ツーリング日和20(第9話)免許への道のり

 その場でオーダーしたけど店長さんから、

「納車は時間がかかりまっせ」

 半年ぐらいは覚悟しないといけないみたいだ。バイクってそんなに手に入れるのに時間がかかるものなのかな。ひょっとしたら受注生産だとか。

「そうやのうて人気があって生産が追い付いてまへんねん」

 モンキーは日本じゃなくてタイで作っているのか。そういう時代だからわかるとして、日本への割り当て台数が少ないらしい。日本は世界一の二輪車製造国ではあるけど、国内での需要はそれほどじゃないってことか。

 かもね。日本では暴走族が社会問題になって、それこそ国を挙げて若者にバイクを乗せない運動を繰り広げていたぐらいは知ってる。お蔭でサヤカみたいにバイクと言えば、

『乗れば死ぬ乗り物』

 こんなイメージが刷り込まれてしまってる。これはマナミだってそういう部分はあるからね。だから二輪車メーカーは海外に目を向けて発展してるぐらいだけど、グローバル戦略になるから国内マーケットは重視されなくなってるみたいだ。サヤカは、

「だと思うよ。だってバイクのCMなんて見たことないもの」

 昔はあったらしいけどマナミも見たことがない。今日見たモンキーやダックスはかつての五〇CCの一二五CCでの復刻版らしい。だったらさ、これがクルマだったらバンバンCMを打つはずじゃない。

「せんでも売れるからちゃいまっか」

 結果はそうだけど、それより根が深い気がする。CMって莫大な費用がかかるからペイしないのもありそうな気がする。それぐらいメーカーサイドに売る気もないぐらいだ。欲しいなら自分で探して買いに来いで十分ぐらいの感じだ。

 理屈はどうであれ、これで乗るバイクも決まった。納車まで時間がかかるけど、それだってこれから免許を取る時間と思えば帳尻だって合いそうな気がする。だって、バイクが納車されたって免許が無ければ乗って帰れないものね。


 次はモンキーが乗れる免許を取れば良いだけだけど、知ってわかってビックリだった。自動二輪免許は大型、中型、小型、ついでに原付以外に小型以上ならATとMTがある。この辺はクルマも同じような感じだ。

 マナミはバイクのATってスクーターだけって思ってたんだ。だってATってオートマって意味じゃない。だからスーパーカブだってMTだと思ってたんだ。だってオートマじゃなく変速機が付いてるもの。

 でもね、スーパーカブだけでなく、クロスカブも、ハンターカブも、ダックスもATなんだ。オートマじゃないのにATはおかしいと思ったけど、

「あれは自動遠心クラッチでっから」

 なんだそれ。あの変速機は自動でシフトは変わらないけど、クラッチを使わなくてもシフトチェンジが出来るんだって。つまりATかMTかを分けるのは、

「クラッチの有無でっせ」

 でもってモンキーはクラッチ付だからMTってことになる。そうなんだよ、ダックスとかハンターカブとかにしておけばATだったんだ。免許取得に際してATとMTは見た目的にはその差は小さそうに見えるのは見える。たとえば小型自動二輪のMTは教習所で、

 技能講習・・・十二時限
 学科教習・・・二十六時限

 学科教習に関してはクルマの普通免許があれば一時限になるけど、持ってないものは仕方がないから置いておく。でこれがATならどうなるかだけど、学科教習は同じで技能講習が八時限になるだけ。

 四時限の差は教習所費用にも連動はするけど、そもそも合わせて三十八時限もあるから誤差の範囲に見えなくもない。それぐらいだと思ってはいたのだけどひたすら甘かった。クラッチって手強いのよ。だってだよ、初めて発進させようとした時なんて、

『ガタッ、ぶすん』

 エンストだ。なんか回転数をこれぐらいにして、まずは半クラにして、それからつないでって説明はあったけど何度やっても、

『ガタッ、ぶすん』

 挙句の果てに回転数を上げ過ぎて、

「ぎゃぁ」

 なんちゅう難しいと思ったもの。このクラッチ操作は変速するたびに襲ってくる。発進の時ほどじゃないけど、常にプレッシャーがかかるって感じだった。それと技能講習はいくつか課題みたいなものがあるのよね。

