ツーリング日和13(第15話)東京への帰路

 あの時刻から志布志から新門司なんて無謀の極みだよ。青島から都井岬に行くだけで立派なツーリングじゃない。その証拠って訳じゃないけど、コトリさんたちは都井岬から志布志に行ってフェリーに乗ってツーリングを終わりにしてる。

 なのに、なのにだ。志布志から新門司まであの時点から走るなんて狂気の沙汰だ。いや狂気の沙汰だった。途中であのクソ編集長をどれだけ呪った事か。事故もなくフェリーターミナルに到着した時に泣き出しそうなぐらいだった。

 なんとか船室に乗り込み、ベッドに寝転がったら爆睡だ。風呂なんて優雅なことをする余裕なんてなかったもの。それでも一つだけ幸いなのは横須賀到着が二十時四十五分だこと。その時刻から帰宅するのは気が重いけど、それまでの時間はノンビリできるものね。

 翌朝はたっぷり朝寝坊して、ゆったりと風呂に入って、やっと生き返った感じ。清水先輩もそんな感じだったみたいで、この時間を利用して動画とかのチェックぐらいは手を付けるべきなんだろうけど、

「とにかく今日は仕事を考えたくない」

 同意だよ。昼下がりにレストランでまったりコーヒーを飲んでいたのだけど、やはり気になるのはあの二人組。青島の民宿でも顔出しを頼み込んだのだけど、

『コンプライアンスに引っかかるねん』
『そういうとこは厳しいの』

 あの美貌じゃない。チンケな会社員やってるより、いっそのこと会社を辞めてモデルデビューも勧めてみたんだ。そういうコネだってあるのよね。だけど、

『ああいう注目される仕事はウンザリやねん』
『社会の片隅でひっそり生きるのがお似合いよ』

 なんとか縋り付く手がかりぐらいは確保しておこうと、連絡先の交換を頼んだのだけど、

『こういうのは一期一会がエエねんよ』
『東京と神戸じゃ、そうそう会えるものじゃないし』

 勤め先も、本名すら教えてくれなかったんだよ。これって、ちょっと極端な気がする。

『縁があったらまた出会えるで』
『そういうのも楽しいと思わない』

 高千穂も含めて二泊二日も一緒にいたのに名前すら知らずにお別れなんて信じられないよ。こっちだって記者だからあれこれ食い下がったのだけど、ニコニコと笑いながらスルスルと逃げられてしまったんだよ。

「記者って名乗ったのが拙かったかな」

 う~ん。記者って商売は記事に取り上げてもらう事にメリットを感じる人と、取り上げられることのデメリットを重く見る人がいる。この辺はわからないでもない。とにかく記者と言うかマスコミ人はピンキリ過ぎるところがある。

 一番嫌われるのがゴシップを追い回す連中かな。記事にするためには口八丁、手八丁で相手を騙すのが常套手段だものね。言うまでもないけど、記事にしたことで相手が蒙る被害なんて気にもしない。

「そういう需要があるのは否定しないけど、あそこまでするのは好きではない」

 清水先輩の言葉も本音では綺麗事なのよね。記者として一番大事なのはそれで食えることに尽きてしまう。食えなきゃ失業でホームレスにもなりかねない。記者もツブシが利きそうな商売じゃないものね。

 でもさぁ、でもさぁ、モトジャーナリストはかなり綺麗ごとが言えるとは思う。これは記者と言っても扱ってるのがぶっちゃけ趣味なんだよね。そう趣味雑誌の記者のようなもの。人の秘密を暴いて一発当てるのは比較的遠いものね。

「その代わりにマーケットは狭いし給料も安い」

 うぅぅぅ、だから都井岬から新門司の夜道だって走らされる。だいたいだよ、取材に使っているバイクだって自前だもの。

「それでも良いと言うのがやってる商売だ」

 ギャフン。まさに嫌ならやめろだ。でもあの二人は注目だ。

「貧乏なのかリッチなのかもよくわからない人たちだった」

 泊ったのは高千穂も青島もチープだった。そういう宿に慣れてるはずの双葉だってウンザリしそうなぐらい。そういう宿を選んでるから貧乏と見たいところだけど、

「前日キャンセルだから八割だろう」

 あの二人組も宮崎市内か青島あたりに宿を予約していたはず。高千穂から宮崎市方面にツーリングをすればそれぐらいになるし、若い女のツーリングだから宿の手配は絶対にしているはず。

「とくに青島は土曜だったからな」

 こっちはあの民宿に二部屋予約していたから、そこに二人組が同宿しても問題なかったけど、本来はどこに泊る予定だったんだろう。

「あの民宿は安いが、あのクラスの宿であっても前日キャンセルだから二倍近い料金を支払ったことになるからな」

 そうなのよ。別に同じ宿に泊まらなくてもマスツーは出来たのよ。宿が別でもまず青島神社に行くのは決まっているようなものだから、そこで落ち合えば済む話なんだ。あえてキャンセル料を払ってまで同宿しているのは妙と言えば妙なんだよね。

