ツーリング日和15(第16話)奥能登周遊

 平家ロマンを堪能してから目指したのは禄剛崎。能登半島の北の端にあるところで灯台もあるのだけど・・・なんて可愛らしい。なにか灯台の先っぽだけあるみたい。

「狼煙の灯台とも呼ばれとる」

 この辺は海難事故の多発地帯だったらしくて、それを防ぐために狼煙が古くから上げられていたとか。

「この辺は珠洲になるけど、これは『すすみ』から来たとされてて、『すすみ』は狼煙の古語やそうや」

 そんなに昔からなの。禄剛崎からは南下していくのだけど、

「左に入るで」

 なになに聖域の岬、空中展望台入り口だって。曲がったところは二車線の綺麗な道だったけど突き当たって左に曲がるとクルマのすれ違いも苦しそうな畑の中の道だ。でも海が見えてきて・・・これは広々した駐車場だ。

 レストハウスみたいなものもあるし、その左側に木造の展望台みたいなものもある。あれが空中展望台なんだろうか。バイクを停めて、

「千五百円や」

 はぁ、展望台に登るのに千五百円だって! ここまで来て登らないのは悔しいけど、それって観光地価格もやりすぎじゃない。展望台は二階にも上がれるのだけど『空中』の名の由来は一階にあったのか。

 断崖の上に展望台はあるのだけど、そこから突き出すように伸びてるところがあって、下が見えるから空中気分を味わえるみたいだ。先端まで行ったらやる事は一つ、タイタニックだ。

「つうより現在のヤセの断崖気分や」

 右の方が金剛崎になるけどよく見えないな。それと下に見える妙に新しい建物は、

「よしが浦温泉や」

 あそこだったのか。室町時代末期ぐらいから続く秘湯の宿で、あまりに秘湯すぎて長い間電気も引かれてなくて、ランプの宿としても知られていたはず。でもあれは、

「リニューアルしたみたいで、今は最高コースで十万円の豪華リゾート風みたいや」

 広々した駐車場も展望台も、

「今から行く青の洞窟もよしが浦温泉の所有地で良さそうや」

 聖域の岬としてたのは金剛崎みたいだけど幟に書いてある三大パワースポットって、

「一応やけど・・・」

 ここ以外は富士山と長野県の分杭峠だそう。富士山はまあ別格だからからまあ良いとして長野県の方は聞いたことがないな。

「ゼロ磁界やそうや」

 理由があるのはわかるし、変わってるところぐらいは理解すけど、ゼロ磁界がどうしてパワースポットになるのよ。じゃあここは、

「暖流の対馬海流と寒流のリマン海流がぶつかるところやからとなっとる」

 潮の流れが複雑だから海難事故が多いのはわかるけど、それだったら黒潮と親潮がぶつかる三陸沖の方が桁違いのパワースポットになるじゃない。

「信じる者は救われるや」

 救われるか! もっともそれだけじゃないみたいで、

「ここはな、高志の都都の三埼とされてるところや」

 それって国引き神話じゃない。高志は越で、都都は珠洲とされてるはず。そうなるとこの海岸より先っぽの部分を出雲に持って行かれたとか。

「珠洲岬やねんけどムチャクチャ大きいねんよ」

 禄剛崎からこの金剛崎、さらにもっと南の長手崎までを珠洲岬とするらしいの。能登半島って大きな波に見えると思うのよ。そう葛飾北斎が描いたような大波ね。その波頭の下が七尾湾で、七尾湾の北側の部分が珠洲岬ぐらいになってしまう。

 でもさぁ、どう見たって岬と言うには地形的に無理があるよ。無理やり言えばまだ半島の方が近いけど、それもとてもそう見えないもの。

「まあそうやねんけど、出雲が引いてまう前は岬になっとった部分があってんやろ」

 あははは、こりゃ壮大で神話のスケールに相応しいかも。聖域とする理由は他にもあるみたいで、

「かつては金剛崎には近寄れんかったし、青の洞窟にも入れんかってん」

 だから聖域か、

「いやよしみが浦温泉の私有地やったからや」

 ぎゃふん。

「だが伝説はある。ここから法道仙人が天に登ったとされてるねん」

 ちょっと待ってよ、法道仙人の活躍したのは播磨が中心だったはず。その証拠に法道仙人が開基したとされてる寺がワンサカあるじゃない。そんな法道仙人がここで天に登るための修業をしたってなってるの?

