ツーリング日和31(第1話)バイク選び

 わたしは鈴音、二十八歳。バイクの買い替えに悩む女である。バイクは学生の頃からスクーターに乗っていて、今だって通勤とか買い物にバリバリ使ってる。でもだいぶガタが来てる。まあ、怪しげなバイク屋で学生の時に中古で買った代物だものね。

 もう十年ぐらいに乗ってるから買い替え時期としては不自然じゃないけど、この際の思いがあるんだ。それはツーリングをやりたいだ。スクーターでだって出来るけど、スクーターでツーリングするってどうなんだはあるのよね。

 これじゃ、誤解を招くどころかSNSだったら炎上しそうだな。スクーターでツーリングを楽しんでいる人は知ってるし、それを見て変だとか、妙だとか思ってないのよ。問題なのは鈴音が乗ってるスクーターなんだよ。

 だってだよ、前には買い物用の籠があり、後ろにも同上。通学通勤とか買い物には便利だったけど、こんなスクーターで走っていたら、近所の姉ちゃんが買い物に出てるようにしか見えないだろうが。

 見た目じゃなくてココロが大事って言われるかもしれないけど、そんなスクーターでツーリングするって軽トラでドライブするようなものだよ。もちろん軽トラでドライブしたって良いのはわかってるけど、いかにもツーリングしてますってバイクが欲しいのよ。

 鈴音はね、バイク女子になりたいってこと。バイク女子が前後籠付きのスクーターになんか乗るものか。それとだけど、とにかくガタが来てるから、長距離とか、長時間走ったら不安感があるのも切実な問題でもある。どうにも妙な音が時々するんだもの。出先で立ち往生は勘弁して欲しいものね。

「鈴音ちゃんは小型にしたいの?」

 相談してるのは千草先輩。鈴音がこの会社に転職してきた時に教育係をしてくれたのだけど良い人なんだ。なにかと面倒見が良いし、気性もサッパリしていてお姉さんみたいな感じかな。さらに言うとバイク女子なんだよ。

「もう女子は無理があるかな」

 女子って言葉のイメージに若い女の子って含みがあるのは否定しないけど、女子に年齢の縛りなんてあるものか。六十歳でも、七十歳でも、八十歳でも、九十歳でも女は死ぬまで女子だ。もっともこれを『女の子』とすると・・・以下自粛だ。

 女子の定義はこれぐらいにして、千草先輩はツーリングも楽しんでるから、買い替えバイクの相談にも乗ってもらってる。それを小型バイクにしてるのは経済性の問題がまずある。バイクも大きくなるほど値段が高くなるだけでなく、モロモロの維持費だって高くなるぐらいは知ってる。

 保険とか税金もあるけど、オイル交換とかも高くなるし、タイヤとか、バッテリーも以下同文だ。燃費だってチリも積もれば六甲山になっていく。だって、だって、物価が高くなるスピードよりお給料が上がるスピードは遅いんだもの。責任者出て来いだ。

「それは小型のメリットだけど、その代わりに走らないよ」

 だろうな。市内で通勤とか、お買い物に使う分には問題を感じないけど、スピードは出ないもの。鈴音でも六甲大橋とか、神戸大橋を走った時に痛感した。他のクルマが速くて付いて行くだけで怖かったぐらい。

 さらに小型にする現実的な問題として免許がある。鈴音の持っているのは小型免許だけなんだよね。中型以上に乗ろうと思ったら、教習所に行かないとならないじゃない。学生の時ならまだしも、社会人になって教習所通いは時間が厳し過ぎるじゃない。

「鈴音ちゃんの体格で大型は無理があり過ぎるし、中型もシンドイかも」

 それもある。鈴音は小柄なんだよね。運動もやってた訳じゃないから力もあんまりない。バイクってクルマと違って自分で取り回す部分が多いから、大きくて重いバイクはシンドイのはわかってるつもり。大きなバイクを倒したりしたら起こせる自信はゼロだ。

