ツーリング日和4(第31話)エッセンドルフ

 ついにと言うか、やっとこさエッセンドルフに出発だ。一緒に行くのは宮内庁式部職からまず二名。礼儀作法の指導もあるけど、なんかユリの付き人みたいにされてて気の毒だ。後は外務省から三名。団長みたいな人と通訳かな。

 ユリも含めて六名だから二台に分乗して成田へ。これだけは、ちょっとだけ楽しみ。海外に行くのも初めてだけど、飛行機に乗るのも初めてだものね。この辺はさすがかどうかはわからないけど、外務省の役人も付いてるからスムーズに飛行機に乗れた気がする。

 この飛行機だけどエッセンドルフに直通便はない。つうか空港自体がエッセンドルフにはないんだって。その辺は五万人の小国だ。だからスイス系由かオーストリア経由になるのだけど、今回はオーストリアのウィーン経由だって言うけどスイスの方が近そうじゃない。

「エッセンドルフはオーストリア大使が兼任となっております」

 そういうことらしい。飛行機もLCCかと思ったらオーストリア航空ってなってるから正規便だよね。席はエコノミーだったけど、最前列でユリと随員だけ。とにかくウィーンまで十二時間もかかるから、式部職の人に教えてもらったんだけど、

「皇族待遇です」

 陛下とか皇太子になるとファースト・クラスだそうだけど、皇族なとなるとエコノミーなんだって。その代わりにエコノミーの最前列を独占で使うぐらいの優遇はされるとか。これはエコノミーでも最前列なら足を伸ばしやすいからだって。この辺は警備の都合もあるとかないとか。

 やっとこさウィーン国際空港に下りたら出迎えがあった。日本大使館から応援の二人もいたんだけど、エッセンドルフから三人来たのに驚いた。出迎えと道案内と警護のためだって。誰を警護するのかと思ったもの。

 そのためにユリも含めて十一名の団体になり、どうするのかと思ったら黒塗りのセダンとマイクロバスが容易されてた。目指したのはウィーン中央駅。電車でエッセンドルフを目指すで良さそう。

 駅に着くとホームに案内されたのだけど、なんじゃこれだった。電車は三両編成だけど、これって、

「公爵家の専用列車でございます」

 特別列車ってことかよ。さすがは貴族だよな。中もこりゃリッチだわ。列車はリッチだけど、ここからも遠かった。ザルツブルグからインスブルッグ、さらにはフェルストキルヒまで六時間。食堂車も連結してるから食事には困らなかったけど、とにかく長い。

 フェルストキルヒを過ぎてしばらくしてから長いトンネルを抜けたら、ここがエッセンドルフで良さそうだ。そしてエッセンドルフ唯一の鉄道駅であるシャーン・バルザース駅に到着。日本からどれだけ遠いんだと思ったよ。

 だけど観光旅行じゃないのは、ここから思い知らされることになる。なんかホームに人が多いと思っていたらユリの出迎えだったんだ。それもだよ軍楽隊と儀仗兵付きに腰を抜かしそうになった。

 なにやら歓迎の行事があって、やっと移動かと思ったら出て来たのが馬車だ。それもオープンだよ。これで首都のバルザースまでパレードって冗談と思ったもの。沿道には熱狂的な歓迎の人並みと言いたいけど、パラパラ。

「バルザースの人口は七千人です」

 全部で五万人の国だもんな。これでも多いのかもしれない。それでもやっとこさ、やっとこさだよバルザースに到着。たぶんだけど迎賓館みたいなところでやっと休養が取れた。明日に備えて眠りたいんだけど、随員の人が来た。

 明日の式典のスケジュールの確認だって。これは聞いておかないと仕方ないか。聞いてるだけで日本に逃げて帰りたくなるぐらい長くて煩雑そうだったけど、これをやるために皇居でシバかれたんだからしょうがない。

 朝から身支度して長い、長い一日に臨むことにした。メインの式典はカール公爵の退位と、ハインリッヒの公爵就任宣言だ。式場はバルザース聖堂。公爵の就任を神が祝福するってことだろうな。

 似たものなら結婚式に近いかもしれないけど、とにかく古い家じゃない。古いだけならヨーロッパでも指折りらしいけど、古い家ほどこういう行事ごとは無暗に長いのが定番。とにかくダラダラとエンドレス。

 聖堂の中に入れるのはエッセンドルフの貴族と各国の代表のみで、随員はシャット・アウト。儀式中は一言もしゃべれないし、しゃべる相手もいない。時々立ったり座ったりを繰り返し、讃美歌みたいのが流れたり、司教の説教みたいのもあった。これが正午から始まって延々五時間だよ。

