ツーリング日和13(第7話)願いが叶うクルスの海

 延岡からは国道十号を南下。まず向かったのは海の駅ほそしま。お昼に近くなってるものね。さすがに魚は新鮮で双葉は海鮮丼セットにした。あの二人組はお土産物も漁ってたけど、

「旅行で土産はセットみたいなもんや」

 そういうけど、どれだけ買い込んでる事やら。この海の駅に寄ったのは食事と買い物もあるだろうけど、

「ここまで来て日向岬に行かへん手はあらへん」
「恋人たちのスポットよ」

 海の駅から少し走ると馬ケ背観光案内所。ソフトクリームも売ってるお茶屋さんまで併設してある立派なものだ。ここから遊歩道が始まるのだけどまず向かったのが細島灯台。こじんまりした灯台だけど、さすがに見晴らしは良好だ。

「この灯台は恋する灯台に認定されとって、この辺やったら恋人が出来たら絶対に行きたいとこやそうや」

 気持ちはわかる。ここで海を見ながら告白されたりしたら、思わずウンと言っちゃいそう。そこから次に目指すのは馬ケ背展望所。眼下には細い入り江があり、入り江の両側には高さ七十メートルの絶壁になってるそう。

「柱状節理の絶壁やったら日本一やそうや」

 遊歩道もよく整備されていて、すべてコンクリート舗装されてるから歩きやすいのよ。そこから馬ケ背の北側の岬の上に遊歩道は伸びていて、なんと先端まで行けるんだ。日向岬展望所となってるけど、これも絶景だ。

「人はこういう先っぽに行くのが好きなんよ」
「極めたって感じがイイのよね」

 同意だ。リアス式って言うのだっけ。柱状節理の絶壁と青い海とのコントラストが素晴らしい。正直なところ、余計な寄り道だと思ってたけど、これを見逃したら絶対に後悔するよ。こういうとこを回ってこそのツーリングだ。そこから観光案内所まで戻って来るのだけど、これが日向市のカップルのデートコースとは健康的だ。

「コトリ、マンゴープリンパフェ食べようよ」
「三百五十円とは泣かせるな」

 これも美味しい、美味しい。甘いものは別腹だからいくらでも食べられそう。そっか、そっか宮崎と言えばマンゴーだよね。観光案内所からバイクで程近いところに停めて、

「あそこか」
「叶うって文字になってると言えなくもないね」

 鐘がついてるモニュメントがあるからしっかり鳴らして、次は彼氏と来たいと思ったもの。ここもデートコースの定番中の定番らしくて、二人で恋愛成就を願うのだろうね。

「そや。なにしろ願いが叶うクルスの海やからな」

 国道十号線に戻って南下。まさにシーサイドロードで、ヤシの木並木なんかもあって南国気分にさせてくれるのが嬉しい。時間だけで言えば東九州自動車道を使えば早いけど、宮崎を満喫するのなら国道十号だ。

「トラックは高速走るから、こっちはあんまりおらへんからちょうどエエやろ」

 日向岬から二十分ぐらいのところにあった神社にバイクを停めたのだけど、

「ここから神武は船出したとなっとる」

 古事記と日本書紀では東征に出た理由は微妙に違うけど、日向よりさらに都を置くに相応しい地として大和を目指したぐらいで良いと思う。神武はここに船を集めたことになるけど、

「そやから日本海軍発祥の地の碑があるやろ」

 境内には神武天皇腰掛けの岩なんかもあるけど、神社名でもある立磐は本殿のさらに裏手にあって、この岩の上に神武は立って指揮を執ったとか。出航の日は日本書紀では十月五日となってるけど、この地に残る伝承では八月一日だそう。

「ここで気にあるのは伝承では予定日の天候が悪くて順延して、前日の夜に船出を決断したとなってるねん」

 当時の海路だから天候待ちは当たり前だと思うけど、

「前夜に急にの部分がちょっとな」

 そういう日の決定で重いのは天候もあるけど占いも大きいのが古代だって。大安吉日を期して船出みたいなものか。だけど地元に残る伝承ならそういうのを無視している部分があるのじゃないかって、

「それと美々津から出航したのも気になるねん」

 仮に延岡に神武の本拠地があったとすると、離れ過ぎじゃないかって。

「つうか延岡から船出したらエエやんか」

 延岡も河口に広がる海沿いの街だものね、コトリさんの疑問は、わざわざ美々津にまで下り、さらにどこか慌てて出航した形跡がある点で良さそう。それこそ占いとか信託じゃないのかな。

