ツーリング日和23(第10話)三台目のモンキー

 三台目のモンキー

「剛紀、見ましたか?」

 見たよ。星雷社の駐輪場の前にモンキーが停まってた。

「それもニューカラーの黄色です」

 美玖、情報がリニューアルされていないぞ。今はもう・・・

「そうでしたね。今はもう四代目です」

 モンキーは五〇CCとして誕生しロングセラーになったのだけど、惜しまれながら生産中止になり、新たに一二五CCとして登場している。これを初代としたら、

「美玖たちのは二代目です」

 リニューアルした理由は環境問題でEUのユーロ5をクリアするため。だからエンジンからフレームまで微妙に変更が加えられ、ギアも五速化している。あれって、エンジンパワーが基準適応で少し落ちた分をあれこれカバーした物のはずなんだ。

 とはいえ外観的にも、走りのスペック的にも間違い探しレベルで、見ただけではボクにも違いがわからない。つうか、初代のモンキーも見る事さえ珍しいから、走ってみてどれぐらいの差があるなんかわかりようものない。それでも違いは、

「すぐわかります」

 うん、すぐわかる。それも明らかにわかる。そんなものシンプルでカラーリングが違う。

「どうして二代目だけあんなに地味なのですか!」

 美玖が憤慨する気持ちはボクにもわかる。タンクカラーの反転が一番の相違ではあるけど、

「スイングアームとヘッドライトステイの塗装を手抜きするのは言語道断」

 言語道断は言い過ぎだろうが、初代はそこもカラーリングされてたけど二代目は黒なんだよな。

「なにより許せないのが日本ではバナナイエローが販売されなかった」

 美玖もバナナイエローが欲しかったのか。二代目のカラーバリエーションは赤、青、グレー、黒だったんだよな。ボクもモンキーならポップな色が欲しかったけど赤と青の二択になり赤にしてる。本音は黄色が欲しかった。

「たった二年で黄色復活なんて殴ってやろうかと思いました。スイングアームやヘッドライトステイのカラーリングも復活してるじゃないですか!」

 そんなに怒るなって。気持ちはわかるけどな。二代目と三代目だけどスペックは同じだ。だからモデルチェンジじゃなく、カラーチェンジしただけ。だから走りは同じのはずだけど、あの色は正直なところ羨ましいところはある。あの黄色のモンキーって営業二課の山名君のじゃなかったっけ。

「ええそうです。山名流花のモンキーです」

 羨んだところで買うタイミングの差になるし、買い替えるにも、

「果てしない納車待ちはウンザリですし、四代目は好みじゃありません」

 今の赤だって気に入ってるのもある。それはそうと、山名君のモンキーの話題を出してきたと言うことは、

「バイク乗りの同志愛です」

 ボクも美玖も社外でのプライベートの付き合いはしない。それこそ仕事が終わればトットと家に帰る。美玖と結婚してからはとくにそうだ。一刻も早く帰って美玖との時間を楽しみたいじゃないか。

「小型バイクの悲哀を感じているはずです」

 悲哀って言うな。そこまで哀れな状態じゃないぞ。小型バイクでもスクーターじゃなくモンキーを選んだのなら、通勤バイクだけのためじゃないのかは同意だ。通勤にしろ、買い物にしろ、実用性ではモンキーはスクーターの足元にも及ばない。モンキーがスクーターより優越しているのはツーリングだ。

「走りでは負けそうですけど」

 言うな。一二五CC未満のバイクの売れ筋はスクーターだ。メーカーも販売の主力をそこに置いているし、当然のように競争も激しい。一二五CCの馬力の上限は自主規制モロモロで十五馬力らしいけどPCXなんか一二・五馬力もある。

 これに対してモンキーは九・四馬力。三馬力なんて大排気量車なら誤差みたいなものだけど、小型バイクではかなり違う。もっともPCXはモンキーより三十キロぐらい重いから、単純比較は出来ないにしろ、