 あれがクソ親父のカール六世か。たしかにユリに似てるわ。だけど歳の割には老けてると言うか、萎びてるな。やっぱりやり過ぎて干からびたのは本当かもしれない。実の父親って感慨なんか湧きようがないな。

 新公爵のハインリッヒは異母兄になるけど、ユリにはあんまり似てないな。母親似かもしれないけど、感想はそれぐらい。そう言えばウィーニスはあそこの公爵の座に就きたかったんだろうけど、ユリならゴメンだな。

 やっとこさ新公爵就任式が終わって、次はバルザース城の宮殿に移動して晩餐会だ。貴族連中ってホントにタフだ。ユリにしたら今から晩餐会なんて堪忍して欲しいだけだけど、今から楽しみに出来るぐらいだもんな。

 宮殿の控室に案内されて、やっと休憩できると思っていたら、ハインリッヒに呼び出された。随員なしで会いたいってさ。あのな、言葉はどうする気だよ。だいぶどころでないぐらいドイツ語はシゴかれてるけど不安と言えば不安だ。ハインリッヒの部屋に入ると、

「遠路よく来てくれた。私は母こそ違うが兄になる」

 あ、そう、ぐらいだけど、

「ユリアの今回の功績は大きい」

 高山での騒動だよね。

「ユリアの処遇を検討したが、侯爵でどうであろうか」

 はぁ、それって公太女じゃないの。どうしてやんなきゃならないのよ。

「そうではない。爵位としての侯爵であって、公太女ではない。これは貴族会議の承認を受けておる」

 このままエッセンドルフに住めって話ならお断りだ、

「それはユリアの自由だ。この国に住みたいと言うのなら歓迎する。今のまま日本で暮らしたいと言うのなら、それでも構わない」

 随員の人がかき集めてくれた情報だけど、ユリがエッセンドルフでジャンヌ・ダルク扱いされているのは本当らしい。それもかなりどころでないぐらい過剰な伝わり方をしてるんだ。

 あの事件の発端はお母ちゃんが拉致されるところからだけど、それを知ったユリは敢然と追跡にかかったってなってる。実際はひたすら逃げ回っただけなんだけどね。形だけでも追跡みたいになったのは、たまたまコトリさんたちのツーリング先が高山だっただけだもの。

 それでも、ここまではまだ良いの。なんとだよウィーニスのアジトを見つけ出したユリは、単身そこに乗り込み、ウィーニスの部下をバッタバッタと薙ぎ倒してお母ちゃんを救い出したになってるんだ。

 アジトって、なんだよ。行ったのはホテルだよ。それにバッタバッタと倒していったのはコトリさんで、お母ちゃんを救い出したのはユッキーさん。ユリがやったのは、コトリさんのエレキ三味線のスピーカーを運んだだけ。

 話はこれでもかで膨らんでいるみたいで、ユリはカラテとジュウードーとテンプラの達人みたいになってるんだよ。これだってカラテとジュウードーはまだわかるけど、テンプラって食い物だぞ。どうもエッセンドルフの人が知っている日本知識をフル動員した感じで良さそう。

 さらに話に続きはあって、ユリが日本政府を動かして、ウィーニスの日本での犯罪行為に抗議させただけでなく、ウィーニスを失脚に追い込んだことにもなってるんだよ。そんなことやってるはずもなく、実際のところはツーリングが終わったら大学に通ってただけだもの。

 困ると言うか、参っているのは、そんなユリの幻の武勇伝を国民だけじゃなく、ハインリッヒ公爵まで信じ込んでいるのよね。いくら違うと言っても謙遜とされちゃうし、

『そうでなければ日本政府の随員が来られるはずがありません』

 話の尾鰭はさらにがあって、礼儀作法を教えられるために皇居と言うか、宮内庁に缶詰め状態にされてたんだけど、

『ユリア様の母上は日本のエンペラーの一族』

 これまであって参った。そりゃお母ちゃんのペンネームは北白川だし、これが元皇族の苗字と同じだけど、はっきり言わなくても本物の北白川家とは縁もゆかりもあるはずがない。とにかく日本の知識は薄いと言うか、エエ加減と言うかで、

『日本人はエッセンドルフ人と瓜二つ』

 だからユリはハーフで、無暗にクソ親父に似ているだけだって言っても聞いてくれもしない。だからユリは救国の英雄であり、国民の熱狂的なアイドルみたいな扱いになってしまってる。

