ツーリング日和15(第4話)エンゼルライン

「次の信号、左に入るで」

 なになにエンゼルラインだって。名前だけは聞いたことがあるけど、こんなところにあったのか。小浜湾は西の大島半島、東の内外海半島に包まれるようあるのだけど、東側の内外海半島にあるみたいだ。

「コトリも恥しいけど知らんかった。ほいでもこの手の観光道路でエンゼル付けてるのは珍しいと思うで」

 それは言えてる。多いのはスカイラインとか、パールラインとか、ブルーラインとか。でもエンゼルと付けたからには恋に関係する名所があるとか、

「それはエンゼルやのうてキューピットやろ。昔は知らんけどそんな話はどこにもあらへんかった」

 森永とタイアップしたらなにか出来そうなのにな。でもこの辺から感じが良いじゃない。道路のすぐ側が海だし、堤防みたいなのもないから湾が一望だ。それに湾内が穏やかなせいなのか海から道路まで低いのよ。まるで渚を走ってるみたい。

 ぐるって感じで小浜湾沿いに走ったところで分かれ道。ここは真っすぐがエンゼルラインになってるよ。ここから登りみたいだけど路面がどうも、

「ここまかつては有料道路やってんけど、無料開放されてから道路整備がイマイチになってるって話や。落ち葉とかも多かったって動画もあったから気い付けときや」

 かなり荒れてるのかな。エンゼルラインもレインボーラインも同じ頃に作られていて、目的は福井県の観光振興のためとなっている。レインボーラインは三方五湖の観光のためでわかりやすいけどエンゼルラインの観光目的は?

「わからんけど、蘇洞門巡りとのタイアップでも狙うとったんちゃうやろか」

 蘇洞門とは内外海半島の海岸線沿いにある景勝地で遊覧船で見に行ける。そこを陸路でも近づいて見れるようにしたのか。

「今から行くけどたぶん見えへん。あんなもん山の上から見れると思えへんからな」

 だから遊覧船が出てるものね。そうなるとエンゼルラインが無料になった理由は?

「走ったらわかるんちゃうかな」

 そうよね。エンゼルラインは内外海半島の久須夜ヶ岳を登る道になるのだけど、さすがに勾配キツイな。うん、この辺の造りは、

「そうやと思う。この辺に料金所があったはずや」

 料金所のブースは無くなっているけど、道路脇の建物は管理事務所だったんだろうな。そこからもけっこうな登りとワインディングが続くけど、チラチラ見える海の様子は素晴らしそう。

 素晴らしそうだけど、路面が少し荒れ気味なのと、ワインディングが厳しめだからあくまでもチラチラだけだ。どう言えば良いのかな、走っていたら自然に視界に飛び込んで来る感じじゃないのよね。でもかつては、

「そこまではわからん」

 木が生えて視界を遮ってしまった可能性も考えたけど、それもどうかって感じだもの。

「おっ、頑張ってるやん」

 これはそういう趣味だからとしか言いようがないけど、サイクリストの人って登りを苦にしないと言うか、登りが好きな人が多そうなのよね。

「ツール・ド・フランスも山岳ステージがあるやんか」

 山登りが好きな人と同じかな。左に入れば休憩所があるみたいだけど終点を素直に目指すのね。かなり登ったけど、そろそろみたいな雰囲気になってきた。ほら、駐車場だ。でもここって、まだ上がありそうだから、第二駐車場ってやつかな。

 コトリもさらに登っていくよ。ここにも駐車場があるけど、まだ上に道が続いてるじゃない。そうなると最初のが第三駐車場で、ここが第二駐車場になり、

「着いたで」

 へぇ、これは広いよ。こんなに広い第一駐車場があるのに、さらにその下に第二・第三駐車場まであるって、どれだけって感じの整備ぶりだよ。出来た頃はすべて埋め尽くされた事もあったのかな。

「それぐらいエンゼルラインに期待しとってんやろ」

 駐車場が広いのは良いけどなんにもないな。駐車場の海に面したところにベンチがあるぐらい。それでも景色はなかなかじゃない。一望の絶景とまでいかなくても、これはこれで見に来る価値は十分にあると思う。

 とりあえずこれだけ駐車場が広いのだから、かつてはここにレストハウスぐらいあったんだろうな。

「それもわからんとこが多いんやけど、売店みたいなのが一軒あった記録があったわ。それも有料時代の末期には閉店になっとって、自販機だけが動いとったらしい」

 開通した頃はもっとあったのかもしれないけど、今や自販機どころかトイレすらないのよね。それと駐車場からの眺めは良いのだけど、どうしても一望にならないところがある。そういう時の定番施設は作らなかったのか。

「ユッキーもそう思うか」

 あっても良いと思うのが二階か出来れば三階建てぐらいの展望台。そこに売店とかを併設するまでの規模にするかはともかく、階段で歩いて登れるぐらいの望楼みたいなものがありそうなものだけどね。

