ツーリング日和23(第22話)はりまシーサイドロード

 ワインディングロードではあるけど、ヘアピンもどきみたいな急カーブは無さそうだし、アップダウンもそれほどじゃない。道の駅みつまでの市街地走行のストレスが少しは解消されそう。

「ここを下りれば室津となっています」

 あの辺が室津か。そうなると道の駅みつまでの道も江戸期には大名行列が歩いていたんだろうな。

「そうではありませんでした」

 道の駅みつから室津に至る道は七曲りと言うのだけど、この道は明治になって室津の衰退を食い止めようとして開かれた道だったのか。だったら江戸時代は、

「室津の西隣に大浦がありますかが、そこから北上して鳩が峰を越え西国街道の正條宿に通じる室津街道が使われていました」

 あの辺を登っていたのか。室津街道は七曲りの新道が出来てから急速に衰えて、今ではちょっとディープ目のハイキングコースになってるとか。それでも明治期の地図には鳩が峰に宿場様の街並みが確認できるらしい。

 宿場と言うより峠の茶店プラスアルファぐらいだった気がするけど、室津の歴史と繁栄を考えるとそれぐらいはあっても不思議とは言えないよな。室津は商港でもあったから、商品を求めて室津街道を行き来する人も多かったはずだ。そうなると大浦の先は、

「明治期の地図にはありません」

 江戸期にもなかったことになる。海岸線を離れちょっとした丘越えのところで相生市に入り見えてきたのが相生湾だ。

「こんなところに造船業が栄えていたのが不思議な気がします」

 それな。相生は鄙びた漁村だったで良いと思う。明治の終わりに町おこしのためにドックを使ったのが相生の造船の始まりとなっている。相生の造船が飛躍したのは第一次大戦だ。

「日本はほとんど参戦してませんし、戦場は欧州です」

 だからだったで良いと思う。第一次大戦は欧州列強同士の大消耗戦をやらかしたのだけど、戦場を支えるのは兵站線だ。これが世界規模で展開したのも第一次大戦の側面として良いと思う。英仏は海外の植民地から物資を運び込んだんだよ。ドイツもこれを阻止しようと海の戦いも繰り広げられた。

「ジェトランド沖海戦です」

 あれもそうだ。だがドイツは英国から制海権を奪うことが出来なかった。そこで行われたのが潜水艦による通商破壊だ。次々に失われる商船の補充に苦悩する事になる。そこに目を付け機敏に動いたのが鈴木商店ぐらいの理解で良いと思う。

 欧米での商船重要を満たすために鈴木商店は相生の造船所を買収し、さらに大規模投資を行って造船の街相生を作り上げたぐらいだ。第一次大戦中はそれこそ造ったら奪い合うように売れたらしい。相生の造船の栄光は戦後も続き、世界一の造船量を誇った時代もあったんだよ。

「日本の造船業がそうだった時代は聞いた事がありますが・・・」

 造船業は人手がわんさかいる産業なんだ。だから相生もかつては工員が溢れかえるほどいたんだ。だがそれがネックになってしまった良い気がする。造船は早い時代にグローバル化した産業と言っても良いかもしれない。

 日本の造船が世界一を謳歌できたのは技術力もあったろうけど、人件費の安さも確実にあった。だけど人件費の競争になると新興国に勝てなくなる。船主のコスト意識は高いし、どこの国にオーダーしても良いのが造船業だってこと。

「相生もまた室津の道を」

 牡蠣船がたくさん見えるものな。日本が食べられる造船のパイは長期的にはジリ貧にならざるを得ない。ゼロにはならないにしろ、減ったパイでどれだけの規模の造船所を維持するかの時代にとっくの昔に突入している。

 その中で相生が生き残れるかの見通しは不透明な気がするよ。少なくとも過去の繁栄が二度と戻らないのは確実だ。もし相生から造船が消えうせたら、

「最後は牡蠣ですか」

 わかんないよ。産業の栄枯盛衰はどこの国だって起こるからね。とくに衰退に入って生き残るのはどこだって厳しいとしか言いようが無い。道の駅で一休みしよう。

「派手な道の駅です」

 あいおい白龍城となってるけど『はくりゅうじょう』じゃなく『ペーロンじょう』って読むのか。相生のペーロンは長崎から伝わり、長崎のペーロンは中国から伝わっているから中国風のデザインにしてるで良さそうだ。