 ハンリッヒの話もその延長のお話で、要は今回の騒動の論功褒賞になる。公爵になったハインリッヒにしても、結果としてはウィーニスが失脚に便乗してエッセンドルフに乗り込んだようなものらしい。

 それでも長男だから公爵になってる。ここでだけど次男のヨハンは、後継者がいなくなってしまったデューゼンブルグ伯爵家を継ぐことになってるけどこれはこれで、他に適当なのがいないから良いようなものだろう。だけど、そうなると厄介なのはユリの処遇になってくるんだって。

 ユリは順当なら子爵だってさ。非嫡系だけど、嫡系がいないから繰り上がるで良さそう。ここでだけど、ウィーニス失脚の功績はすべてユリのものとなってしまっている。とにかくジャンヌ・ダルク扱いも良いところすぎる。

 そんなユリがヨハンの下の子爵ではバランスが悪すぎるのが問題の要点。ヨハンと同格の伯爵でも異論が噴出したそうなんだ。この辺は国民世論がそうだというのもある。だから伯爵の上の侯爵で手を打とうとなったようだ。

 ユリは爵位なんかに興味はないからどうでも良いどころか、エッセンドルフに来た目的はそんなものを辞退して、ゴタゴタ騒ぎから縁を切るためだ。変な血が入ってしまっているからあの騒動が起こったんだもの。だから返事は、

「辞退させて頂きます」

 これで話は終わりだと思ってスッキリした。この一言のために、皇居でのシゴキに耐え、エッセンドルフまでの長旅に耐え、聖堂での儀式に耐えたんだよ。やっと目的を果たしたからさっさと部屋から退出しようと思ったぐらい。

 でもそうは問屋は下ろしてくれなかった。信じられないけどユリの説得にかかられちゃったんだ。これってハインリッヒが勘違いしてるんじゃないかと思った。これも知識として知っていた。

 そんな慣習がエッセンドルフにあるかどうか知らないけど、この手の要請は素直に受けずに一度は断るみたいなやつ。下手すりゃ、二度三度と断って、最後にやむなく受けるみたいな感じ。皇居での教養で教えられたんだけどね。

 でもそう誤解されたら困る。ユリの辞退は本気だし、そのために遠路はるばる日本からやって来たんだもの。これを強めにはっきりと言ってやった。そしたらハインリッヒの顔色が変わったんだよ。

 ここもだけどユリの辞退をハインリッヒは喜ぶはずと考えてたんだ。だってそうでしょ、誤解とはいえ今のユリはエッセンドルフで救世主的な人気があるそうじゃない。そういう人物はトップから見ると目の上のタンコブみたいなもの。

 そんな人物がヨハンに次いで継承順位二位にいるのは嫌なはず。ましてやウィーニスの政変で国が揺らいでる時期だもの。だからあっさり受け入れてくれるはずだったんだよ。なのにハインリッヒは頑として辞退を受け入れてくれないんだ。

 ひたすら押し問答になり、ふと時刻を見ると晩餐会の開始が迫って来てた。これは拙いと思ったし侍従みたいな人も部屋に顔を出したんだけどハインリッヒは、

「部屋には入るなと申し付けておいたであろう。ユリアとエッセンドルフの将来を決める重要な話をしておる。晩餐会はこの話が終わってからだ」

 おいおい、まさかユリがウンと言うまで晩餐会を開かない気か。ここでピンときた。理由はわからないけど、ハインリッヒは公爵になるためにユリを侯爵にするのが、なんらかの条件になってるのじゃないかと。

 もしそうなら、明日までだって押し問答を続けられてしまう。いや、ユリが受けるまでエンドレスかもしれない。頭の中で必死で計算したよ。ユリが侯爵を受けたらどうなるかってね。

 一番の問題は無事に日本に帰れるかだ。ここまで侯爵就任を要請してるのだから、受けさせておいて暗殺したりはないだろう。それだったら素直に辞退を受け入れておけば良い話だものね。

 殺しはしないが侯爵にしておいてエッセンドルフに軟禁する可能性はどうかだけど、ユリを政治上のタンコブと見るのなら、エッセンドルフ国内に居るより、外国に居る方がベターのはず。それも遠い国の方が望ましいじゃない。日本なら打って付けじゃんか。

 本音は押し問答で頑張り続けて辞退にしたかったけど、さすがにあの長い旅路、時差ボケ、さらにクソ長い公爵就任儀式でユリの気力も限界。ついに押し切られるように侯爵就任を受けさせられてしまった。