ツーリング日和14(第3話)はとこ

 おかあちゃんに電話があったのだけど、

「えっ、道夫さんの・・・わかった。じゃあ、三ノ宮駅の西側出口じゃわからないか。電車の進行方向の先に階段があるからそれを下りて改札に・・・それだったら階段の下の右側にコンビニがあるから、そこにいて・・・そんなこと心配しないの・・・」

 なんの電話かと思ったのだけど、

「前に話したことがある従兄弟叔父は道夫さんって言うのだけど、その娘さんが神戸に來るんだよ」

 従兄弟叔父の娘ってなんて呼ぶのだろう。

「はとこだよ。それでね、うちに泊めて欲しいって言うからOKしたよ。ユリもイイよね」

 もちろん異存はない。従兄弟叔父の道夫さんがいなければユリはこの世にいなかった恩人だものね。神戸には観光かな? おかあちゃんは支度を始めたけど、どこに行くのかな。

「だからお出迎えよ。神戸は初めてだからね」

 えっ、今からって、さっき電話したとこじゃない。福井からなら・・・何時間かかるのだろう。と言うか、今電話があって今日なんて急過ぎじゃないの。

「電話があったのは京都を過ぎたぐらいの感じだったから・・・」

 新快速なら京都から五十分ぐらいで三ノ宮だったはずだから、

「留守番お願いね」

 これはタダ事じゃない。はとこの名前は亜美さんと言うらしいけど、おかあちゃんでさえ会ったことがないそう。そりゃ遠いけど親戚だし従兄弟叔父は良く知っている人としても、もし会いに来るとしたら、従兄弟叔父の道夫さんって人から連絡がまず来るのが筋じゃない。

 それにまだ高校生だって言うじゃない。今日はド平日だよ。わざわざ学校を休んで来るってなんなのよ。それもだよ、電車の中から電話で連絡も普通じゃない。敦賀から新快速に乗っても神戸まで二時間半ぐらいかかるはずなのに、京都になってから電話で連絡って突然すぎるしおかしいじゃない。

 なんかユリがウィーニスに拉致されそうになっと事を思い出さずにいられない。あの時はお母ちゃんは拉致される、ユリはバイクで逃走するなんてトンデモないことになったけど、それに似たことが起こってるとか。

 あの時は本当に心細かった。追われるって状況があんなに辛いものだと思わなかったもの。どうしたら良いのか頭に思い浮かばなくなっちゃうんだ。ユリの時も後から思えば的なことはたくさんあったけど、とにかく闇雲に逃げ回ったもの。

 それもだよ、逃げても逃げても追いかけられてる気がして冷静に考えるって出来なくなる。もし似たような状況なら力になってあげたいよ。ユリもあの時にコトリさんやユッキーさんに出会ってなかったら、どうなってたかわからないもの。

 あんなことがこの世にそうそうは起こると思えないけど、突然の来訪、お母ちゃんの電話での応対もあったから妙に緊張しながら待っていたら、お母ちゃんが帰って来たんだけど。

「ユリ、上がってもらうけど良いよね」

 てめえはユリの母親で、ここはてめえの家だろうが。玄関に出迎えに行くと、亜美さんもいたけどユリの顔を見て鳩が豆鉄砲喰らったような顔になってるじゃない。あのな、それぐらいここに来るまでに説明しておけよな。いきなり碧眼金髪の女が現れたらビックリするに決まってるじゃないか。

 とりあえずリビングに上がってもらってけど、こりゃ、旅行じゃないな。だってポーチしか持ってないじゃないか。髪だって乱れてるし、服も汚れてる。これって着の身着のままってやつじゃないのか。やっぱり余程の事情があるに違いない。お母ちゃんは、