「理由を付ければ夜に一緒にご飯を食べて、話をするためだが・・・」

 そのためにキャンセル料なんか安いものの判断をしたはず。青島の宿については先輩も気を遣ってこっちが払うと言ったのだけど、

「そりゃ、きっちり精算された」

 海の駅でのお昼ご飯もそうだった。おカネはもめやすいからキッチリしたいのはわかるけど、あれは双葉たちにささやかでも恩を売られたくないからの気がする。というか貧乏だったらそれなりに奢られるはず。そりゃ、こっちは払うと言っても会社の経費だからだ。

 貧乏じゃないのは服装や持ち物だってそう。ドヒャッとしたブランド物を持ってる訳じゃないけど、どこか品が良いと言うか、センスが良いものばかりだった。それよりなによりコーディネートが抜群でパッと見ただけならブランドで固めてるようにしか見えないよ。

「あくまでも印象だが、本当の金持ちが無駄遣いをしないような感じがあったな」

 双葉もそう思った。何者なんだろう。問題のバイクだけど、肝心の走行性能は最後までわからなかったな。コトリさんの先行が多かったけど、あきれるぐらい無理をしないノンビリツーリングだったものね。

「それでも恋ヶ浦から都井岬への登りに余裕を感じたが」

 あれだけではなんとも言えないよ。だけど一緒に走ってさらなる発見があった。あのバイクの純正メーターはデジタルなのだけど、アナログの指針式に換えてた。

「そういうカスタムはあるが、あんなサードパーティのメーターを見たことがない」

 スピードメーターとタコメーターが左右に並び、そこに燃料系があるのは理解する。理解を越えそうになったのは、

「油温計が組み込まれてるのは存在しないはずだ」

 それだけじゃない、ハイビームランプどころかウインカーランプも、

「ニュートラルランプすらないんだぞ」

 ついでに言えばオドメーターがダイヤル式で、トリップメーターがないってなんなのよ。

「それよりなにより、あれはキャブだぞ」

 理由はチョークが付いてるからだって。よほどのクラシックバイクじゃない限り、バイクでもインジェクションだそう。キャブとインジェクションの違いはあれこれあるけど、キャブはアナログ式で、インジェクションは電子制御式ぐらいに思えば良い。

 もちろんオリジナルはインジェクションだ。そうなるとわざわざインジェクションからキャブへの改造をしたことになる。なるというか、そんなバカげた改造を誰がやるものか。

「逆ならありえるがな。セルからキックへの改造も合わせて理解不能だ」

 ここまでならあえてアナログ仕様にカスタムしたぐらいに言えなくもないけど、

「バッテリーとABS制御装置のことだが・・・」

 あれもどうなってるんだ。あのバイクのトンデモ改造の一つで、シート下に第二タンクを設けている。そんなものを設けるカスタムも前代未聞だけど、そこにあったはずのバッテリーとABS制御装置はどこに行ってしまったのかだ。

 クルマであれば移動できる場所はトランクとかあれこれある。だけどバイクとなると置き換える場所なんて無いに等しいのよね。ABSだけならまだ目を瞑れるかもしれないけど、バッテリーレスになっているとは思えないのよ。

「ずっと考えていたのだが、もしあり得るとしたらEBバッテリーへの交換だ」

 あのね、それ正気で言ってるの!

「スペース問題だけを考えるとそうなる」

 EBバッテリーなら乾電池程度の大きさになるから、バイクでもバッテリー位置の変換はどうにでも出来る。けどね、いくらすると思ってるんだよ。バッテリー一つで、オリジナルのあのバイクを二台買えてお釣り出るんだぞ。

「まあそうなんだが、メリットとデメリットの差し引き問題でだな・・・」

 あのバイクの燃費の悪さは大型並みだ。それは確かめられた。だから第二タンクを設置してるし、あれがないとロングツーリングは無理だろう。えっと、それって、

「ツーリングが出来るように第二タンクを設置してるけど、その引き換えにEBバッテリーに交換するメリットがあるとの判断だろう」

 無茶苦茶だ。あのバイクの燃費の悪さはパワーアップのためのはずだ。あまりの燃費の悪さに第二タンクまで必要になったのだろうけど、そのためにEBバッテリーに換装なんて正気の沙汰じゃないだろう。

 EBバッテリー代だけで中型どころか大型バイクだって買えるじゃない。そうすれば高速だって自動車専用道だって走れるもの。下道ツーリングだって楽しいけど、距離を稼ぎ、時間を節約するには小型は不利過ぎる。

「あのバイクへの異常なこだわりがあったとしか言いようがない。それにそこまでのこだわりに費やす資金的な余裕があったとしても良いと思う」

 だったら、だったら、あのバイクのカスタム費用っていくらなの。バッテリーだけで百万円仕事だよ。他のカスタムだって、あんなものサードパーティ品にないから特注のはずじゃない。それも一品ものだから、

「想像もつかない。だってだよ、エンジンの問題はヒントすらない」

 そうだった。パワーアップが燃費とトレードオフになるのはわかるけど、あそこまでの燃費の悪さとなると、どれだけパワーアップしたかって話になってしまう。ちょっと待ってよ、エンジンまで特注品だってことなの。

「そうすれば説明だけは出来る」

 どんだけお金持ちなんだ。