コータローの高校生ラブはその程度で終わったみたいだけど、あの頃のラブで目指していたものってなんだったんだろう。
「ハグして、キスして、あれやりたいはあったけど、中学生ならまだしも高校生ならやっぱり結婚やと思うで」
う~ん、高校生ぐらいならストレートにそこかもだ。千草の高校でもそのまま結婚したのもいたよ。この辺は高卒就職組が多かったのもあるけどね。
「今から思うたら結婚言うても、その前に社会人になって生活費を稼がんと出来へんもんな。そやからうちの高校で同級生ラブから結婚したのがおるのに尊敬するわ」
そっかそっか、明文館なら全員大学に進学するものね。そうなると大学四年間は待たないとならないし、
「大学かって同じ大学にはなかなかならんやん」
同じ大学だって学部が違ったりしたら距離が出来ることはあるよね。明文館のそういうカップルで有名なのは、
「千草が知ってるんやったら若井のとこがそうや」
そうだった。若井君も高校の同級生と結婚してる。他だったら松野君のとこか。
「千草は松野を知ってるんか」
名前はね。だって松野君の家は地元では有名なんだよ。とにかく頭が良い家系でエリートの家だもの。
「それは知らんかったわ」
コータローなら知らないかもね。
「そやから附属御影に行ってたんか」
そうなのよ。いわゆるお受験をして小学校から入ってる。だからだと思うけど幼稚園は一緒のはずだけど覚えてないのよね。
「附属御影は中学までやから明文館に来たんやと思うけど、松野やったら灘高でも行けたんちゃうか」
それぐらい頭が良かったのか。お相手は森園さんだけど同じクラスにはならなかったな。コータローはよく知ってるでしょ。
「小学校から一緒やけど、中学も高校も同じクラスにならへんかったから、そんなには知らへんねん」
そんな二人が高校で出会って恋に落ち、結婚しただけと言いたいけど、あの話って知ってる?
「森園さんが松野の下宿まで押しかけて同棲したって話やろ。これかってどっちが誘うたんかはわからんけど森園さんは大学をどないしてんやろ」
同じ大学じゃなかったの?
「あのな。松野は京阪大やぞ」
そうだったんだ。なら大学は別だよね。森園さんは卒業できたのかな。そこまではさすがに知らないけど松野君と森園さんの結婚は地元では有名なのよね。それも必ずしも良い意味じゃなく、どちらかと言うと良くない方だ。
「とにかく揉めたらしいな」
松野君のお母さんが反対というより大反対だったとか。あれってまだ若かったからなのかな。
「それもあったかもしれん。松野のとこって母子家庭やってんやろ」
お父さんが中学ぐらいで亡くなってたんじゃなかったかな。松野君は一人息子だったから、お母さんも期待してたぐらいはありそうな気はする。だからこそ附属御影に小学校から行かせたのだろうけど、ひょっとして子離れが出来てなかったとか、
「そこまではわからんが、寂しかったぐらいはあったんちゃうか。そやな、結婚するなら三十歳ぐらいみたいな感じや。そやけど、オレはタイプやなかったけど、森園さんかって美人やったやんか」
コータローの趣味ってどうなってるのよ。それでもだ、森園さんが美人タイプだったのは否定しないけど、ああいうタイプって同性には好かれないのよね。
「そうなんか」
男のコータローにはわからないか。それも松野君のお母さんが反対した理由かもしれない。そしたらコータローは少し考えこんで、
「松野は県庁やんか」
そうだと聞いてる。
「それもあったんちゃうか」
はぁ、県庁の役人になったら早くに結婚するのは良くないの?
「そんなことはあらへんと思うけど、松野は京阪大から県庁のエリートコースやんか。そこで何を目指すかとなったら出世やろ」
出世がすべてじゃないだろうけど、普通は目指すよね。
「そやからちゃうか。松野はお母さんから松野家の名を上げるのを期待されとってんやろ」
それじゃわからないぞ。
「県庁みたいなデカいところで出世するには、能力はもちろん必要やが、それ以外のエッセンスもいるはずやねん」
なんだよ、それ以外のエッセンスって。ゴマすりとかか、
「それもいると思うけど、上に立つ人からの引き立てや。悪く言うたらコネみたいなもんや」
わかりにくいな。
「人脈って言うてもエエ。大きな会社やったらあるやんか、社長の娘婿になって次期社長の座を約束されるとか、そこまで行かんでも上司の娘と結婚するとかや」
それって政略結婚ってこと。そんなものを松野君のお母さんは望んでいたの?
「そこまで言うてへん。そやけど、そういうカードを残しときたいぐらいはあったかもぐらいや」
そういう意味か。これから県庁のエリートコースを歩んでいくうちに、そういう出世の節目みたいな転機が訪れる可能性だって出て来るかもしれないのか。
「それをあの時点でそのカードを切ってしまうのを、もったいないって思たんちゃうかな」
そこに気に食わない女であればなおさらみたいな感じになったのはありかもだ。それを言えば松野君のお母さんにしたら、もっとエエとこのお嬢さんを嫁に迎えたかったのもあったかもしれない。
「千草みたいな嫁か?」
どうしてそこに千草が出て来るのよ。
「それでもあれでエエとオレは思うで。政略結婚かってメリットばかりやあらへん」
愛の無い結婚とか、相手が性格悪いとか、
「それもあるけど、したらしたで、その上司と運命共同体になってまうやんか」
そっちもあるか。政略結婚をするって事は娘の親である上司の派閥に入るって事にもなるものね。それも忠実な腹心みたいなものだ。その上司が順調に出世すれば良いけど、
「親ガメ転んだら子ガメも転ぶや」
そういう世界らしいのも聞いた事がある。それだったら、
「トットと結婚しとくのありやろ」
なるほどね。
「そういう結婚は出世のクスリにもなるけど毒にもなる。それにトットと結婚しといたら、鬱陶しそうなその手の話から距離を置けるやん」
それが良いか悪いかも難しい問題だろうけど、
「人はな、出世にのみ生きるにあらずや。そこまで愛してくれる女と結婚するのも幸せちゃうか」
出世するのに政略結婚は有用かもしれないけど、政略結婚をしないと出世できないものじゃないはず。
「松野かってどこまで出世したいかもあるやろ」
ギラギラと出世への欲望を燃え立たせている可能性もあるけど、そこそことか、それなりって事もあるはずよね。
「結婚を押し切ったのは松野のはずや。それがすべてや」
そうだよね。とにかく結婚してるし、離婚だってしてないし、子どもだっていたはず。松野君の県庁での出世はどうなってるかサッパリわからないけど、それだって幸せだ。