 クルマみたいに車庫入れとか縦列駐車はないけど取り回しと引き起こしはある。他にはスラロームとかクランク、一本橋に急制動だ。そんな課題の時にクラッチ操作は付いて回るんだ。当たり前か。

 AT車の教習も横目で見ていたけど、なんちゅうラクそうかと思ったもの。だってだよ、教習車はスクーターなんだ。スクーターならアクセルを回すだけで走るし、ブレーキだって両手で済んじゃうじゃない。一方のMT車はそんなに甘いものじゃない。だってだよ、

 右手・・・アクセルとフロントブレーキ
 左手・・・クラッチとウインカー
 右足・・・リアブレーキ
 左足・・・チェンジ

 左手にはホーンもあるけどあんまり使うものじゃないから省略だ。とにかく両手両足をフルに使うものだから、最初の頃は頭がグシャグシャになりそうだった。クルマがATばかりになっている理由が良く分かったもの。

 だけどね、バイクはMTなんだ。これはモンキーがMTだからだけじゃない。いやモンキーだってそうだ。だってモンキーにはAT仕様はないのよね。そうMT専用。クルマみたいに同じ車種でATとMTがあるわけじゃない。

 この辺は車種でATとMTを分けてるだけかもしれないけど、MT専用のモンキーだって納車まで半年覚悟の人気があるのがバイクだ。これだけじゃ、わかりにくいか。中型以上のバイクでATはスクーターだけのはず。他はすべてMTってこと。

 バイク乗りの常識はMTで良いと思う。そこまでは考えたのだけどクラッチを体が覚え込むまで苦労させられた。だってさ、教官から何度も、

「今からでもATにコース変更できますよ」

 うるさいわ。それぐらいヘタクソに見えただろうし、実際もヘタクソだった。でもさぁ、もうモンキーはオーダーしてしまってるし、それより何よりモンキーに乗りたいんだ。それでも、それでも苦心惨憺の末、お情けもあったとは思うけど、

「卒業おめでとうございます」

 ついに教習所を卒業できた。でもまだ免許は取れない。ここから運転免許試験場で学科の試験を受けないといけない。明石まで行ったよ。駅からバスで遠かった。視力検査があって試験場に行ってテストだ、

 学科教習もまじめに受けてたから合格だ。そこから免許のための写真を撮って、やっとこさ免許を手にすることが出来た。このカード一枚を手に入れるために、どれだけの時間と手間とカネがかかったことか。今日だって一日仕事みたいなものだもの。

 帰り道でちょっと感動してた。考えようによってはマナミが初めて手に入れた資格になるかもしれない。そりゃ、これでも三明大卒だけから大卒資格はあるけど、あれって本当の意味の資格と少し違う気がする。

 やっぱり資格ってさ、調理師免許とか、栄養士とか、それこそ医者とか薬剤師免許みたいなものじゃない。それを持ってることで特定の業務をするのが許されるってやつ。そりゃ、自動二輪の免許なんて、たかがバイクに乗れるだけだけど、それでも持ってなきゃ逮捕されるもの。

 少なくともクルマの普通免許よりレアだろ。それぐらいバイク乗りは少ない。原付はそれなりにいるけど、あれは普通免許のオマケで付いてくるものだ。もっとも原付一緒はピンチらしい。

 環境問題とかの規制が厳しくなり過ぎて五〇CCではメーカーがもう対応できないとかなんとか。だから排気量を一二五CCまで上げるらしい。そうなったらこれだけ苦労した小型免許の意味が無くなりそうだと思ったぐらい。

 だけどね、排気量の上限こそ上がるのだけど、エンジン出力は従来の原付一種程度に抑えられるし、三〇キロ規制も、二段右折も変わらないって話だ。まあ、そんな話はどうでも良い。こっちには本物の小型自動二輪免許のそれもMTがあるものね。