「昼は讃岐うどんにするけどお醤油が切れてるから買ってきて」

 讃岐うどんを食べようとするのに醤油なんか切らしてどうするんだよ。

「そんなこともタマにはあるよ」

 あれがタマか。いっつも、いっつも決まったように起こるじゃないか。小説家なのに日本語がおかしいぞ。とはいえお醤油なしで讃岐うどんなんて食べられないから買いに行ったよ。無事に買って来れたんだけど、

「亜美ちゃん、讃岐うどんはね、こうやって食べるのよ」

 かけうどんにしてやれば良かったのに。お昼ご飯も終わって、落ち着いてから亜美さんの事情を聞くことになった。

「実は・・・」

 聞いたらムカムカしてきた。話は単純化すると結婚話だけど、

「あのね、そこまで単純化するとさっぱりわからないでしょ」

 まあそうなんだけど、話の発端は本家の三男坊に見初められたになる。それもだよ、亜美さんが高一の時ってなんだよ。これだって高校生同士の恋愛ならまだしも、本家の三男坊は三十過ぎって言うんだよ。こんなもの青少年保護条例違反だ。

「まだやってないから淫行にならないよ」

 かもしれないけどロリコン野郎だろうが。そんなもの蹴とばしたら終わりの話じゃないか。

「それが十八歳の誕生日に結納で卒業したら結婚式で・・・」

 なんじゃそれ。なにがどうなってるかの話だけど、本家とやらが許嫁指名したら婚約決定ってどこの世界の話だ。ここは日本だ。基本的人権はどこに行った。

「あれこれあってね・・・」

 そんな横暴が出て来るには事情と言うか、裏事情があるのか。そうじゃなければこんな人身御供みたいな話が存在するわけがない。まずだけど亜美のお父さんである道夫さんの会社だけど、

「ここのところ業績が苦しくて本家の傘下になってるのよね」

 本家はグループ企業を従えてるのだけど、北井、これは苗字ね、北井の一族でも誰もがグループに関わっているわけじゃないのだそう。グループ以外の会社に勤めたり、グループとは独立した会社を経営したりとか。

 従兄弟叔父の道夫さんの会社もグループと関係なかったんだけど、経営不振があって救済融資を受ける代わりに北井グループの傘下に入ってしまっているのか。企業経営ならあると言えばあるけど、そうなると本家に頭が上がらない関係になっちゃうよね。

 でもだよ、だからと言って娘を差し出せはおかしいだろ。それっていつの時代の話なんだよ・・・今だってないとは言えないか。ユリ程度の家には無縁だけど、現代でさえ政略結婚はあるって言うものね。

「男だって出世のために上司の娘とあえて結婚したり、押し付けられたりも珍しいとは言えないじゃない」

 世襲企業なら、社長に見込まれて婿養子になり、次期社長なんて話もあるものね。いや世襲企業じゃなくても重役の娘と結婚して出世の足掛かりにするぐらいの話はそこらじゅうに転がってるかもしれない。でも、でもだよ、まだ高校生だぞ。ところでその三男坊ってどんな男だ。

「長男や次男じゃなくて三男で良かったぐらいの人物だよ」

 後はお察しってやつか。亜美のお父さんやお母さんはどうなってるの。

「父も母も寝耳に水の申し入れに驚いて、あれこれ遁辞を構えてくれたのですが・・・」

 亜美さんの両親はグルじゃなかったのか。そこまで陰謀は張り巡らされてなくて良かったよ。それでも最後の最後のところで会社の経営問題があって逆らえないというか、強く言えないのか。

「経営者も色々いるけど、道夫さんは従業員を守りたいタイプだものね」

 この婚約話を断れば北井グループから追放されるだけでなく、資金も引き上げられ、会社は倒産、従業員は路頭に放り出されてしまうみたいだ。だからなんとなか角を立てずに断ろうとしてたみたいだけど。

「父もまだ時間はあると見ていたのですが・・・」

 高校三年になって出された要求が花嫁修業。具体的には北井本家に住んで、結婚式まで北井の嫁に相応しい躾をするのだとか。これってぶっちゃけ監禁みたいなものじゃない。その北井本家に移り住む日をなんとか引き延ばしていたそうなんだけど、

