ツーリング日和23(第19話)社長命令

 美玖、なにを悩んでるんだ。

「非公式の社長命令です」

 あの社長が美玖に命令? それも非公式って密命みたいなものか。たとえば誰かを暗殺するとか。

「星雷社は暗殺組織ではありませんし、美玖もアサシンではありません」

 だったら愛人になれとか、

「辞表を提出して終わりです」

 その時はボクもそうするけど辞表を書いてる様子はないな。そうなると専務のボクを飛ばしての業務命令になるから営業成績を二倍にしろとか、

「二倍にするほど売り物がありません」

 ドライだな。営業の売り上げのネックは営業手腕じゃなくて、生産量の限界が現状だものな。だったらリストラ命令とか、

「それなら剛紀が知らされていないわけがありません」

 それもそうだ。だったらなんだ。

「命じられたのは社長夫人の接待です」

 ひょっとして女子会でも開けの命令か? もしそうなら途轍もない難題だけど、

「女子会は好きではありませんが、女子会ぐらいは開けます」

 それ間違ってるぞ。美玖が命令すれば女子会メンバーは命令しただけ集まるだろうけど、美玖主宰の女子会なんて恐怖のお食事会にしかならんだろ。じゃあなんだ、

「ツーリングに連れて行けです」

 まだ乗ってるのか。結婚したからやめたと思ってたけど、マスツーに連れ出したから嵌ったのかも。社長と行けば良いようなものだけど、バイクどころかクルマの免許も持ってないからな。

 だったら行けば良いじゃないか。あの時は立杭焼だったから、篠山ぐらいで満足してくれると思うぞ。ちょっと捻って北摂里山街道から猪名川に出るのもありかな。それとも滝野に播州ラーメンを食べに行くとか、

「社長夫人の御意向を伺ったらお泊りツーリングをしたいと」

 へぇぇぇ、ツーリングに嵌ればその方向に行くのは理解するけど、さすがにいきなり感はあるな。だったら塩田温泉ぐらいでお茶を濁しといたらどうだ。書写山ぐらいに寄ったら格好はつくと思うぞ。

「温泉旅行が御希望ではありますが、赤穂御崎温泉です」

 赤穂御崎だって! 選りもよって・・・赤穂御崎温泉も県内ではメジャーな方の温泉だし、交通の便だって悪くない。

「山陽道なら龍野西ICですし、他なら龍野太子バイパスを使えば日帰りも余裕です」

 クルマとかバイクでも中型以上だったらそうだけど、美玖も社長夫人もモンキーなんだよ。つまりは山陽道も龍野太子バイパスも、

「加古川バイパスも、姫路バイパスも使えません」

 下道オンリーで赤穂御崎を目指すとなれば、神戸、明石、加古川、高砂、姫路、龍野と市街地を走破しなければならなくなる。

「搦手を使っても・・・」

 搦手って、山崎ぐらいから龍野に南下するルートの事か。あれはあれで、大ツーリングになるぞ。

「赤穂御崎へのツーリングとなると、はりまシーサードロードはセットになります。そうなると起点となるのは道の駅みつになりますが、ナビの概算で百二十キロです」

 道の駅みつまでざっと四時間、そこから赤穂までさらに三十キロぐらいで五時間か。

「社長夫人の御意向として赤穂御崎までツーリングをするのですから赤穂観光も御希望です。赤穂城に立ち寄るのも計算すると六時間でも厳しいかと」

 だったら大手で行けば、

「明姫幹線利用になりますが、こちらならナビ上で赤穂まで百二十キロぐらいになります。ただし高砂から明姫幹線を外れ浜国道で道の駅みつを目指すことになります。これが約三十キロです」

 旧国道みたいなものだから旧市街地を走り抜けるルートになるはずだよな。おそらく大手から行く方が距離だけでなく時間も短いだろうけど、

「ストレスはかなりのものになります」

 こりゃ難題だ。とはいえあそこまで行けば坂越の牡蠣があるぞ。

「バイク乗りなら海の駅しおさい市場の食べ放題になりますが・・・」

 バイク乗りでなくてもそうだろ。

「昼に着くとなれば問題があります」

 到着時刻が昼時になってしまうものな。行ったことがないけど人気はあるそうだから駐車場の問題もあるし、行列だって予想される。

「それも問題ですが、バイクですからお酒が飲めません。牡蠣を食べるのにお酒が無いのは許されざることです」

 そっちかよ。美玖も呑兵衛だからな。そのうえ牡蠣も大好物なんだよ。でも泊りだろ、それも赤穂御崎温泉だったら、

「それで妥協しようかと」

 宿の夕食にも出るはずだからな。ところで宿の手配も美玖なのか。

「社長夫人がして下さるそうです」

 う~ん、行くなら大手からだろうな。搦手ルートの方が走る楽しさはあるだろうけど距離が長すぎるよ。大手ルートも良くは知らないけど明姫幹線はそれなりに流れるそうだし、浜国道の三十キロさえ耐えれば、はりまシーサイドロードは県内でも屈指のツーリングコースのはず。

 それに接待と言っても相手は社長夫人だ。そんなに気を遣う相手でもないじゃないか。営業の接待とは別物のはずだ。社長が非公式の命令まで出してるのだから付き合ってやれよ。

「剛紀も大手ルートで賛成ですか?」

 市街地走行ばっかりになるのは気が重いけど、いつかはりまシーサイドロードは走りたかったし、整備された赤穂城も見る価値はあると思う。赤穂城と言っても長い間、高麗門しかなかったようなものだけど、本丸や二の丸が整備されてるからね。

「では決定にさせて頂きます」

 まあせいぜい楽しんで来いよ。ちゃんと留守番しとくから。

「留守番など許しません。このツーリングは三人です」

 はぁ、それはダメだって。社長は知らないけど、世の亭主の中には同窓会どころか女子会にも奥さんを出席させないのもいるのだぞ。ましてやまだ新婚だ。男が入る三人のお泊りツーリングなんか許されるものか。

「これは社長夫人の御意向であり、社長の許可も取れています」

 手回しの良いやつだな。けどな、いくら社長の許可があっても、こういうものはこちらから辞退するのが筋だ。声はかけたが断られたの形にするものだろうが。

「社長はこうとも仰られています」

 なんて言ったんだ、

「もし万が一でも間違いが起これば、我が社の専務は部長により赤穂の海の藻屑になるのが惜しまれる」

 美玖が行く限り安全保障は万全ってことかよ。それと勝手に海の藻屑にするな。

「非公式とは言え社長命令であり決定事項です」

 そんな社長命令がこの世にあるのがおかしいだろ。会社の私物化だ。

「美玖は賛成しているのに逆らう気ですか」

 し、従います。