ツーリング日和13(第5話)高千穂峡

 朝食もコトリさんと一緒だったのだけど、

「昨夜はマスツーしようって話やってんけど、コトリらは下道専科やねん」

 そっちの方がビックリしたけどコトリさんたちはなんと小型バイク。つまりは高速が走れないのよ。

「自動車専用道もな。そやからマスツーはやめてもエエで」

 昨日は別府からやまなみハイウェイを走り、そこからミルクロードを下ってるのよ。下ってから、

「ミルクロードもやまなみハイウェイも走ったことあるけどケニーロードはまだやってん」

 あのね、どれだけ大回りしてるんだよ。ケニーロードは南阿蘇グリーンロードとも呼ぶけど、これを駆け上り、高森の方から高千穂を目指し、昨日のうちに天岩戸神社も参拝してたってか。

「距離と時間は少々あるけど、あのフェリーって別府に六時二十分着やねんよ。そやから時間があり過ぎて困ったぐらいや」

 タフだ・・・そりゃ小型バイクでも一日に二百キロぐらいなら走れないこと無いし、大分市内さえ抜ければ快走ルートにしても、ミルクロードを駆け下りて、それからケニーロードを登ってるんだよ。

 昨夜にマスツーの話が出たのは高千穂から宮崎を南下する予定が同じだったから。旅は道連れって面もあるけど、歴女のコトリさんの知識を番組作りに活かせそうなのもあるから。清水先輩だってあれこれ調べてるけど、視点の置き方がおもしろいのよ。さらに言えば、

『映える』

 これは『バエル』って読んでね。これは交渉次第だけど、顔出ししてくれれば画面に華が添えられるじゃない。これまでは双葉が無理やりやらされてたけど、あの二人なら本物のモデルより映えるのは間違いないもの。だから清水先輩も会社と費用の相談をしてたぐらい。

 ギャラって形で出せないけど、せめてアゴアシ代ぐらいでなんとかならないかぐらい。言ったら悪いけどこんな宿にあえて泊ってるぐらいだから、懐具合に余裕がないはずじゃない。そこを上手い具合に交渉出来るはず。先輩も、

「腐ってもツーリングファン社だから、それこそ本物のモデルのオファーが来るかもしれない」

 そんな形のネットデビューからブレークした人もいるものね。双葉にオファーがないのはほっとけだ。だから下道専科のツーリングはOKしたけど、

「へぇ、ツーリングファン社の仕事で来てるんか」

 だからってお願いしたのだけど、

「コトリの戯言を記事にするのはかまわへん」

 だけどユッキーさんは、

「顔出しはNGなのよ。仕事の関係でそういうのはウルサクてね」
「ツーリングで失業になったらシャレにならんやんか」

 どうも相当お堅い会社みたいで、こういうのは良くないらしい。でもだよ、それで『はい、そうですか』で引き下がったら雑誌記者と言えないよ。とりあえず顔出しNGはOKにして、ツーリングを重ねながら交渉だ。

 それでもって出発になったのだけど、コトリさんが赤色の、ユッキーさんが黄色の小型バイクなんだけど、あのバイクって、

「噂のバイクと同じ車種だ。まさか、まさか・・・」

 美人の女二人連れの小型バイクの条件は満たしてる。見た目はノーマルに近いのもだ。

「カスタムは入ってるけど、あんなカスタムって」

 まず目を引くのが大きなリアケース。リアケースを装着するのはあれこれ意見があるけど、バイクの実用性を高めるという点では優れもの。バイクって荷物を載せにくい乗り物なのよね。

 双葉のZ900RSにしても先輩のハヤブサにしても、ツーリングをするとなると後部座席に縛り上げるしか手がない。そうなると晴れてる時はまだ良いのだけど、雨に祟られでもしようものなら悲惨な事になるもの。

「バイクを離れる時の荷物も心配だしな」

 それこそナイフ一本あれば盗まれるリスクは常にある。でもボックスになれば雨に強いしカギだってかけられる。そちらのメリットを重視してのリアボックスだと思うけど、

「あんなカラーリングをしてるのは滅多にいないよ」

 リアボックスの素材は聞くところでは塗装にしにくいそうなんだ。下手に塗るとひび割れして禿げるそう。それなのに最初からそうであったかのように車体のカラーにマッチしてる。

「どこのメーカーだろう」

 ポピュラーなのはGIVIだけどちょっと違う気がする。それより目を引くのがオイルクーラーだ。あのバイクのカスタムにオイルクーラーはあるけど少ないのよね。この辺は付けたところで効果が微妙過ぎるのはある。