「三日前に本家の連中が乗り込んで来たのです。私はたまたま用事があって外出していたのですが、母から連絡があって家に帰らず逃げたのです」

 それってユリと似たようなシチュエーションじゃない。亜美さんは友だちの家を頼ったそうだけど、

「その家にも本家の連中がやってきて裏庭から逃げました」

 逃げ場がなくった亜美さんはお父さんの言葉を思い出したみたいで、

『もしもの事があれば、神戸に力になってくれるかもしれない親戚がいるから教えとく』

 電車に乗り神戸に逃げて来たのか。神戸に向かう途中でも連絡するかどうか悩んだみたい。そりゃ、そうだよな。親戚と言っても相当どころじゃなく遠いし、亜美さんからすれば顔どころか名前も知っているかどうかも怪しいぐらいのはず。

 住所だって知らないし、電話したって知らん顔される可能性だってある。言い出せばキリがないけど、親戚だから北井の一族になり、本家からの連絡が入っていて顔を出したら通報されたるだけでなく捕まってしまう危険だってあるもの。

 亜美さんにとってユリもお母ちゃんも親戚とは言え他人みたいなものだものね。それでもこのまま大阪なり神戸まで来ても、

「そういうこと。電車賃もなくてね」

 乗るのはICOCAで乗れたけど改札が通れないってこと。覚悟を決めて連絡して来たのがあの時点か。でもさぁ、でもさぁ、ここまでの騒ぎになれば破談も同然で良いのじゃない。

「父から一度だけ連絡がありました。この場は亜美のワガママで逃げたことにさせてもらうと。そうやって、なんとか時間を稼いでいる間に必ずなんとかすると」
「それって急場しのぎも良いところの釈明だね」

 会社と従業員と亜美さんに板挟みされての苦渋のその場しのぎか。でも、でもだよ、どう聞いたって本家の連中があきらめるとは思えない。たとえ亜美さんのお父さんの会社を潰しても亜美さんを手に入れそうな勢いじゃない。そこまで亜美さんにこだわらなくても、

「出来損ないの三男坊のご要望だからね」

 どういうこと、

「本家の三男坊は晋三郎って言うのだけど年の離れた末っ子なんだよ。長男と次男はグループを受け継ぐために帝王学とかなんたらを学ばされたらしいけど、晋三郎はお袋さんがひたすら甘やかして育てたらしいよ」

 嫌な予感しかしない発育環境だけど、

「乳離れが出来ない甘えん坊らしいよ。そんな三十過ぎのおっさんを今でも溺愛していて、欲しいものはホイホイ与えてるみたいだからワガママ放題だとか」

 そんな三男坊が欲しがったのが亜美さんって言うの。でもそれって亜美さんを人として好きになってじゃなくて、店頭に並んでいるフィギュアが欲しくなったレベルじゃない。亜美さんはフィギュアじゃない。それにそんな調子じゃ、たとえ結婚しても、

「あると思うよ。飽きたら見向きもしなくって捨てるはず」

 逃げて正解だよ。正解だけど、状況は八方塞がりみたいなものじゃないの。このまま逃げ回っていたら亜美さんのお父さんの会社は倒産するし、戻ったらママン大好きロリコン野郎の玩具にされるだけ。

「ユリの言う通りだけど、まずは落ち着くことが大事だよ。事態は切迫してるけど、一分一秒の話じゃない。それとここにいる限り、本家の連中だって手が出せないないじゃない」

 たしかにこのタワマンのセキュリティはしっかりしてるけど、ウィーニスの手先は押し入って来たじゃない。警備員の人もいるけど、あれはせいぜい不審者ぐらいしか対応できないもの。

「なに寝ぼけたことを言ってるの。あの時と今では状況が違うのだから」