「ああそうや。法道仙人が天に登ったから、これが能く登るになり、さらには能登の地名の由来になったされてるぐらいや」

 なんか無理やり感があるけど、地名の由来なんてわからないところは、ホントにわからないし、後からコジ付けもテンコモリだものね。展望台から絶壁を下って行き青の洞窟に。なるほど千五百円は展望台と洞窟のセット料金だったのか。

 ここが青の洞窟の入り口だけど、こ、これは、どうなんだろう。整備されているとも言えるけど、整備され過ぎじゃない。中に入るとまさにこれは青の洞窟だけど、

「海に通じてるから、天候や日の加減でホンマに洞窟内が青色に染まる事もあるそうやねん。そのイメージをいつでも見えるようにした演出なんはわかるんやけど」

 そう洞窟内は青色にライトアップされてるのよね。これが良いか悪いかは微妙だな。おそらく自然のままで青くなるのは日数も時間帯も限られているはず。わたしたちのような観光客がその時に遭遇できる確率は低いと思う。

 そういう意味でこうしておけば天候や季節、時間帯に関係なく青の洞窟みたいなものは見れるメリットはある。でもだよ、聖域にこれだけ手を加えてしまうのはどうなんだろう。

「私有地やから文句も言えん。綺麗に整備されて、こうやって見れるメリットを重視した結果やろ」

 観光スポットにどれぐらい手を加えるかは難しいところがあるのよね。最近で知っているのはどこぞの天守閣の再建計画。昭和の頃の天守閣再現は平気でコンクリートで作っていた時代はあった。大坂城がその典型かな。

 だけど今は可能な限りオリジナルの近いものであるのが要求される。最低限の条件として木造かな。どうせ復元するなら木造の方が良いと思うけど、目的がそれを登っての観光となると他の要素が絡んでくる。

「消防法とか耐震基準とか・・・」

 それもわかるけどバリアフリーも出てくるのよね。バリアフリーは観光にも密接に連動するのだけど、エレベーターをどうするかでかなりもめてたもんね。

「天守閣が目玉になるのはわかるけんど、本丸御殿だけで良かったんちゃうかな」

 伝統建築にも二階建て以上はあるけど、当時のオリジナルの階段はとにかく狭くて、これでもかの急勾配。

「階段いうより梯子に近いもんな。あんなとこを障碍者やましてや車椅子が登れるもんか」

 そんな話をしながら青の洞窟から駐車場に戻り、シーサイドロードを南下しながら珠洲市内に走って行く。これはこれで楽しい道だと思うけど、

「走ってみてわかった気がするわ」

 能登のツーリング動画も見てたのだけど、禄剛崎灯台から青の洞窟を訪ねたら次は能登島までカットしているのが殆どだったのよね。

「奥能登絶景街道って名付けられてるし、それなりに絶景ではあるんやけど・・・」

 まず動画にしてしまうと単調になってしまうのはあると思う。これは実際に走って感じる感覚とは別なのは断っておく。どうしたってカメラに写る景色とバイクに乗って見る景色は同じじゃない。

「動画にするにはアクセントが欲しいよな」

 そうなってしまう。ツーリング動画は走行風景がメインにもなるけど、それだけ垂れ流されても見るのが辛くなる時がある。だからしゃべりを入れたりもあるけど、

「見どころ紹介がないと苦しくなるねん」

 そういう点でアクセントに乏しいのよね。この辺は国引き神話の舞台だし、歴史はそれこそ古代から神話時代にも遡るところでもあるから、もうちょっと何かあれば良かったのに。能登の風土記は残されていないの?

「風土記も残ってるのが少ないのやけど、そもそも能登では風土記は作られへんかったみたいやねん」

 能登の成立は遅くて、七一八年に越前から一度分離した後に、七四一年に越中に併合され、七五七年に分離して成立してる。あれ? 越前から分離して越中に併合された理由は、

「その頃の越前は加賀も含んどってんよ。そやから越前が広すぎたのが能登分離の理由やろ。加賀の分離はさらに遅うて八二三年や」

 これも遥かなる時代の話だね。