 はりまシーサイドラインはここから海を離れ、赤穂から岡山県境まで続くけど、ドライブコース、ツーリングコースとしては相生の道の駅を終点としてるのが多いかな。

「ですから坂越に向かいます」

 県道五六八号で壷根って方に曲がるのか。はりまシーサイドロードは相生湾の東側を走る道だったけど、県道五六八号は西側を走る道ぐらいで良さそうだ。ここで流花が、

「あれビックリしました」

 あれか、ボクもギョッとしたよ。モンキー三台のマスツーなのだけど、大型スポーツに豪快に追い抜かれたんだ。走り屋系のバイク乗りならあれぐらいするだろ。

「あんなスピードで・・・」

 腕の差は置いといても、バイクの差が大人と子どもだ。馬力が桁違いみたいなものだから加速も最高速も比べ物にならないからどうしようもない。抜かされたのは別にショックでもなんでも無かったのだけど、続いて起こった、

「あの音を聞くと肝が縮まります」

 あははは、ボクもだ。白バイが猛然って感じでサイレンを響かせて追い抜いて行ったもの。ボクたちじゃないのは抜き去られたからすぐにわかったけど、追っかける白バイも物凄いスピードだった。

「停められていましたね」

 そりゃね。白バイに追いかけられて振り切ろうとするやつは珍しいと思うよ。今日はタマタマだったかもしれないけど、白バイとかパトカーは何台か見たものな。

「道の駅みつにも相生の道の駅にもあれだけバイクが集まってますから、警察の猟場になってるのじゃないですか」

 かもな。だってさ、制限速度は四十キロだぞ。モンキーだって十五キロぐらいのスピード違反は起こしてしまうじゃないか。モンキーの能力なら、それぐらいがあの道だったら限界に近いけど大型のスポーツタイプならストレスがたまるかも。

 だからってスピード違反を見逃せって言う気はないけど、あれぐらいの走りをしてしまうバイク乗りの気持ちぐらいはわかるぐらいかな。

「交通事故との兼ね合いはありますが、市内全域四十キロはどうなんでしょう」

 交通法規至上主義派の意見はネットでも多いんだよ。そりゃ、ゴリゴリの正論だから反論はやるだけ無駄だけど、あそこまでゴリゴリはどうだろうかと思わないでもない。もっとも、だからと言ってスピード違反奨励の論陣も張れないぐらい。

「最近はその手の大上段のゴリゴリ正論が目に付く気がします」

 ああそんな気がする。あれは欧米で猛威を揮ってるポリコレの影響と言うか、ポリコレで成功した二番煎じの気もしてる。だってさ、ハリウッドで製作された日本の時代劇に日本人以外の出演が少ないって噛みつくのが出て来るぐらいだ。

「ああいう運動って達成目標とかあるのでしょうか」

 無いと思うよ。日本だってあれこれ社会運動団体がいるけど、建前はなになにを解消しようだけど、もしだよ、本当に解消してしまったらどうなると思う。

「解消したら運動目的がなくなりますから・・・」

 そういう事だ。団体が存続しなくなり、団体で食ってる人が失業してしまう。つまり目的がなんたらの解消じゃなくなり、団体をいかに維持し発展させるかになるってこと。

「それって手段が目的化するって事ですか」

 ああそうだ。だから良く行われるのはゴールポストをドンドン動かして行き、そんなものどうやったら達成できるかみたいなところにしてしまう。現実的解消レベルじゃなく、妄想に近い理想をゴールにしてしまうで良いと思う。

「ある種の利権みたいなもの?」

 利権化しているのもあるよ。あれはあの手の団体の理想形かもしれないな。とにかくゴリゴリ正論だから、そこに行政からの補助金まで出るところまで行ってるのはある。あの手の補助金は一度出るとまず消滅したりしない。消滅するどころか、

「問題が大きくなればなるほど補助金が膨らみますよね」

 そういう事だ。わかるかな。団体の存続のためには問題は解消してはならず、むしろ大きくなる方が望ましいのだよ。望ましいと言うより、それが活動目的のすべてになる。

「嫌な時代になってます」

 ああそうだ、あれもある種のビジネスモデルなんだろうな。とにかく厄介なのは政治とタッグを組むし、なぜか弁護士にも親和性が高いのが多い。補助金だってある種の聖域状態で、公金をもらっての事業のはずなのに会計処理すら杜撰だし、杜撰なのをマスコミは取り上げさえしない。

「そこまでグルって事ですか」

 政治の話はこれぐらいにしとこう。せっかくのツーリングが台無しになってしまう。

「はい」