ツーリング日和24(第1話)リターンライダー女子

 千草は田舎出身だったから大学に入った年の春休みにクルマの免許を取ったんだ。都会の人にはわかりにくいかもしれないけど、田舎なら生活必需品の感覚なんだよね。一家に一台じゃなく一人に一台が常識の世界だってこと。

 でもって神戸の大学に進学したのだけど、そこで友だちになったのが、なんかコチコチのバイク女子だったんだよ。その子も春休みにクルマの免許を取ってたのだけど、バイクの免許も取ろうって誘われたんだ。

 この辺は千草も通学用にスクーターが欲しくはなってた。神戸って下宿してわかったのだけど、とにかく坂の街なんだよ。そんなもの見ればすぐわかるじゃない。だって北側に六甲山が迫ってるもの。大学はその麓にあるのだけど、とにかく登らされる。

 通学用のスクーターならクルマの免許のオマケの原チャリでも十分なんだけど、この原チャリが色んな規制で作られなくなるなんて話が出てたんだ。それにさ、原チャリって三十キロ規制とか、二段右折もあるじゃない。その辺も含めて親に相談したら、

「う~ん、せめて一二五CCが乗れた方が良いよな」

 地元でも一二五CCのスクーターが増えてるみたいで賛成してくれた。そこでどうせだったらの話をねじ込んで普通自動二輪免許取得を頼み込んだら、

「小型が十時間で中型が十七時間か。それなら中型を取っとくか」

 クルマの免許があるから学科教習はこれにプラス一時間だものね。これもATとMTでまた違いがあるのだけど、

「どうせ取るならMTにしとけ」

 理解のある親で助かった。夏休みに取りに行ったよ。さすがにすんなりとはいかなかったけど、まあまあスムーズに取れたかな。明石で無事免許をもらって最後の交渉に臨んだんだ。そりゃ、通学用のバイクを買うのも目的だったもの。この交渉は難航したけど、

「そこまで言うなら・・・」

 友だちとの約束で四〇〇CCが欲しかったんだ。だいぶ渋られたけど了承してもらった。それから友だちと二人でツーリングも楽しんだのだけど、ある時期からマスツーをしてくれなくなったんだ。

 どうしてかって? 友だちに彼氏が出来たんだよ。それもバイク乗りだ。どうもだけど入学したころからそのサークルの先輩に目を付けていたみたいで、バイクの免許を取ったのもバイクを買ったのも先輩に近づくためだったで良さそうだ。

 千草はそのためのダシにされたぐらいかな。バイクも好きだったのだろうけど、彼氏だって欲しいよね。千草だって逆の立場だったらそうしてたと思うよ。とはいえバイク自体は気に入ってた。仕方がないからソロツーやってたけどね。

 そんなバイクも卒業して就職してしばらくしたらオサラバした。だって電車通勤になったもの。それでも休日に乗るってのも考えたけど、やっぱり社会人一年目は甘くない。それにあれはだいぶブラックな企業だと思う。

 残業、残業で休日はぶっ倒れていたし、追い打ちのように休日出勤もゴッソリだったんだ。それこそ休み時間があれば寝て休むのが最優先みたいな状態。バイクなんか乗ってる時間も余裕も無くなったのよね。

 乗る時間が無いからバイクを手放したのは間違っていないけど、バイクってねツブシの利かない乗り物なんだよね。まずだけど四〇〇CCともなると車体は大きいし重い。バイク乗りは乗り出しって言い方をするけど、あんなゴツイものを引っ張り出して乗る気力が失われたのはある。

 それとクルマとの決定的な差だけど、どんな大きなバイクに乗ろうとも荷物が載らないんだよね。クルマなら買い物とかにも利用できるけど、四〇〇CCのバイクを買い物に使うのなんていないんじゃないかな。

 それとさ、神戸の中心街なんかにバイクで出かけたら駐輪場に困る。バイクもクルマ同様に駐禁は適用されるんだよ。クルマはなんだかんだと駐車場がまだあるけど、バイクとなればせいぜい自転車の駐輪場と併用のところがあるかないかレベルになってしまう。

 この辺はバイクって使用用途が狭いのはあると思っている。スクーターとかスーパーカブとかの実用バイクと、千草が乗っていた四〇〇CCでは走る世界がそもそも違うもの。四〇〇CCは言い切ればツーリング専用バイクだ。

 あれこれ理由は付けたけどバイクとはオサラバした。なんかそうなってしまうのは多いような気もしたよ。学生ぐらいなら四〇〇CCでも若さでねじ伏せて通学とか、買い物にも使ってたけど、社会人になると無理があり過ぎる。もう二度と乗ることもないだろうし、あったとしても次はスクーターだろうなと思ってた。


