ツーリング日和10(第2話)出発

 五時ピッタリに仕事を終わらせ出発だ。いつものように港島トンネルを抜けて六甲山トンネルをまず目指すのだけど、

「腹ごしらえしとこ」

 そうなのよねぇ、六甲山トンネルを越えると北神戸有料道路に続くのだけど、三田まで食べるところがないのよ。家で食べて行っても良いのだけど、作るのにも時間がかかるし、後片付けも必要。

「旅に出たって気分もあるで」

 まあね。いつものように六甲道の松屋で腹ごしらえ。牛丼は庶民の味方、ライダーの味方だ。

「そう言いながら食べてるのは、ブラウンソースのエッグハンバーグやないか」

 コトリだってビーフシチューでしょうが。でもこれぐらい食べないと舞鶴までのツーリングは厳しいよ。ところでさ、どうして今回はわざわざ七月にしたの。ここまで来るどころか、道路に出た途端に暑くて、暑くて。

 本音で言うとTシャツだけで走りたいぐらいだし、すれ違ったスクーターの人はそんな格好だったもの。でもさぁ、今からロングツーリングをしなくちゃならないから、そうは行かないじゃない。

 だからライディング・ジャケットを着てるのだけど、いくら夏用に涼しく作ってあると言っても長袖だよ。Tシャツ一枚でも暑いのに長袖なんか拷問だ。ヒョットしてコトリは実はマゾだったとか。

「そんなもん寒いからに決まってるやろ」

 なに面白くもない冗談を言ってるのよ。今は七月だよ七月。これのどこが寒いのよ。熱でもあるのじゃない。

「ユッキーも暑さでボケたか。今から行くのは北海道やで」

 あっ、そうだった。北海道も広いけど、稚内なんて八月の平均気温が二十度切るぐらいだものね。知識として知っていても、この現実の暑さとのギャップがどうにも実感しにくいな。だから北海道ツーリングのベスト・シーズンは春でも秋でもなく夏だもんね。

「北海道やったら冬でもツーリングするのはおるみたいやけどな」

 見た見た、まずバイクにもスパイクタイヤがあるのに驚いた。電熱ハンドカバーとかグリップヒーターは神戸の冬でも欲しいぐらいだけど、エンジンにカバーまでしてたのもあってビックリした。北海道の冬となるとエンジンを冷やすのじゃなく、冷えないようにする対策もいるみたいだ。

「ブレーキオイルとかもちょっとでも水気があったら凍るみたいやし、キャブも対策しとらんかったら凍るそうや」

 わたしのようなか弱い可憐な美少女には到底無理・・・

「誰がか弱くて可憐やねん。神戸の冬でも走れんぐらいひ弱で虚弱体質なだけや」

 ほっといてよ。コトリだって冬眠してるじゃない。

「コトリはクマか」

 六甲山トンネルを抜けて三田から下道になるのだけど、もう完全に夜道だ。二十三時五十分出航だから、その一時間前には乗船手続きをしなくちゃいけない。

「余裕で十時半ごろには舞鶴になるやろ」

 さすがに暑いけど、ここは我慢だ。コトリの言う通り日本はホントに南北に長い国だと思う。神戸じゃ完全に夏だけど北海道は春みたいな気温だものね。夜道の分だけマシだけど、やっぱり暑い。暑いだけじゃなく湿気も肌にまとわりつくみたいだよ。

 永遠の時を旅する女に暑いも寒いもない。旅をすることが定められた宿命。この漆黒の夜道でさえ、わたしにとっては日常そのもの。

「お~い、ユッキー、寝言が聞こえるぞ。居眠り運転してたら事故るぞ」

 起きてるわよ。舞鶴までの往復は覚悟してたけどさすがにね。

「こればっかりは避けようがあらへん。そやけど真昼間に走るよりマシやで」

 そりゃ、そうだ。夏のカンカン照りの真昼間に走らされるなんて拷問だよ。照り付ける日差しもかなわないけど、アスファルトからの照り返しがダブルで来るんだもの。

「走っとったら風があたるからマシやけど、あの風さえ熱風に感じることがあるもんな」

 あったあった、走る蒸し焼き器じゃないかと思ったぐらい。三田から篠山、さらに福知山。だいぶ気温も下がって来たから良かったけど、街から外れると真っ暗だねぇ。街灯もないもの。

 福知山からはちょっと遠回りになるけど国道一七五号にした。夜道の峠道はさすがにね。国道一七五号をひた走れば西舞鶴で国道二十七号に接続。フェリーターミナルがある東舞鶴まであと少しだ。

 東舞鶴の市街地の手前で左に入り舞鶴市役所の前を直進していくと見えて来た、見えて来た。フェリーターミナルだ。乗船手続きをして、誘導に従ってバイクの車列に。ほう、結構いるものだ。

