ツーリング日和24(第20話)黒歴史

 千草だって経験はある。いくつだと思ってるんだよまったく。この歳でヴァージンなんて天然記念物みたいなものだろうが。もっとも他人に話せるようなものじゃないし、自慢なんてできるものでもない。あれはまさに千草の黒歴史だ。

 あれは誘われて合コンに行った時だ。本音で言うと行きたくなかった。だって千草を引っ張り出した目的が見え見えだもの。どんな目的かってか。そんなもの引き立て役しかないだろうが。それぐらいの自覚はあったからな。

 いつもの流れで千草はイジられてたのだけど、男性軍が作戦タイムでトイレに行ったんだよな。その日の男性軍だけど千草の目からでもレベルが高かった。そりゃ、思ったよ、あの中から彼氏が欲しいってね。

 その中でもトップはそのまままジャニーズなり、モデルになってもおかしくないぐらいだった。女性軍も誰もが競ってたな。男性軍の作戦タイムが終わるとトップのイケメンが千草の前に座ったんだよ。

 こういう時って、選んで座ってるから気がある可能性はあるにはある。けどね、そうじゃないぐらいはわかってたつもりだったんだ。あれは千草に気があるのじゃなくて、女性軍の誰にも興味がないサインだろうって。あれだけのイケメンなら女に困るはずないものね。

 千草もそういうつもりで相手をしてたんだけど、どうも違うんだよ。なんか熱心に話しかけてくるんだもの。他の女性軍の視線がどれだけ怖かった事か。やがてお開きになったのだけど、そのイケメンがそっと連絡先を書いたメモを千草に渡してくれたんだよ。

 どういう事って思ったけど、その日のイケメンは用事があるからと二次会には参加せずに帰っちゃったんだ。渡されたメモを見ながら悩んだけど、意を決して連絡してみたんだ。そしたらすぐに返事があって、今度は二人で会いたいになったんだよ。

 もうドキドキで会いに行ったよ。あそこまでのイケメンだもの。でもその時だって、他の女への橋渡しを頼まれるのじゃないかと思ってたぐらいだった。でね、でね、会ったらそれは情熱的に口説かれちゃったんだ。

 こんなものどうしようもないじゃない。告白されてお付き合いを始めることにしたし、その日の別れ際にはハグされて、ファーストキッスだ。ああいうのを夢見心地って言うのかな。こんな事が自分の身に起こるなんて信じられなかったもの。

 でもさぁ、話にはあるじゃない。ブサイクと思い込んでいたら、実は白馬の王子様みたいなイケメンに惚れられるってやつ。あんなもの普通は無いから話になるんだと思ってたんだけど、まさかまさかで自分の身に起こったんだもの。

 もう天まで舞い上がった状態で二回目のデートだ。そりゃ、もうのベッタリ密着状態になって、耳元からは心を麻痺させる甘いささやきを吹き込まれ続けたんだ。心がトロトロにさせられた状態で求められた。

 これはさすがにほんの少しだけ正気に戻った。だってまだだったもの。男との関係が進めば求められるのは知っていたし、求められたら何をされるかの知識はあったけど、このままベッドはやっぱり怖かったんだ。

 あの時はそれより心がもうダメにされてた。初体験なんて時間の問題でするものだし、その相手がこれほどのイケメンなら何の不満があるのかってね。それにここで断ったら、このイケメンに嫌われてしまうのがひたすら怖かった。

 場の濃厚な空気と雰囲気に完全に流された。そうだよ、同意したんだ。そこから北野のホテルに行ったんだ。ホテルの玄関に入った頃にはドキドキで心臓が破裂しそうだった。パネルで部屋を選んで、エレベーターで上がり、ついに部屋のドアの前に。

 部屋に入るとダブルベッドだ。あそこでってと思ったかな。そしたら強くハグされて、熱いキスをされた。頭の中は混乱してたけど、やっとの思いでシャワーを使わせてって何とか言えたぐらい。

 あん時は男が先にシャワーを使い、それから千草になった。シャワーを浴びるためには全部脱がないといけないけど、最後の一枚を脱ぐときは手が震えてた。シャワーを浴び、バスタオル一枚で出て来たら男が出迎えてくれ、またもやハグとキスだった。

 それもキスされながらバスタオルを取られた、そのまま雪崩れ込む様にベッドだ。ついに初体験が始まった。千草も初体験の話ぐらい聞いてた。やっぱり痛いって。それを今から経験するんだって。

 愛撫から始まったけど、とにかく恥ずかしいなんてものじゃなかった。だって普段なら口に出すだけで軽蔑されるところを愛されるのだもの。やがて千草は足を開かされ、閉じられないようになっていた。

