ツーリング日和23(第28話)美玖の夢

 社長夫人になった流花の接待旅行からしばらくしてから、

「温泉旅行に行きましょう」

 ボクもそうしたい。なんか新婚の流花にあてられたものな。

「美玖だって新婚です」

 新婚がいつまでかの決まった定義はないらしい。短いのなら新婚旅行が終わるまでなんてのもあるそうだけど、

「同棲期間との兼ね合いじゃないでしょうか」

 それはあるかも。世の夫婦がすべて同棲を経て結婚する訳じゃないけど、ある調査では半分以上、調査によっては七割としてるところもあるそうだ。期間も半年までが四割ぐらいで、一年以上が三割なんて調査もある。

「学生からとなると必然的に長くなります」

 さすがに学生での同棲は一割未満らしいし、学生で同棲したからってすべてが結婚する訳でもないだろうけど、軽く一年は越えるはず。卒業とともに結婚なんてのもいるだろうけど、

「結婚式の費用、新居の準備等が学生で整えられるのはごく少数に留まると考えるのが妥当です」

 同意だ。どうしたって親がかりじゃないと無理になる。それに新卒では給料も少ないし、なにより仕事に慣れるまでが大変過ぎる。

「就職してから五年ぐらいはかかるかと」

 いやいや、そこまでになれば二十七歳だぞ。でも現実はそうなるよな。

「平均結婚年齢は三十歳ぐらいです」

 つまりって話じゃないが、付き合って同棲まで持ち込んでも二年とか、三年、下手するとそれ以上になる事だって稀とは言えないはず。あんまり長いと嫌でも新鮮さは失われていく。夫婦にも倦怠期ってのが来ると言うけど、

「同棲でも来ないはずがありません」

 倦怠期まで行かなくても長すぎた春の後に結婚すれば、初々しい新鮮さはあんまりないかもしれない。美玖はいつまでが新婚と考えてるんだ。

「美玖が新婚と感じる限りです」

 美玖らしいよ。一般的には新婚期間は一年ぐらいが多いらしいけど、美玖の定義も一理はある。だって新婚って一緒に暮らすのが楽しくて、嬉しい時期を指すはずなんだ。新婚時期が終われば楽しくないとか、嬉しくないって意味じゃないけど、

「それはこれから二人が経験する事です」

 それもそうだ。おっと、話が脱線した。温泉旅行は賛成だけど、県内では難しいぞ。電車で県外にするか。

「二人を結んでくれたモンキーで行くのに価値があります」

 気持ちはわかるけど・・・ボクもそうだけど、美玖もあちこち行ってるんだよな。二度目とか、三度目だって悪くないけど、ボクの希望は出来たら初めてのところが良いな。

「二人が行っていないところとなれば、籠坊温泉もありますが・・・」

 籠坊温泉は阪神の奥座敷と呼ばれた時代もあったそうだ。開湯も伝説的で平家の落ち武者が見つけたとかの話もあり、元禄期から温泉宿が営まれた記録があり、有馬温泉に並ぶほどの・・・

「有馬に並ぶは誇大です。最盛期でも民宿を含めて七軒です」

 そうだったのか。いくら何でも大阪からも神戸からも遠いもの。今もあるよな。

「旅館と民宿が一軒ずつ」

 どれどれ、歴史ある名湯、場所的に秘湯と言えない事もないけど、なんか気が乗らないな。

「ええ、こういう宿は美玖も気が乗りません」

 美玖の好む宿は風情も情緒も重要なんだけど、清潔感もあるんだ。これは必ずしも新しいと言う意味じゃなく、古くても風格とか、手入れが行き届いていれば問題はない。嫌うのは、

「古いのに開き直ってる宿です」

 ボクも美玖もそうだけど、少々どころでなく小汚いところでも泊まった経験はあるし、

「智頭ぐらいになると懐かしくて楽しめました」

 こういう話の流れに美玖がしたと言う事は、決めてるんだろ。

「はい、ここはどうかと」

 へぇ、ボクも初めて聞いた温泉だけど、こりゃ、良さそうだ。距離も良いぐらいじゃないか。ここにしよう。話は変わるけど美玖の夢ってなんだ。

「生涯で唯一人の最愛の人に美玖のすべてを捧げる事です」

 知ってる。だから処女も、初めて見る真実の愛も捧げられなかった事を今でも後悔してるぐらいだもの。

「あれは痛恨のミスです。ですが失ったものは、いかに悔もうが取り戻せません」

 あれは不可逆性のものだからな。だけどあんなものは、

「剛紀がそういう考えの人であるのは良く知っています。ですから、処女も、最愛の人でないクズ野郎に偽りの真実の愛を見せられてしまったのも、美玖だけの後悔です。そうですね、剛紀に捧げられていたら、どんなに良かっただろうぐらいのお話に過ぎません」

 そうだよ。たかが、そんなことで美玖の価値が1ミリグラムも減るものか。ダイヤモンドは傷つかないんだよ。

「美玖はダイヤモンドではありません。美玖の想いとして、処女も真実の愛を見るのも捧げたかったのはありますが、あれは言わば通過儀礼のようなものです」

 ロストヴァージンはそうだろうな。なんだかんだと言っても一回限りのものだ。真実の愛を見ることへのこだわりも美玖には強いけど、あれだって生理現象の一つみたいなものだし、

「これは剛紀と結ばれ、同棲し、結婚してからわかった事ですが、もっと、もっと大きな夢を持てるようになりました」

 大きな夢。それは聞きたいな。美玖と結ばれてから生まれた夢だから、それを実現させるのにボクだって協力できるはず。

「この夢は剛紀だから、いえ剛紀しか叶えることは出来ません」

 責任重大だけどそれはなんだ、

「永遠の新婚です」

 えっ、それっていつまでもラブラブ夫婦でいようって事で良いのかな。

「似ているけど違います。言葉の上での遊びになるかもしれませんが、結婚して最良の時期は新婚時代と考えています」

 新婚イコール幸せいっぱいのイメージなのは否定しない。なんて言うか、初々しさと、新鮮さに満ち溢れてるぐらいとして良いはず。

「新婚とラブラブ夫婦の違いは・・・・良くわかりません」

 ボクだってそうだ。これから経験するものだし、現在進行形でもある。

「美玖もそうです。ですが美玖は新婚の嬉しさ、楽しさ、幸せを毎日感じています。こんな日が永遠に続くのが美玖の夢です」

 考えようによっては途轍もない夢だ。それでも美玖がそう願うのなら、そうするのがボクの使命だし、ボク以外に美玖の夢をかなえられる人間はこの世にいない。でも具体的にどうやったら、

「愛がすべてです」

 美玖だけど恋愛だけはロマンティストなのはよくわかったつもりなんだ。それもかなりの少女趣味も入ってる。うん、美玖らしい素晴らしい夢だと思う。