「舞鶴から乗るのは初めてやな」

 敦賀からは二回乗ったけど北海道を目指すなら舞鶴だ。

「敦賀からでも行けるで」

 そうなんだけど、敦賀までの夜道は辛そう。乗船が始まったな。ボーディング・ブリッジを渡って船内に入るのだけど、いつ乗り込んでもワクワクさせられる。いよいよ大冒険に出かけるぞってテンションが上がって来るんだもの。バイクを停めて部屋に入ったら、

「まず風呂やな」

 というのも風呂は一時まで。ステートBのツインにしたから部屋にお風呂がないのよ。こんなに汗をかいているのに流して綺麗にしないと寝られないもの。お風呂に入ってスッキリしたら売店で買い込んだビールとおつまみで、

『カンパ~イ』

 乗り込んでしまえば明日の夜に小樽で下船するまでノンビリするだけ。でも、でも、小樽に下りれば夢の北海道だ。ワクワク、ドキドキ。コトリも嬉しそうよ。

「そりゃ、そうや。さすがに北海道は無理やと思うとったからな」

 夢と冒険の旅が始まったんだ。コトリ、なに笑ってるのよ。

「悪い、悪い。ホンマのユッキーの本性を知っとるんはコトリだけやと思うてな」

 長いものね。でもやっと来たんだよ。二人で遊べる日が。

「ホンマやな。この長すぎる人生は色んなことがあり過ぎるわ」

 珍しいな。コトリがこんなことを言うなんて。夜の船はコトリでもロマンティストにする魔力があるとか。

「うるさいわ。コトリはいつでもロマンティストじゃ」

 あはは、そうかもね。そんなことはともかく、さすがにバイクも多かった。関西から北海道を目指すとなれば、この船で小樽を目指すか、敦賀から苫小牧を目指すの二択みたいなものだ。

「そやったな。ガチのツーリング仕様の中型や大型バイクばっかりやったもんな」

 宿泊を重ねるとなると着替えや、あれこれ小道具が必要だもの。それだけじゃなく、キャンプ道具も積み込んでいるのもいたはず。バイク乗りはカネがないのが多いし。

「カネはないよりあった方がエエ。そやけどカネがすべてやあらへん。カネがないのをどう工夫するかもツーリングの楽しみや」

 世の中すべからくね。おカネがあるとあれこれ出来ることが多いのは正しいけど、無ければ出来ないって意味じゃない。そりゃ、豪華クルーズはおカネがなければ出来ないけど、ツーリングはおカネがなくても工夫して楽しめることはいくらでもあるもの。

「ツーリングに豪華ホテルはミスマッチや」

 その辺でお開きにしてベッドに。朝はまたまたノンビリだ。と言うのもこのフェリーの朝は遅いのよ。朝食もお風呂も朝の八時から。

「秋田の時に往生したもんな」

 秋田なんか朝の五時に下船するから朝食さがすだけで往生したもの。朝は二人で洋風プレートセット。それから朝風呂を堪能した。このフェリーには露天風呂もあるのがおもしろいところなんだ。

 後はひたすらブラブラと。こればっかりは人によるけど、なんにもしなくても良い時間ってホントに贅沢だと思うもの。午後になるとコトリと二人で地図でルートの確認。

「今回は礼文島と利尻島はパスや」

 礼文島や利尻島と言えば昆布とかウニが有名だけど、島だから渡るのには稚内から二時間ぐらいかかるんだ。さらに二つの島を渡ろうとすれば一時間、さらにさらに一日に三便ぐらいしかない。

 つまりって程じゃないけど、寄れば一日がかりになってしまう事になる。良いとこそうだし、バイクでツーリングしたら気持ちよさそうだけど、さすがに無理がある。全部根こそぎで回れないものね。それより明日のこの予定走行距離って走れるの。

「たぶんな。北海道の道は本州の道とちゃうと見て良さそうや」

 わたしが知っているのなら東北の道に少し近いイメージらしい。要は信号のない道が延々と続いている感じかな。それもクネクネ・ワインディングじゃないから、

「そやな、仮に時速六十キロで走るとするやんか・・・」

 一時間ぐらい信号が無い道も珍しくないらしくて、実際に六十キロ走れてしまうとか。それでも、

「明日は早立ちや」

 夕食を済ませたら下船準備。これが半日逆転してたら最高のフェリーなのに。

「ボヤくな、ボヤくな。あるだけありがたいんやから」

 ボーディング・ブリッジを渡るとそこは小樽。ついに北海道に上陸だ。このフェリー時刻はもちろん長距離トラック用だけど、それも北海道から関西向けだよね。だって舞鶴に九時一五分に到着だから、そこから翌朝の関西各地の市場に北海道直送品が届られるもの。

「朝の九時なんかに舞鶴やったら使い道あらへんもんな」

 フェリーターミナルから五分ぐらいで今日の宿。また近いとこにしたもんだ。今日はトットと寝て明日は夢にまで見た北海道ツーリング本番だ。