 そして来た。やっぱり痛かった。だって、あんなものをねじ込まれるんだよ。でも歯を食い縛り、シーツを掴んでとにかく耐えに耐えた。あっと思った瞬間に男がグイっと千草の奥深くまで来たのが痛みとともにわかった。

 その時にどう感じたかってか。まず痛いよ。でもさ、あの時はついに受け入れられたの思いも強かった。もっと言うとさ、これで男を満足させることが出来ると考えてた。そんな冷静じゃなかったけど、狂乱の時間が過ぎ男は満足して終わってくれた。

 全部見られたよ。千草がシーツに残した初体験の証もね。ぼんやり、女と男ってこうやって愛し合うんだなんて考えてたかな。だから、あの時までは初体験を捧げたのに後悔はなかったんだ。そしたら男はさっさと服を着て、

『これで終わりだ。こんなイケメンに女にしてもらって感謝しろよな』

 冷たく言い放って出て行ったんだよ。えっ、えっ、えっ、どうなってるの。何が起こってるのって訳がわからなかった。千草も服を着て部屋を出たけど、その男とはそれっきりだった。


 後から情報通の友だちに聞かされた。千草はあの男連中の遊びに使われただけだって。合コンの作戦会議でとんでもない遊びをやりやがったんだ。どうみたって男に縁のなさそうな千草をどれだけ短期間で一発やれるかって賭けをね。

 合コンも含めて三回目でベッドインだったから、あの男は賭けに勝ち、焼肉をせしめたそう。あははは、千草の価値は焼肉程度だって事になる。たぶんだけど、そこで、

『あんなブサイク相手に良くやれたものだ』

 これぐらいは言われてはず。悔しかったし、情けなかったよ。しばらくは男を見るのも嫌になったもの。でも一生物のトラウマにならなくて、それだったらもっと良い男をゲットしてやるってぐらいに立ち直れた。

 でもさ、そこは立ち直れたのは良かったけど、ブサイクだけはどうしようもなかった。男を捕まえるどころか寄っても来ないんだもの。そうこうしてるうちに卒業就職だ。そこがあのブラック企業だ。あそこはモラハラ天国みたいなところだったし、セクハラも横行してたけどセクハラは無縁だったのよね。

 ブラック企業を辞めて故郷の実家に尻尾を巻いて逃げ込んだ時にお見合いを受けたのは、ここで一発逆転を考えていたのはある。これでも社長令嬢だから、出て来る相手はそれなりのエリートのはずじゃない。そうだよ、玉の輿狙いだ。でも結果はまたもや無残だった。

 あの時に見合いはやればやるほど相手の質は下がるって実感させられた。だって三回目の相手なんて十一歳も上だったし、頭だって禿げてたもの。そんな相手にすら会っただけで断られたけど、その時に思ったんだ。

 お見合いにコータローが出て来たらどうかってね。これも今のコータローじゃないよ。中三の時のマメタンのコータローだ。コータローが医学部に行っていたのは聞いてたけど、それでもマメタンじゃない。

 マメタンのコータローがモテる訳がないから、千草と釣り合いが取れそうじゃない。それにコータローならお見合いに出て来たら、千草を無碍に扱わないはずだ。少なくとも会っただけで断るなんて仕打ちをするものか。

 でもそこで考えが止まってしまったのは白状しておく。だってその次になると結婚じゃない。結婚すればコータローと一緒に暮らすだけじゃなく、夫婦の営みだってやらなければいけないじゃない。あのコータローとだよ。

 そこがどうしたって現実感のカケラさえ思い浮かばなかったかな。だってだって、初体験は黒歴史ではあるけどそれでも相手はイケメンだった。それがマメタンのコータローと入れ替わるなんて、どう妄想すれば出来るのよ。


 もちろんコータローとのお見合いなんてなかったよ。たぶん水面下すら縁談はなかったと思ってる。だって千草とコータローでは釣り合いが悪すぎる。歳とか家柄はクリアするかもしれないけど、本人の差があり過ぎる。

 容姿こそ釣り合いが取れてるけど、コータローは医者になってるんだもの。千草だって医者がどれほどのエリートかぐらいはよく知ってるもの。いくら社長令嬢だって、短大出の平凡な事務職とでは棲む世界が違い過ぎるってこと。

 幼馴染のマメタンって思うから対等って気分はどこかにあるけど、世間的には大違いってやつ。千草がお見合いの席に出たいなら、もっともっと大企業の本当の社長令嬢になるか、バリバリのエリートウーマンになるか、それより何より人も羨む美人にならないと無理だってこと。