 鈴音が狙う小型バイクだけど、この分野にメーカーが力を入れてるのも知ってるんだ。この辺はあれこれ理由があるけど、五〇CCの原付一種は三十キロ制限とか、二段階右折がある上に、

「排ガス規制適応のために高くなってるどころか、もう作らないみたいなのよね」

 なんか小型バイクをデチューンして、原付一種に適応させたものにするとかの話だろ。この先はどうなるかなんてわからないけど、メーカーも原付一種から原付二種に小型バイクをシフトさせたいとか、なんとか。

 その狙いもあるのか小型バイクのバリエーションは広がってる。小型バイクなら三十キロ制限も無いし、二段階右折もないからクルマと同じ条件で走れるからね、

「高速と自動車専用道は走れないよ」

 それぐらいは免許を持ってるから知ってるよ。けどさぁ、小型バイクなら、乗ってるスクーターとサイズも重さも同じぐらいだから取り回しが経験済みなのは大きい。あれぐらいなら鈴音だって扱えるもの。そこで、あれこれ調べたのだけどクロスカブとハンターカブの違いってなんなんだ。

「千草も詳しいわけじゃないけど・・・」

 ホンダが小型バイクで展開しているモデルは、カブエンジンの派生型なのぐらいは知ってるぞ。世界の名車、スーパーカブの心臓の名機だ。この基本とも言えるスーパーカブだけど、どうも二系統あるらしい。

 トップモデルが一二五CCで、セカンドモデルが一一〇CCの二本立てになってるぐらいかな。もっとも、どうしてそうなってるかは千草先輩もわからないって。強いて言うとカブエンジンも五〇CCから延々と改良が重ねられ、その途中で七〇CCとか九〇CCとかもあって、

「世界戦略として一一〇CCと一二五CCが残ったのかも」

 たったの十五CCの違いだから一本化した方が良さそうなものだけど、

「これは聞いただけの話だけど・・・」

 クルマでもそういうモデル展開はあるか。トップモデルはDOHCのターボ付きだけど、下の方のモデルになるとSOHCのターボ無しとか。

「排気量も小さい別物のエンジンのこともあるもの」

 そうだった、そうだった。外見は同じモデルだから基本的に同じだけど、中身は別物みたいなもの。

「AE86は名車として有名だけど、AE85はそうじゃないみたいな・・・」

 それっていつの時代のクルマだ。要は高級版と廉価版でバリエーション展開する販売戦略ぐらいって事だと思う。となるとハンターカブが高級版で、クロスカブが廉価版の理解で良いとか。

「バイクはクルマほどバリエーション展開が多くないから、そこまで明確な位置付けじゃないけど、とりあえずクロスカブの方が十万円ぐらい安いよ」

 たった十五CCの違いだけど少し非力になってるのか。それでもメーカー的には廉価版じゃなく個性の違いとして売り出してるぐらいかも。買う方だってハンターカブの下位モデルとなったら嬉しくないものね。

 ハンターカブとかクロスカブは、スーパーカブをオフロードとかアウトドアに特化させたモデルで、アメリカでスーパーカブがヒットした時に出来たぐらいの歴史があるそう。スーパーカブって郵便配達とか、新聞配達のイメージがあるけど、

「誕生した頃の日本の道路事情を反映したのは有名だよ」

 その頃は戦後の復興期で未舗装路がとにかく多くて、そういう悪路でも走れるように頑丈な構造と大きなタイヤを付けたとか。この悪路の走破性は今でも発展途上国の道路事情にマッチしてるから、途轍もないロングセラーになってるって言うものね。

 アメリカ人はアウトドアが好きな人が多いから、悪路に強いスーパーカブが受け入れられた面もあるらしいけど、見た目もそうした方がウケも良いぐらいで出来たぐらいで良いかもしれない。

「現実にもヒットして日本でも広がり受け入れられたぐらいかな」

 とにかくカブの歴史は長すぎてハンターカブにしろ、クロスカブにしろあれこれあったらしいけど、どっちもコアなファンがいるから今はこうなってるぐらいじゃないかって。大きな違いとして少し非力なのはわかったけど、実際の走りはどうなの?