「ツーリングが好きでないとわざわざMTなんて選ぶものですか」

 たぶんな。ツーリングにしてもソロツー派とマスツー派がいる。どっちが良いとか悪いとかじゃないけど、小型バイクでマスツーするのはちとハードルが高くなる。これは走行能力もあるし、高速道路や自動車専用道路が走れないのがある。

「中型以上とのマスツーは辛いところがあります」

 やったことないけど、こっちだって向こうだって気を遣うだけの気がする。それぐらい走りに差がある。小型の十馬力と十二馬力の差どころじゃないからな。ツーリングの楽しみ方は様々とは言え、基本は気持ちよく走らせること。中型以上が能力を活かした気持ちの良い走りになると小型は付いて行けなくなる。

「だから小型同士でマスツーしたいのですが、仲間を見つけるのが容易ではありません」

 美玖もそれをボヤいてたものな。山名君はマスツーしたいのかな。

「したいに決まってます」

 断定するな! でも言わんとするところはわかる。ソロツーはバイクを買いさえすれば出来る。だけどマスツーは相手がいないと出来ない。ソロツーしている連中だって様々で、ソロツー絶対派から、ソロツーもマスツーも楽しむ者、さらに、

「マスツーをやりたくても相手がいなくて出来ない者もいます」

 とは言えだぞ、

「だからバイクの同志愛です」

 はは~ん。何か企んでるな。美玖はとにかく優秀で、なにをするにも綿密な戦略を立て、それを遂行するための巧妙な戦術を駆使する。ボクも気が付けば美玖に夢中にさせられていた。

「剛紀を騙したとでも言いたいのですか?」

 ああ騙された。心の底から騙された。でもな、騙す、騙されたと言っても、後から後悔する時があって初めて気づくものだろ。死ぬまで騙されたままなら、それは騙されたじゃない。たとえ騙されていようがそれが真実だ。

 美玖と結婚できたのは人生の幸せだ。その想いは結婚した時より、いや初めて結ばれた時より強くなっている。それぐらい美玖は良い女なんだ。美玖はボクに選ばれるべきして選ばれた。いや、ボクが美玖に選んでもらった。

 美玖ほどの女に惚れられたのたぞ。だいたいボク程度の男なんて見向きもされないに決まってるじゃないか。美玖に惚れられた幸せなんか言葉なんかに出来るものか。騙されて最高、この世の幸せを一人占めさせてもらってる。

「剛紀は心の底からそんな男です。そんな剛紀ですから美玖の一穴を捧げています」

 美玖がボクに捧げてくれているのは一穴だけじゃない。それこそ全身全霊の愛を捧げ尽くしてくれている。こんなに幸せな状態がこの世に他にあるものか。それはさておき、もう誘ったのだろう。

「ビビってました」

 ビビらない方が不思議だろ。美玖は忍者ハットリ君メイクをやめて美人の美玖に変貌したけど、職場では相変わらずアンゴルモアの恐怖の大王のままだ。強いて言えば七洋の夜叉になったのかもしれない。本質は変わらないのだけどね。部長室に呼び出したのか。

「顔色が良くありませんでしたが快諾してくれました」

 あのな。この世で誰が美玖の命令に逆らえると言うんだよ。部長室の窓から飛び降りろと命じられても逆らうのは難しいぞ。もっとも絶対にそんな無茶な命令をしないと信用されているのも美玖である。

 美玖は部下と決して馴れ馴れしくはしないが、部下への愛情と思いやりは強くて熱い。それも伝わっているから部下からの信頼も絶大として良い。とはいえ、さぞ面食らっただろうな。ボクも一緒だと言ったよな。

「言ってなくてもそれぐらいは察しないと話になりません」

 それ無理あるぞ。ボクと美玖がマスツーを楽しんでいるのは完璧に伏せてるじゃないか。

「夫婦である事は周知されています」

 当たり前だ、結婚式にも山名君は来てるからな。美玖は何を狙っているのかな。