 コータローもひょっとしたらなんて話をしてくれたけど、あの頃にお見合いで出会っていたら中三のマメタンじゃなく今のコータローだよ。それこそどんな手を使ってでも捕まえてた。外堀だって、内堀だって埋め尽くして、それがなし崩しであろうが、なんであろうが結婚だ、

 だからさ、冗談でもあんな話を持ち出すな。千草とコータローの差はあの頃よりもっと開いてるもの。さらに言えば、千草の女の武器も一つ失ってる。これはヴァージンじゃないぞ。初体験は黒歴史だけどこの歳までヴァージンならカビが生えるだろうが。

 失ったのは若さだ。もともと同い年だから若さのメリットは苦しいところはあるけど、あの頃ならまだ二十五歳だった。それが今やアラサーを越えてアラフォーも迫って来てる。男は無条件に若いのが好きぐらいは知ってるからな。

 それに今のコータローならどんな女でも選び放題だ。それぐらいイケメンになりやがったし、医者だし、さらに人気イラストレーターの水鳥透でもある。同い年ではあるけど、女と男では評価が天地ほど違うもの。どこをどう間違ったらコータローが千草を選ぶって言うんだよ。


 マスツー相手が欲しかったのは単純にマスツーをしたかったのはあるけど、その延長線上にお泊りツーリングもしたのはあったさ。日帰りツーリングでは行けるところの限界があるものね。とくにモンキーではそうだ。

 マスツー相手は男が良かった。なんのためにってか。そんなものそこで間違いを起こすためだ。間違いをテコに関係を深め、そこから結婚に持ち込むんだよ。アラフォーが迫ってるブサイクの千草に他にどんな手段があるって言うかって話だ。

 見ようによっては、コータローはそういう相手に嵌ってはいる。売れ残りの同い年で、同窓会で焼けボックイに火が着いてくれたようなものだし、順調にマスツーを重ねてお泊りツーリングの話が出るぐらいの仲にはなってくれてる。

 現実にもコータローは持ち出してくれた。それでもすべてのネックは相手がコータローであることだ。それにしてもコータローはなにを考えてるのだろ。千草相手なら何があっても間違いなんて起こらないと思ってるのだろうか。それはそれで侮辱だぞ。

 とはいえ千草相手に間違いを起こしてどうするのかもある。まさかのやり捨てのつもりとか。たぶんだけどコータローはヤリチンではないはずだ。そこはわからないけど、ヤリチンであっても幼馴染の千草をやり捨て相手に選ぶかの疑問はある。

 今のコータローがその気になれば、もっと若くのをいくらでもやり捨て相手に選べるじゃないか。それなのにわざわざお泊りツーリングに誘い出している点は気になるよ。これって、まさかの本気とか。

 ただ本気と言ってもレベルがある。恋人になれば関係を持つのは当然だけど、その先まで考えるかどうかだ。その先って何かだけど、そんなもの結婚しかないだろうが。やり捨てにせず関係を続ける気はあっても結婚までは無いって事になると・・・

 そうなると望まてるのはセフレ兼バイク仲間になってくる。セフレか・・・それでも良いかって気持ちは千草にはあるんだよね。さすがに結婚となるとコータローとは釣り合いが悪すぎるもの。

 さらに言えば、この先だって結婚相手なんか出る気配すらない。ああ、そうだよ、結婚なんて殆どあきらめてる。千草はヤリマンじゃないつもりだけど、やっぱりさ、初体験の一回だけで打ち止めは悲しすぎるよ。

 こんなもの何回なら良いってものじゃないだろうけど、一回だけはいくらなんでもじゃない。コータローのセフレになると二回目以降がやっと実現はするけど、そのためにいくらコータローが相手でも抵抗はある。というか、コータローだから余計に抵抗がある。

 これってなんの抵抗だろ。やっぱりどこかで対等の意識があるからだろうな。そりゃ、なんだかんだで幼馴染だし、たった一年間とは言え同級生だったからだろうな。そういう意識を引っ張り過ぎるのも良くないことが多いけど、だからと言ってセフレに甘んじるのも無理があるぐらい。

 こんなものいくら悩んだって答えなんかない。とはいえ、答えを出さないといけない問題を突き付けられてはいる。コータローがやりたがってるお泊りツーリングにどう答えるかだ。なんかさ、これを断ればコータローとの関係が無くなってしまいそうな気がしてならいもの。もっともそう思って失敗したのが初体験なんだよな。

 ええい、面倒だ。行ってやろうじゃないの。そこで求められもしなかったら、コータローは千草をその程度にしか思っていないってわかるじゃない。もし、求められたら女は度胸だ。欲しけりゃ、くれてやる。その後は・・・それから考えることにする。