鈴音がハンターカブに魅かれていたのはあれこれあるけど、バイク女子ってオフロード車に乗ってるのが目立つ気がしたんだ。オフロード車と言ってもバリエーションが広いけど、そうだなセローみたいなの。
でもさぁ、オフロード車は女にとって不利なところがあるバイクなんだよ。悪路を走るためにロードクリアランスが高いじゃない。そうしないと悪路で底を擦るのはわかるけど、ロードクリアランスが高いと連動してシートも高くなるのよね。
バイク選びで足つき問題は大きいのよ。これは小柄な人ほど大きくなる。女はどうしたって小柄な方が多いし、鈴音だってそうだ。なのに鈴音ぐらいの体格でも乗ってるんだもの。
どうしてだろうと思ってたのだけど、どうもポイントは重さみたいなんだ。車両重量もバイク選びでは大きいのよね。ごく単純には、こかせた時に起こせるかはあるし、日常的には取り回しに関わってくる。
オフロード車って悪路を走るのが目的のバイクだから軽いのよね。あくまでもたとえばだけど、オンロードスポーツのCBE250RRで百六十八キロだけど、セローなら百三十三キロなんだ。この差は小さくないと思った。
でね。オフロード車は軽いだけがメリットじゃないのよ。軽いのに車体は大きいのよ。これはバイク乗りのサガみたいなもので、無条件に大きなバイクに憧れはあるとして良いと思う。オフロード車なら車体は大きいのに軽量って条件を満たしてるぐらいかもだ。
オンロードの走行性能だってあるはずなんだ。そりゃ、スポーツタイプに比べたら遅いだろうけど、それなりにぐらいは走ってくれるはず。だからあれだけオフロード車に乗ってる女が多いのかもしれない。
鈴音の場合は免許の縛りがあるから小型になるけど、小型でオフロード車と言えばハンターカブでしょ。というか見ただけで魅かれた。バイクのサイズの一つの目安みたいなものに全長があるのだけど、おおよそ二メートルになればフルサイズぐらいかな。ハンターカブは一九六五ミリだからほぼ満たしてる。
小型の割に車体の大きさもあるから決まりと思ってた。ただ千草先輩の話を聞いて動揺してる。これも小型バイク、それもカブエンジンのためだと思うけど、オンロードの走行性能を犠牲にしている部分が多そうなのよね。
セロークラスになると二五〇CCだから、日常的な最高速度は十分だと思うのよ。つうかさ、二五〇CCの最高速度なんて、それこそ免許と命をかける代物だよ。でもね、小型バイクになると同じとは言えないみたい。
もっとも、走りへの満足は最終的には乗ってみないとわからないのはあると思う。でもさ、レーサーがサーキットで走らせても九十キロしか出ないのは厳しいと感じちゃったのよ。いくら下道オンリーでも苦しそうだもの。
ハンターカブが候補から落ちると連動してクロスカブも落ちる事になる。速さだけならCBXとかGSXもあるけど、あの手のスポーツタイプはパスだ。グロムも以下同文。スーパーカブも趣味じゃない。
そこで浮上してきたのはダックスだ。だって可愛いじゃない。ハンターカブみたいな武骨なバイクを第一候補としてた口が何を言うかだけど、女にとって可愛さは別格の強さがあるんだよ。ハンターカブだってあの武骨さが可愛いと思ってんだから。
ダックスの最高速は調べてもわからなかったけど、大きな欠点があるのがわかっってしまった。走りについてはわかんないけどタンク容量が三・八リットルしかないのよね。ちなみにハンターカブは五・三リットルだ。
一・五リットルしか変わらないと思うだろうけど、この差はツーリングを考えると大きいのよね。カブエンジンタイプの燃費は化け物クラスで、実燃費でも六十キロぐらいになるらしいけど、ハンターカブなら満タンで三百キロぐらい走れるじゃない。
だけどダックスなら二百キロぐらいになってしまう。ここだって給油すれば済む話と思うかもしれないけど、都市部だってガソスタの数は減ってるのよね。それでも都市部ならまず問題にならないと思うけど、