「かもしれんが、神武東征は遠征軍を送るのやのうて、移住に近いもんやんか」

 コトリさんが気になっているのは神武がなぜに東征を決断したかなのか。

「河内にしても大和にしても、今の状態とちゃうねん。そこを説明しだしたら長うなるから、夜に時間があったらやるわ」

 そこから美々津伝統的建造物群保存地区に。美々津は日向と上方の交易拠点として栄えたみたいで、当時の建物が保存されているところなんだ。

「こうやって残されよるのは嬉しいけど」
「もうちょっと手を入れて欲しいよね」
「馬籠や妻籠、奈良井や石見銀山とかは無理にしてもな」

 建物って人が住んで使われないと傷んで朽ちてしまうんだって。でも古い家は維持するだけで大変でカネがかかるし、住むにも不便すぎるのはわかる。だからここでも朽ち果てようとしてる家もあるし、歯抜けのような空地もあるもの。

 だから観光地化は重要だって。観光客が集まればカネを落とすし、それを相手の商売だって起こる。カネが落ちればリニューアルも行われるし、街並みだってもっと費用をかけるようになるか。

「寺や神社かってそうやろうが」

 観光寺院と陰口を叩かれても、繁盛している寺院は整備も行き届いてるものね。というか、さっきあげたところは、

「良かったで」
「遠かったけどね」

 ひぇぇぇ、あのバイクで神戸からツーリングで行ったのかよ。そう言えなやまなみハイウェイもミルクロードも走ったと言ってたものね。街並みを見終わったっら、

「給油させてもらうわ」

 目を剥いた。給油はタンクにするのだけど、それが終わると、なんとシートを開いてそこにも給油ってなんだよそれ。そんなカスタム聞いたことも見たこともないよ。

「このバイクちょっといじってるねん。そやけどエラい燃費が悪うなってもて苦肉の策や」

 清水先輩もアングリしてた。でもさぁ、でもさぁ、シート下って、

「そうだ。あそこは開いたこともあるが、あるのはバッテリーとABSの制御装置で埋まってるはずなんだ。それを撤去してタンクを作った事になるが、バッテリーもABS制御装置もどこに行ったんだ」

 それに燃費が悪くなったと言ってもどれだけ悪くなったんだよ。あのバイクのエンジンはカブ系だから、純正なら燃費お化けとも呼ばれるぐらいで、カタログデータでも七十キロ。実燃費だって条件次第でそれぐらい伸びるってされてるんだ。

 タンクは五・七リットルだから五リットル使えるとしても三百キロぐらいは今回のツーリングみたいな感じだったら走ってもおかしくないぐらい。

「ボアアップしてもリッターで四十キロは余裕と聞いたことがあるぞ」

 リッター四十キロなら満タンで二百キロのぐらいになるけど、

「第二タンクを設けるなんて燃費はいったいどれぐらいなんだ・・・」

 あのバイクは見た目はノーマルに近いけど半端じゃない改造が施されてる可能性がある。そもそもだよ、バッテリーはどこに行ったのよ。やはり噂のバイクだよ。

「水無月君は気づかなかったか?」

 さすがは先輩だ。双葉も気になってた。エンジン音が妙なのよ。オリジナルは単気筒なんだよ。バイクで単気筒なのはよくあるし、125CCで二気筒なんて珍しいもの。だけどね単気筒の音とは思えない。

 エンジン音ってシンプルにはシリンダー内の爆発音じゃない。だから単気筒なら低回転、とくにアイドリングの時ならドコドコ音が目立つのよ。それが単気筒バイクの味ともされてるけど、

「あれってマルチの音だ」

 マルチとは二気筒以上の複数シリンダーのエンジンだけど、ここも単純には気筒数が多いほど滑らかになる。でも外見上はどう見たって一本プラグの単気筒。でもだよ、もしマルチならエンジン音も燃費も、

「驚異の走行性能も説明可能になる」

 でもわかんないのよ。とにかくノンビリツーリングだものね。ところで今日の予定は、

「青島まで足を延ばすことでコトリさんと合意した」

 青島って宮崎市の先だよね。

「ナビ上で七十キロ、一時間四十五分ぐらいだ」

 順調に行けば十六時過ぎぐらいか。宿は、

「民宿だ」

 ちょっと待ってよ。昨日は取材旅行だから仕方なかったけど、今夜はツーリングファン社としての接待みたいなものじゃない。もうちょっとマシなところに泊ろうよ。そうやって恩を売って顔出しの許可も取るって話だったじゃない。

「実は今日の宿は当初の予定通りなんだ」

 じゃあ一部屋増やしたの。

「いや、部屋数も同じだ。水無月君がコトリさんたちと同じ部屋に泊れば問題ないと言われてね」

 ぎゃふん。そりゃ、そうだけど、そんなことをしたら、

「気づいたか。コトリさんたちは自分の予約をキャンセルしている事になる」

 キャンセル料は、

「笑って誤魔化された」

 なにやってるのよ。