「撤去されたんやろか」

 撤去費用もかかるから残りそうものだけど。それにしても物寂しいな。クルマとバイクが数台ぐらいしかいないものね。まあレインボーラインとの二択ならレインボーラインの方が良いとは思うけど、今は無料だからもうちょっと来ても良さそうな。

「レインボーラインと差が付いた理由はあれこれあるとは思うけんど、とりあえずエンゼルラインは往復のピストンロードや」

 ここは半島の山みたいなところだからそうなるのか。純観光道路ってことになるけど、それだったら少し物足りないかな。

「それと通行料金が千六百円ぐらいしたみたいや」

 それは高い、高すぎる。当時の千六百円だよ。それだけ高くて、ピストンロードで、さらに頂上の展望所に名物になるようなものもなければ、

「寂れてもたんやろな」

 営業したら営業するだけ赤字になるから福井県も投げ出したってことか。せめて展望台ぐらい作ったら良かったのに。

「この手の事業の見込みは黒字試算がデフォやけど、今でさえそうやけど、当時なんか京阪神からの集客も難しかったと思うで。小浜いうてもさして観光するとこもあらへんやん」

 ついでに温泉とかもね。どこかとセットで周遊できる魅力は高いとは言えないか。こんなところでもバイク乗りには魅力的だとは言えるけど、

「ピストンは嬉しないわ」

 ピストンのルートはどこかとセットにしにくいのよね。だから一度切りになるのがバイク乗りでも多くなってしまう。せめてこの駐車場になにか仕掛けがあったならリピートもあるだろうけど、これだけなんにもないと一度で満足してしまいそう。

「周山街道かって、若狭街道かって日帰りやったらピストンになるけど、それでも人気がある理由がわかる気がする」

 あの辺は大都市部に隣接しているのも大きいのはある。エンゼルラインもせめて琵琶湖沿岸ぐらいにあったらまた変わったかも。

「それは言えてるかもな。若狭街道とか周山街道とセットやったらもうちょっと賑おうとったかもしれん」

 どこでもそうだけど、観光客が集まってこそ整備され、整備されるから人が集まる循環はあるからね。逆サイクルになると寂れるだけだもの。今でも観光で町興しをやろうとしているところは多いけど、どうやったら人が集まるかの正解はないようなもの。

「かつて栄えとったとこでも、今は昔になってるとこが多いもんな。宮崎かって新婚旅行のメッカやったなんて思い浮かべるのも難しゅうなってるからな」

 栄枯盛衰、諸行無常を感じる時は多いよね。神戸だって掬星台にかつて遊園地があったのを覚えている人も少なくなったもの。そこに遊園地があったから摩耶ケーブルから遊園地までロープーウェイを通したんだもの。

「それが今はなんもあらへん。まあ、ハイカーで賑わってるからエエようなもんやけど」

 ケーブルカー駅からロープーウェイ駅までの間だって売店とかが立ち並んでいたのよね。

「ケーブルカー駅の近くには百万ドル展望台まであったしバンガロー村かってあってんや。そんなん言うたら、あんなとこに摩耶観光ホテルがあったんやから」

 摩耶ケーブルだってあれは天上寺参詣のために作られたのに、肝心の天上寺が火事で焼け落ちた後に移転しちゃったもの。天上寺を中心とした観光のために摩耶観光ホテルも建てられたし、信じられないかもしれないけど、ケーブルカー駅から屋根付きの通路がホテルまで通っていたんだよ。摩耶山が一大観光地だったなんてもはや伝説だよ。

「今やマヤ遺跡なんて呼んで廃墟観光地として売り出そうとしているぐらいや」

 あれもどうどうかと思うところがあるけど、摩耶花壇の廃墟に有志が手を入れてたな。個人的には天上寺が戻って来てくれるのが一番良いと思ってるけど、あの地で再建しないだけの理由があるんだろうな。

「須磨山上遊園が今でも健在なのが冗談みたいや」

 よく残っているとある意味感心するぐらい。あそこだって、かつてはもっと賑やかで、華やかで、わくわくするところだったんだよ。最近では施設の老朽化が逆にレトロって人気もあるようだけど、あれだって壊れたら再建はしないだろうな。

「ドレミファ噴水パレスまであったんが夢のようや」

 屋内噴水施設だけど、噴水前のステージでショーをやってたのよめ。大阪の松竹歌劇団が請け負ってたらしいけど、よくまあ、あんなところでそんな事をしようと思ったもんだ。あそこって最後のアクセスがリフトだから、雨が降ったら誰も来れないところじゃない。

「企画は会議室で暴走するさかいな」

 もう二度と来ることもないだろうから、この風景をしっかり瞼に焼き付けて、

「行こか」