『田舎を舐めたらエライ目に遭うよ』
都市部と田舎ではあれこれ格差はあるぐらいは知ってるけど、
『たとえば神戸ならコンビニは掃いて捨てるほどあるけど、田舎に行くと本当に少ないんだもの。次があるなんて思って走ってたら痛い目に遭うからね』
だってさ。ガソスタも同様で数も少ないし、日曜休日は休みなんてのも珍しくもなんともないそう。満タンで三百キロも走れたら、日帰りツーリングなら無給油で帰れる事も多いらしいし、給油が必要になっても神戸に近いところになるほど困らないぐらい。ツーリングの出先で、ガス欠になって立ち往生は嫌だものね。だからダックスも脱落だ。
そうなると最後に浮上してくるのがモンキーだ。これもダックス同様に可愛いじゃない。でもさ、モンキーって可愛いだけでそんなに走らないバイクと思い込んでた部分があるのは白状しとく。だってあんなに小さいじゃない。
だけど思いの外に良く走るのはビックリした。カブエンジンなら一番速いのじゃないかな。最高速が走りのすべてでないけど、最高速が速くて悪い事なんてどこにもないものね。だけどモンキーを候補から最初から除外していたのは他にも重大な理由がある。
モンキーはクラッチなんだよ。鈴音だってMT免許を持ってるけど、教習所で後悔したぐらい。それぐらいクラッチには苦戦させられた。もっとも千草先輩に言わせると、
『体が覚えてしまったらなんて事ないよ』
あっさり言うなと思ったけど、ある種のコツみたいなもので、他に例えれば鉄棒の逆上がりとか、プールで泳げるとか、自転車に乗れるとかに近いかもって。出来る人から見たら、どうしてあそこまでギクシャクするかわかんないってさ。
とはいえ教習所のクラッチで懲りた部分は大きいし、免許を取ってからもずっとスクーターだったのよね。だからMTのモンキーはどうだろうの懸念はあるけど、
『押し付ける気はないけど、バイク乗りはMTが好きなのよ』
大型のスクーターを除けば中型以上のバイクはほぼMTなんだ。過去にATも出したこともあるそうだけど、とにかく売れなくて、クルマのように定着しなかったらしい。鈴音なんか見た事も聞いたこともない。
『バイクだってEV化の波が来てはいるけど、クルマだってあんな調子だから当分はガソリン車のMTがバイクになると思ってるよ』
千草先輩が言うには、鈴音がこれからもバイクライフを楽しんだら、そのうちサイズアップしたくなるはずだって。それぐらい小型バイクの走りって限界があるとか、なんとか。その時にMT車に乗れるようになっておくのに損はないぐらいかな。AT車なんてすぐに乗れるものね。
ここまで悩みまくってモンキーに決めた。もちろんモンキーにもあれこれ欠点はある。良く挙げられるものに一二五CCなのにタンデムできないのはある。
『鈴音ちゃんはタンデムが好きなの?』
好きじゃない。というか小型バイクだったらカメになるだけだろ。運転だって楽しくない。タンデムはこれぐらいで割り切れるけど、とにかく荷物が乗らないバイクでもある。たとえばハンターカブならスーパーカブ直伝の大きな荷台があるものね。
『欲しければカスタムすれば良いだけ。キャリアを付ければ解決だよ』
ドライだけどそうかも。そこに余計なオマケが、
『これは聞き流しても良いよ。モンキーはMTの入門バイクにもなるだろうけど、ちょっと違う気がしてる。入門と言うより、バイクライフの終着駅みたいな位置づけの気がしてるの。もっと大きなバイクの悪いところを削ぎ落したようなバイクだからね。そこまで感じるのはまだ無理だと思うけど』
これは何を言いたいか、本当のところは良くわからなかったかな。とにもかくにも買い替えるバイクが決まったからオーダーだ。オプションとしてキャリアだけは頼んどいた。あとは納車を待つばかり。