ツーリング日和24(第10話)東条湖残照

 法華山一乗寺から社に出たけどこのまま篠山で行くの?

「時間があらへんから東条湖に寄るわ」

 国道三七二号から県道十七号に乗り換えたけどこの道って、

「ああそうや、上久米のとこに出る道や」

 そこから朝光寺口の交差点で左に入ったけど、朝光寺はパスして、ああ見えてきた、見えてきた。あのループコースターの残骸はいつまであるんだろ。

「あれは二〇〇〇年に中途半端に解体されてそのままらしい」

 これもまた親父に聞いた話だけど、出来た頃は関西で随一だったんだって、というか、当時は回転するのは奈良のドリームランドのスクリューコースターと、東条湖のループコースターしかなかったらしい。

「今でもそんなにあらへんで」

 遊園地の様相はUSJが出来てから一変したで良さそう。千草だって話に聞いただけだけど、

「宝塚にはファミリーランド、それに阪神パークも、ポートピアランドもあってんよな」

 東条湖ランドも奈良のドリームランドも無くなってるもの。

「東条湖ランドは無くってるけど、おもちゃ王国として健在や」

 それにしてもの存在感だ。解体費用の問題もあるけど、まさかシンボルにしてないよね。

「せんやろ」

 御意だ。おもちゃ王国は賑わってそうだけど、そこは通り過ぎて、

「こっちに行くで」

 こんなところに入って行くのか。ここって、

「東条湖は来たことがあるやろうけど、東条湖のダムは行ったことあらへんやろ」

 うむむむ、その通りだ。道は行き止まりになって、そこからは歩きだけど、鴨川ダムって言うのか。初めて知った気がする。なになに、このダムは・・・ウソでしょ、昭和二十三年に着工されて、昭和二十六年に完成となってるじゃない。

 昭和二十三年って終戦してから三年目だよ。いわゆる戦後の混乱期ってやつになるはずだけど、そんな時期にこんな大工事をやったって言うの。

「あれやろな、食糧事情がそれだけ深刻やってんやろ」

 そっちか。そうだと書いてあるものね。それだけじゃなく、ダム湖が出来て観光開発も行われたのか。そう言えば別荘地もあるものね。ダムから湖を眺めてたのだけど、あれって白鳥号よね。今でもいるんだ。

「今は運航してへんらしいわ。デキシークイーン号を覚えとるか」

 あった、あった。子どもの時に乗ったよ。なんかアメリカの外輪船みたいだった。今は周遊中なのかな。

「解体されてなくなったそうや」

 へぇ、そうだったんだ。そう言えば今日は休日だよね。なのに湖上には、

「そうやな。かつては手漕ぎボートとか、足踏みボートがいっぱいおったよな」

 いたし千草も乗ったことがあるもの。この辺の子どもだったら一度ぐらいは来てるはずだもの。

「さっきボート乗り場のとこも通ったけど・・・」

 なんとか営業してるみたいだったけど、なんか廃墟寸前って感じだったし、その道路向かいの駐車場なんかロープで閉鎖されてたままじゃない。今日は平日じゃなくて休日だよ。

「そうやねん。あの駐車場のとこかって、もっと店があったやんか」

 そうだった。全部なくなってた。あれから二十年ぐらいのはずだよね。

「時の流れは残酷やな」

 そうなっちゃうのか。おもちゃ王国が健在なだけマシかも。それでもさ、おもちゃ王国の前のホテルも健在だし、それよりビックリしたのは鴨川ダムに行く道の途中の旅館も営業してたじゃない。お客さんなんか来るのかな。

「来るから営業してるんやろうけど、あれって東条湖観光のためやのうて、ゴルフ客目当てとちゃうか」

 ああ、そっちか。この辺はとにかくゴルフ場が多いのよね。千草はゴルフやらないから知らないけど、いくら高速使っても大阪とかだったら日帰りはシンドイのかも。

「あれやろな、ゴルフが終わったら一杯飲みたいとかあるやろし、大きなコンペとかやったらあのホテルで表彰式とかやるんちゃうか」

 土日連休だから土曜日にゴルフしたりコンペをして泊まるパターンかも。それぐらいじゃないと誰がこんなところに泊まるものか。おもちゃ王国の客だって、

「東京ディスにーランドとはちゃうもんな。泊りはあらへんやろ」

 それにしても寂しすぎるよ。ここって子どもの頃の夢と憧れの場所じゃないの。

「もう何年かしたらボート乗り場のあたりの建物も廃墟化してるかもな」

 そうなりそうだ。

「その代わりにUSJが夢と憧れの地になるねんやろ」

 そりゃ、そうだろうけど、なんか違う気がする。でもそうなってしまうのか。いや、もうそうなってるのか。

「遊園地なんか神戸市内でも成立せえへんやんか」

 たしかに。ない事はないけど、なんかオマケみたいな規模だものね。

「USJが出来たんは凄いことやし、内容かってたいしたもんや。あんなとこにそう簡単に勝てるとこなんて出来へんと思うわ。そやけど千草が言う通り、そこしかあらへんのは寂しい気がするわ」

 時代が変わったと言えばそれまでだけど、

「子どもの遊びも変わってもたやんか」

 うぐぐぐ。たしかにそうだ。友だちと遊ぶのだってひたすらゲームだ。子どももそうだけど、大人だって家でゲームで遊ぶのはいくらでもある。それだってわかるのよね。それぐらいゲームは良く出来てるし、

「みんなが興味もあるからなんぼでも開発されるし、進歩かってしてる。今さら昔の遊びなんか持ち出しても、そっぽ向かれるだけや。そういう世代の連中でも満足させるにはUSJ規模が必要なんやろ」

 人は変わらないように見えて変わっているのか。身の回りだけ見てるとそんなに変わってないように見えても、ふと気が付けば時代から取り残されてる感じなんだろうな。

「今の若い子はZ世代って言うらしいけど、新しいものにすぐに飛びつくのは今も昔も子どもや。それにすぐに慣れ親しむし、当たり前のものとして使いこなしてまうやんか。オレらの頃かって新人類って言われとったやろ」

 それもちょっとずれてるぞ。新人類って言葉が出たのは千草たちより前のはずだし、Z世代はポストミレニアムを指すはず。

「そういうけど、オレらはZ世代に入らへんやんか。どっちか言うたら新人類やろ」

 それはそうだけど、新人類でも旧式化してしまうって事よね。

「そこまで言わんでもエエと思うけど、ちょっと感覚が違うって思うことはあるもんな」

 なんだよね。というかさ、どこに向かっているのかよくわからない時があるもの。

「それでもや、それでも変わらんものはあるで」

 おっ、重そうな言葉が出そうだね。

「相も変わらず、オレも千草も独身や」

 ぎゃふん。そこかよ。千草はともかく、コータローが独身なのは趣味が歪み過ぎだからだろうが。普通に探してたら嫁さんは見つかってるはずだ。

「オレかって普通に探したんやけどな」

 そしてもうあきらめたとか。

「千草はあきらめたんか」

 殴ったろか。そりゃ、アラサーも良いところだけど、平均結婚年齢は女でも男でも三十歳ぐらいだったはずだ。

「平均越えてるやんか」

 それはコータローもだろうが。そもそも平均って上も下もあるから平均だぞ。どっかのアホ教師の全員が平均点を越えるのを目指させるのとは違うんだから。

「とりあえず籍を汚す欲望は千草にもあるってことやな」

 当たり前だ。人を誰だと思ってるんだよ。

「千草だよ」