ツーリング日和22(第29話)吉岡温泉

 八頭からも国道二十九号を鳥取市に向かってひた走り。因幡街道は鳥取でゴールだ。

「さすがにくたびれました」

 ボクもだ。中型とか大型だったらもっとラクなのかな。

「あんなもの美玖には乗れません」

 根性があれば乗れるけど、美玖の体格ならシンドイかも。国道二十九号は途中からバイパスになり快走。あの信号を左だ。

「国体道路って書いてあるところでしょうか」

 そう言えば国民体育大会も国民スポーツ大会に名前が変わるそうだ。略称が国スポになるらしいけど、なんかしまらんな。

「英語がジャパンゲームズだから国ゲーとかジャパゲーにしとけば良かったのに」

 それもっとしまらんぞ。どう変わるかしらないけど、都道府県対抗方式は無理があると言うか、陳腐化してしまったよな。

「あれだけ開催県の優勝が義務化されたら価値ないかと」

 つうか普通にやれば東京都だろ。鳥取県なんか五十七万人しかいないのに優勝させるのは無理があり過ぎるよ。その辺はどうなるのかな。

「少なくとも国スポ道路が出来るのだけは間違いありません」

 あははは、それは言える。

「大きな湖じゃないですか」

 湖じゃなくて湖山池だけど。

「なんかややこしそうな名前です。ここも古代はもっと大きかったとか」

 どうなんだろうな。だいたいだけど大きな川の下流は、度重なる洪水によって湖沼地帯になってる事が多いけど、

「白兎が洪水で流れ着いたのも、そういう湖沼地帯の島みたいなところだったのかもしれません」

 可能性だけはある。今走っている道は湖山池の南側になるのだけど、ここも古い街道で伯耆街道に繋がる重要なルートだったらしい。だからじゃないけど、湖山池の北側は街道が作りにくい状態だったのかも、おっと、あの信号を左だ。

「なんか妙に良い道です」

 悪い道より良いだろうが。さて、そろそろのはずなんだが、

「あれじゃないでしょうか」

 あれか。右に入るぞ。これで合ってるはずだけど、なんか住宅街みたいだな。

「前からクルマが来て欲しくない細さです」

こっちがバイクでも嬉しくないよな。ここが駐車場みたいだけど宿はどこだ。

「ここです!」

 これは・・・そういう事か。玄関に車寄せぐらいはあるかと思ってたけど、道路からすぐに玄関か。ターンしよう。

「ここ狭いです」

 しょうがないだろ。モンキーで良かったと思いなさい。バイクを停め、荷物を抱えて玄関に入ると、女将が出てきて部屋に案内してくれた。中はリフォームされていて綺麗だな。美玖はこういう宿は好きだろ。

「好きなのですが・・・」

 ボクもそれを感じてる。良く言えば鄙びた温泉街なんだけど、

「鄙び過ぎて、どうしてこんなところに旅館があるって感じがしてしまいます」

 温泉地っぽいとか、温泉街っぽいの情緒に乏しかったのは同意だ。さて宿に着いたらさっぱりしたいよな。ツーリングは風を感じるのが醍醐味だけど、感じ過ぎた汚れを落としたいもの。美玖の顔はおずおずって感じで、

「ここは外湯もあるのでそちらにしませんか?」

 そういうことか。それは賛成だな。吉岡温泉は千年の歴史があり、温泉宿も十軒ぐらいあるらしいけど、大きな温泉旅館はないようだ。だけど美玖の言う通り外湯はあるんだよ。宿から出て歩いて行ったのだけど、

「この辺は・・・」

 う~ん、そう見ればそう見えるか。これぐらいは情緒がないと寂しいよ。この角を曲がるぐらいのはずだけど、あそこか。一の湯って看板が出てるけど、なんか銭湯に行くみたいだな。銭湯なんて行ったことないけどね。ここも平成三十年に建て替えられたらしくてまだ綺麗だ。新しいだけあって最近のニーズにも対応してると言うか、

「ペットの湯は珍しいと思います」

 一か月先まで予約が入ってしまう人気だそうだ。中も清潔感があって嬉しいな。さてさて、お楽しみの温泉だけど・・・熱めだけど気持ち良い。疲れが癒される。無色透明だけど、肌から温泉効果が染み込んでる気がする。

 今日は良く走ったな。朝はまだ神戸だったのに今は鳥取だよ。もっとも中国道から鳥取道を使えば日帰りで来れるはずだよな。そこはモンキーだから仕方ないけど、それでもツーリングの本道は下道だ。

 ああやって下道を走ってこそ、道を感じ、風景を感じ、歴史だって感じれるんだよ。ツーリングはいかに目的地に効率的に到着するのではなく、目的地までの道中を楽しむ遊びだ。高速が走れない強がりも半分ぐらいは入ってるけど楽しかったのはウソじゃない。

 二つの因幡街道の謎もだいたい解けた気もする。昔の旅人が重視したのは距離で良いはず。江戸時代なら姫路、さらにそこからの西国街道を目指したはずだから距離が短くなる若桜経由の因幡街道をまず考えたはずだ。

 鳥取藩が智頭経由の因幡街道を参勤交代ルートに選んだのは戸倉峠の雪だろう。江戸に四月到着が原則だったはずだから、通りたくても通れなかったが理由で良いはず。雪で通れないのは庶民の旅人も同じだから、冬は智頭経由の因幡街道も使っていたと思う。

 明治になって逆転したのもやはり距離で良いはず。明治と言ってもせいぜい馬車ぐらいだから、旅行の基本は歩きだ。この辺は鉄路の整備で変わったと思うけど、京阪神に出るのなら山陰本線があればなんとかなったぐらいじゃないかな。

 というか山陰本線が出来たから因幡から姫路に出る価値が下がったのかもしれない。鉄オタじゃないからここの感覚はわからないけどね。ただ若桜経由の因幡街道が重視された理由はモンキーで走って実感したかな。

 戸倉峠はたしかに難所だけど、逆に言うと戸倉峠だけが難所で良い気がする。無理やり東海道でたとえると箱根のようなものかも。戸倉峠さえ越えれば姫路までだいたいフラットのはずだから、距離も短いから重視されたで良いはずだ。


 後は智頭経由の因幡街道を走ればこの実感の確認が出来るはず。そのうち美玖と走ろう。あっちの因幡街道も平福宿とか、大原宿とか、智頭宿もあるから美玖も喜ぶはずだ。ボクだって走ってみたいもの。

 因幡街道だけじゃない。美玖も言ってたけど、お泊りさえ重ねればモンキーだってどこにだって行ける。阿蘇だって、信州だって、東北だって、北海道でもだ。さすがにソロツーでは行きたくないけど、これからは美玖と二人でマスツーだ。

 そう思うとなんて幸せなんだろう。由衣にヴァージンロードから逃げられた時には、こんな日がボクに来るなんて思いもしなかった。さてそろそろ上がるか。湯上りと言えば・・・この辺は白バラ牛乳なのか。

 温泉に入ればフルーツ牛乳が決まりだとか誰か言ってたっけ。喉も乾いたしボクも試してみるか。さすがにここでビールは良くないよな。そうこうしているうちに美玖も上がってきた。さて腹も減ったし夕食が楽しみだ。