「山ほど比較動画があるでしょ」

 あった。見た感想としては好みの差ぐらいかな。好みの差なら安い方が魅力だけど、それでも高い方のハンターカブの人気も高いんだよね。

「見た目の好みはバイク選びで大切よ」

 かなりハンターカブに傾いてるのだけど、

「変な妥協したら買ってから後悔するよ。ところでオフロードを走りたいの?」

 えっ、あっ、オフロードが好きというより、オフロードも走破出来る性能が魅力ぐらいかも。クルマなら普通のモデルじゃなく、

「ジムニーとかを選ぶ感覚とか」

 そんな感じかな。少しぐらいはオフロードも走ってみたいけど、メインはオンロードのツーリングだよ。

「あの武骨さは個性だものね。そういう好みは大切よ。乗りたいモデルを買うべきだと思うけど・・・」

 なんだかんだと言っても小型バイクの最大のデメリットは非力な事なんだ。その非力さが如実に現れるのは登り坂とか、高速走行になるよね。その辺はスクーターに乗ってるから、わかってるつもりだけど、

「これはあくまでも参考データだし、このデータがバイクの走りをすべて表してるものじゃないから・・・」

 最高速の比較か。速く走れるにこしたことはないけど、カブエンジン派生型なら差なんてあんまりないはず。

「そのはずなんだけど、モデルによって出力特性が違うからだと思うけど・・・」

 女性ライダーが同じサーキットでテストした動画があるみたい。これも実測値じゃなくメーター読みだそうだけど。

「ハンターカブで九十キロぐらいなんだ」

 そんなものと思わないでもないけど微妙だな。だってさ、一番良い条件で九十キロだから鈴音が走らせたら八十キロぐらいになりそうな気がする。下道の法定速度が六十キロだから十分と言えば十分だけど、スクーターでも、もうちょっと出るんだよね。

「ちなみにモンキーで百二十五キロぐらいだったし、千草でも百キロぐらいは出したことがあるよ」

 えっ、モンキーってそんなに速いのか。これは意外だった。なんとなくハンターカブの方が速いと思ってたけど、最高速にそこまで差があると置いて行かれそう。だったら、だったらバリバリのスポーツモデルのグロムだったら、

「あれは意外だったな。百十五キロぐらいだった」

 誤差の範囲に見えなくもないけどモンキーと同じぐらいだったのか。だったらエンジンが違うけど一二五CCの最高モデルのCBRとかGSXならどうなんだ。あのクラスになるとエンジンから別物で十五馬力になるし、中型に匹敵する走行性能があるとされてるはず。

「速いのは速いけど一三五キロぐらいだった」

 CBRとかGSXとかになると中型にも匹敵する走行性能があるとしてる評価は多かったけど、最高速度ならそれぐらいしか差が無いのか。この辺はどの中型バイクと較べるかの話も出て来る感じかも。

 その辺の比較は置いとくとしてもハンターカブがモンキーより三十キロ遅いのは気になるな。この差ってATとMTの差だとか。

「そう思ったけどスーパーカブは百二十キロなんだよね」

 へぇ、スーパーカブってそんなに速いんだ。ハンターカブが遅いのはやっぱりモデル特性みたいで、オフロードモデルだから低速性能が強くなってるぐらい。悪路って高速でぶっ飛ばすところじゃなくて、低速で乗り越えていくところだもの。

 この辺が小型バイクの非力さの限界かもしれない。どこかを強くすれば、どこかが弱くなるってやつ。だからあれだけたくさんのモデル展開をしてるのかも。

「この辺はレビュー動画じゃわからないところだよ」

 レビュー動画はあれこれ説明してくれる。良い点とか、悪い点も本音で語ってくれるけど、公開動画だから違法走行は出せないのはわかる。最高速だって市街地とかの下道なら八十キロも出せれば十分だもの。

 それとハンターカブを買って、レビュー動画まで上げてる人はオフロードで走るのが好きな人だろうし、そっちの性能の評価がメインになるから、最高速のデメリットは軽く見る傾向は出てくるはず。これは困ったな。