ハインリッヒ公爵への伝言を預かっております」

 これはエッセンドルフの貴族より、ヨーロッパの王侯貴族の代表が反応してた。皇室外交の成果で親しいらしいからね。つまりユリは天皇家を代表できる地位にもいると解釈ならぬ誤解を受けたぐらいかな。

 食事が終われば、もうそれこそ堪忍してくれの世界だったけど舞踏会までやりやがった。踊れるかってか、そんなものまで皇居で教えられたんだよ。それも何故か人気があって、次から次にダンスを申し込まれて休むヒマもなかった。

 最後は新公爵のハインリッヒと共にお見送り。ナンバー・ツーの侯爵になってしまったから余計な仕事が増えた。もう心身ともにクタクタになってバルザースでのユリの一番長い日が終わってくれた。


 翌日も大変。参加してくれた各国代表の見送りに駆り出された。ハインリッヒは時に代表と短い会見を行ってたな。あれも外交で必要なんだろうけど、ホントに公爵はタフじゃなければ出来ないな。

 ユリは政治の話は基本的にパスで、代表の奥様連中のお相手。これもひたすら気を遣う。ああいう連中は相手を値踏みするのが性分みたいなものだから、言葉の端々にまで注意が必要。午後までかかってなんとかお見送りを済ませて、ホッと一息。

 夜はハインリッヒ公爵、ヨハン伯爵、ソフィア伯爵と夕食会。逃げたくてしようがなかったけど、逃げようもなく出席。侯爵なんて受けたばっかりにの繰り言を心の中で呪ってた。クソ親父のカールはやはり体調が悪くて欠席してたわ。

 そこで聞かされたのがユリの現実的な処遇だった。宮中序列は二位だけど、この先にハインリッヒの子どもが公太子になり侯爵になっても、

「同じ侯爵でもユリアの方が格上になる」

 侯爵はエッセンドルフでもマーキスなんだけど、ユリは同じ侯爵でもマルク・グラーフ。マルク・グラーフの方が古い呼び方だそうだけど、同じ侯爵でも公太子の侯爵と呼び名を変えて区別するためだとか。

 呼び名はともかくユリが生きてる限り据え付けの二位だってこと。なんか嫌だったけど、エッセンドルフに住むわけじゃないし、辞退するとなったら昨日の押し問答の再現になりそうだったから了承した。

 言うまでも無いって前置きされたけど、侯爵は名前だけでなく実質も伴っているものとされた。具体的にはエッセンドルフ国内はもとより、他の国でも公式には侯爵として待遇され、侯爵の体面を保つための爵位給も発生するとかなんとか。

「ただし日本国籍のままだ」

 この辺は他国人が爵位を授けられのが異例の趣旨のようだ。日本は二重国籍を認めないから、その代わりにエッセンドルフでは準国籍つうか別格国籍みたいなものになるとされた。入国するのにも滞在するのにもパスポートは不要で、いつまでも滞在できるし、ユリにその気があれば就労も出来るし、会社だって作れるって。

「公式行事への出席も免除とする」

 公室関係者は昨日みたいな晩餐会や、各種の公式行事への出席義務に近いものがあるそう。まあそうだろうな。日本の皇室もそうだもの。だけど日本に住むユリが出るには大変すぎるのは現実だ。費用もそうだけど、時間がとにかくかかり過ぎる。どれぐらい免除されるかだけど、クソ親父の葬式への出席もユリの自由だって。

 この辺を簡単に要約すれば、爵位給は払うけど日本で大人しく暮らしてくれと受け取った。最初の目的とは違ったし、かなり不本意なものだけど、こうなったからには仕方がないよね。

 ほんでもって次の日には帰路に就いた。ハインリッヒはエッセンドルフ観光を勧めてくれたけど、やったって公務による視察みたいになっちゃいそうだから断った。だって、行こうものなら知事やら市長やらの挨拶だとか、歓迎行事が待ち受けてるじゃない。

 バルザース城から駅まで馬車でパレードさせられて、駅で公爵や伯爵の別れの挨拶を受けてやっとこさエッセンドルフでの公式行事が終了。あの特別列車に乗ってウィーンへの長い電車の旅。ウィーン国際空港でエッセンドルフの役人たちと別れて、やっと機内に乗り込めた。

「ユリア侯爵殿下はこちらの席になります」

 えっ、ユリだけ席が別だって。案内されたのはファースト・クラス。理由は侯爵になったからだそう。実質も侯爵ってこういうことか。変な感じだけど、とりあえず広々してるから助かった。これから十二時間の空の旅だものね。

 日本に近づいた頃に外務省の人が来た。ファースト・クラスに入って来ても良いのかと思ったけど、政府の人だから良いんだろうな。ユリは成田に着いたら神戸に飛んで帰りたかったんだけど、

「政府としてユリア侯爵殿下に陛下へのご報告を要請するものであります」

 たしかに陛下のお言葉のメッセンジャーをやったから、報告しないと拙いよな。まだ仕事があるとウンザリも良いところだ。そこで聞かれたのだけど、

「これも政府の意向として・・・」

 もう堪忍してよ。報告はするけど、その他は出来るだけ省略してほしいと頼み込んだ。だってだよ、赤坂の迎賓館に泊まらされて、そこで自衛隊の栄誉礼を受けて、翌日には宮中午餐会に招かれるって、もう罰ゲームそのものじゃない。

「ですが・・・」

 ですがもヘッタクレないよ。

「辞退させて頂きます」

 また押し問答をやらなきゃいけないのかとウンザリしてたんだけど、

「殿下の御意向とあれば致し方ありません」

 略式になったはずだけど、甘いものじゃなかった。まずだよ成田にはスイス大使が待っていた。エッセンドルフは日本に大使館も領事館もないから、外交をスイスに委任してるからだって。

 成田からエッセンドルフの国旗を付けたクルマで皇居に。宮殿の南車寄せで下りたら、天皇皇后両陛下、皇太子殿下御夫妻のお出迎え。そこから松の間にエスコートされてハインリッヒの返答を伝えたら、

「エッセンドルフ公国との友好に尽力されました」

 おいおい旭日大綬章ってどういうことだよ。ユリはエッセンドルフに行っただけだぞ。そこから竹の間で陛下とサシで雑談。そこで重ね重ね言われたのが、

「ユリア侯爵殿下の御意向とは言え、礼を欠くものになったのを陳謝します」

 栄誉礼と午餐会を蹴ったことだろうな。なんとか竹の間の雑談会を終わらせるとスイス大使が東京駅まで送ってくれた。予想通りのグリーン車でやっと神戸に帰れたよ。マンションに入った時に倒れそうになったもの。そこまでへばってるのに、

「ユリ、良いところに帰ってきた。夜は天婦羅蕎麦にしようと思ったのだけど麺つゆが切れてるから買ってきて」

 あのなぁ、それが侯爵様への扱いか。

「麺つゆなしでお蕎麦を食べたいの」

 食べたくない。そう言えばユリはエッセドルフでは天婦羅の達人にされてたっけ。そしたらお母ちゃんが、

「ユリがね・・・食べる方は達人だけどね」

 うるさいわ。天婦羅揚げるのは難しいんだぞ。ユリの家での侯爵の初仕事は麺つゆをスーパーに買いに行くことになった。