 そんな時に世界を襲ったのがコロナ禍だ。あれは参った。日本国中総巣籠り状態にさせられたんじゃないかな。三密回避が感染対策に良いのは理解するけど、三密なんてやったら、どこにも出かけられないじゃないの。

 まあ、出かけようにも飲食店は補助金貰って休んでるところばかりだし、旅館とかも似たような状況だったはず。つうか、そうやって遊びに出ただけでも、

『顰蹙』

 そういう空気が漂いまくりだった。会社も出来る部分はリモートワークになってたから、ひたすら家にいるしかないって感じ。そんな時に目についたのがユーチューブのツーリング動画なんだ。

 最初は懐かしさからだったのだけど、ふと気づいたんだ。ツーリングなら三密を回避して出来るのじゃないって。ツーリングもやり方次第の部分もあるけど、とりあえずソロツーなら三密はまったく関係が無くなる。

 それとさ、これもクルマのドライブとの違いなんだけど、バイク乗りはツーリングで混んでるところを避ける習性があると思ってる。クルマ乗りだって混んでるところは好きじゃないと思うけどバイク乗りはなおさらだ。

 だったら何を買うかだ。四〇〇CCは懲りたところがあるから二五〇CCも考えたのだけど、最近は小型バイクの人気も高まってるのもわかったんだよね。それもスクーターでもスーパーカブでもないやつだ。

 バイクを買う目的はツーリングだからMT車が欲しいんだけど、どうせ買うなら少しは実用にも役に立って欲しいじゃない。二五〇CCなんて実用性は皆無みたいなものだけど、小型ならそれなりにマシのはず。

 あれこれ探していた時に目に留まったのがモンキーだ。モンキーも昔から人気のあったバイクだけど千草が知ってるのは原チャリだったんだ。それがなんと一二五CCにスケールアップされて売られてるんだよ。

 スタイルは原チャリ時代を彷彿させてくれるし、装備だって一通りのものはあるみたい。というかさ、小型なのに前後輪ディスクブレーキだし、前輪にはABSまで付いてるじゃない。ちゃんとクラッチ付の五速なのも悪くない。

 他にも候補はあったけど、千草はクラシカルなスタイルが好きなんだ。いかにもバイクって感じのもの。しばらく悩んだけど買うことにした。どうも同じようなことを考えている人も多いみたいでバイク屋の大将に、

「かなり時間がかかりまっせ」

 たかが小型バイクなのに、あれだけ納車まで待たされれるのはウンザリさせられたのは白状しとく。それでもついにバイクが届いてくれて見に行ったのだけど、

『なんて小さいんだ』

 というのも動画でこそ見ていたけど実物を見るのは初めてだったんだよね。これもレビュー動画では原チャリ時代より大きくなってるって感想が多かったのだけど、こんだけってのが偽らざる感想だったかな。

 でも質感は値段だけの価値はあると思った。そこから慣らし運転になるのだけど、あれは慣らし運転と言うより千草がモンキーになれる時間だったかな。乗ってみてわかったことはいくらでもあるけど、一番実感したのは、

『軽さは正義だ』

 とにかく軽くて小さいから取り回しがラクなのよ。クラッチも心配したけど、あれならノープロブレムだ。動画ではとにかく乗ってると楽しいバイクとしてるのは良く分かった。レビュー動画だからメリット、デメリットを並べるのは定番だけど、ささいなデメリットを超越する楽しさがあるよ。

 もちろんデメリットはある。これも一つに煎じ詰めれば非力だ。下道でも流れの速いところは付いて行くのはラクじゃないし、峠道は苦戦する。それはそれで走らせ方はあるのだけど、四〇〇CCとは異次元の走らせ方が要求されるかな。

 これは千草の感想に過ぎないけど、バイクにスピードを求める人には合わないと思う。お世辞にも速いバイクじゃないものね。でもそういう人は他のバイクを選べば良いだけの話だ。バイクも選択肢は広いからね。

 モンキーの真価ってたぶんだけどユッタリ走らせるところにある気がする。バイク用語でトコトコ派って言うのだけど、これはなんて言えば良いのだろう。下道の風景を楽しみながらノンビリ走るぐらいになるかも。田舎道をノンビリ流したい人なら最高のバイクじゃないかな。

 そういう乗り方って千草に合ってる気がするんだよ。千草だって大学の頃はそれなりに飛ばしてたけど、モンキーに出会ってトコトコの魅力を見つけた感じかな。こういうバイクの楽しみ方もあるぐらいだ。

 バイクなんて、どれを選んでも誰もが満足するものなんて存在しない。あるのは乗った人が満足するかどうかがすべてだ。クルマだってそうだろうけど、バイクはなおさらじゃない。とにもかくにも千草は気に入った。それがすべての答えで良いと思う。かくして一人のリターンライダー女子が誕生した。ノンビリ楽しませてもらおう。