「というか、あんなにデッカイのは見たことないぞ」

 たしかに大きい。まるで水冷エンジンのラジエーターぐらいある。

「前輪のディスク見てみい」

 ダ、ダブルディスクだ。小型バイクだよ。こんなカスタム初めて見た。まさか、オイルクーラーもダブルディスクも高速走行に備えてのものだとか。

「理屈は合うけどなんでキックなんや」

 あのバイクはセルオンリーなんだよ。そこにわざわざキックを付けるカスタムなんてまさに前代未聞だ。そんなものサードパーティ品にもあるのだろうか。疑問がテンコモリだったけど、正体を確かめるためには走ってみないとわからない。


 まず向かったのは高千穂神社。昨夜も神楽を見に行ったけど夜だから神社は良く見てないのよね。ところで垂仁天皇時代に社殿を建てたのが始まりとなってるけど、垂仁天皇っていつの時代の人。

「第十一代の天皇で、崇神天皇の子で、孫に日本武尊がおるで」

 有名な事績として、日本初の天覧相撲とも呼ばれる野見宿禰と当麻蹴速の取り組みをさせたとか。

「実在論争があるぐらいの天皇や。まあ欠史八代のすぐ後やからな」

 神武が初代だけど欠史八代とは二代の綏靖から九代の開化までを指し、実在の可能性が極めて乏しい天皇のことらしい。十代の崇神から実在の可能性があるとするのが専門家の通説らしいけど、

「言い出せば神武の実在もどうやって話になるけど、実在はせんでもなんかおってんやと思うで」

 なんだそれ。

「万世一系論に合わへんかっただけや」

 天皇はすべからく神武の子孫ってのが万世一系論で、とくに日本書紀はそのテーマで書かれたそう。だけど実際は複数の大王家が覇権を競う時代があったのではないかとコトリさんは考えてるよう。とにかくおっそろしく古いのはわかる。ここ高千穂は日向三代の高千穂宮があったともなってるけど、日向三代って誰なんだ。

「それか。天神七代、地神五代って言うてやな・・・」

 天神とは天地開闢の時の七代の神で一番有名なのが七代目のイザナギで日本を作った神様よね。イザナギの子孫が地神五代になって天照大神、アメノオシホミミノミコトの次に、

「ニニギノミコトが天孫降臨をするんよ。そこからホノオリノミコト、ウガヤフキアエズノミコトと続くのが日向三代で、その次が神武や」

 よくもまあ空で言えるものだ。舌噛みそうな名前だもの。要は神武の先祖が日向にいた時代を日向三代というぐらいで良さそう。それにしてもその割には、

「そやから高天原は皇室でも特定せんのが方針やろ」

 神社にも格があるそうだけど高千穂神社は最低の村社だそう。つまりはその辺の神社と同じ扱い。天皇家だってどこに先祖が住んでいたかを忘れちゃったのだろうな。

「まあその辺はとにかく神で人やあらへんからな」

 まさに神代の時代のお話ってことね。高千穂神社から高千穂峡に行くのだけど、なんだよこの道。急勾配だし、それよりもこんなヘアピンはクルマどころか大型バイクでも曲がるのは大変すぎる。

「ハーレーがよく転ぶらしいよ」

 ハーレーじゃなくたって転びそうだ。下りてきたら案内みたいな人がいてバイクは左の道に行けると言うか、行けみたいだ。

「駐輪場があるぞ」

 けっこう来てるな。さすがは観光名所だ。停めさせてもらってボートに行く。これが今回のツーリングで最大の楽しみなんだよ。コトリさんたちも予約していたのか。そりゃ、するだろう。

 ボート乗り場からも見えるのだけど、あれだ、あれだよ、絶壁と絶壁の間に川が流れ、そこに滝が流れ落ちるこの風景。写真では何度も見たけど、そこにボートで近付けるなんて夢みたい。

 真名井の滝って言うんだけどこれも神話由来の滝。アメノムラクモミコトが高天原の真名井って井戸をここに移して、そこから流れ出る水が滝になってるんだって。これを見てるとここが神話の地であり、神々の地であると実感する。

「ちゃんと撮ってるか」

 撮ってるって。普段は先輩がカメラ係なんだけど、ボートだから漕ぎ役なのよね。三十分のボートを堪能したら遊歩道に。これはさっきのボートのところの上流になるのだけど、ここも整備されていて良いところだ。

 注連縄が張ってある岩は鬼八の力岩ってなってるけど、かつて高千穂を荒らしまわっていた荒神の鬼八がミケイリノミコトと力比べをした岩だそうだけど、ミケイリノミコトって誰だ。

「ああ神武の兄さんや」

 良く知ってるな。槍飛橋で引き返して、

「延岡行くで」