ツーリング日和30(第2話)モンキー乗りのプライド

 コータローとの共通の趣味がバイクで、二人ともモンキー乗りなんだ。モンキーは一二五CCの小型バイクなんだけど、バイクの世界にもヒエラルキーはある。

「それは・・・」

 口を挟むなコータロー。千草がしゃべってるんだ。バイクのヒエラルキーとは、

 大型 〉 中型 〉 小型

 これは免許区分でもあり、大型になるほど教習時間が長くなり、費用も時間もかかるのよね。コータローは大型まで持ってるけど千草は中型だ。でも差は免許区分だけじゃない。バイク乗りはバイクに何を求めるかの問題にも連動してくる。

 言うまでもないけどバイク乗りと言っても求めるものは多種多様なんだけど、共通しているのはスピードだ。これもどんなスピードを求めるかもかなりどころじゃないぐらい差があるけど、自分のバイクがカメであることを熱望するバイク乗りはいない。

「それは言えてる」

 そういう合いの手ならよろしい。このスピードを示す指標の中にパワーウエイトレシオがある。これは馬力を車体重量で割ったものでPWRと略すけど、この数値が小さいほどダッシュ力と最高速度が高いぐらいは言えるはず。これは大雑把過ぎるものだけど、

 小型・・・一〇・〇
 中型・・・五・〇
 大型・・・二・〇

 これぐらいになるかな。ちなみに最速クラスのスーパーとかハイパースポーツになるとPWRは一・〇になるぐらい。もちろんバイク特性によってバラツキは大きいけど、あくまでも大雑把な目安ぐらいだよ。

「モンキーは一一・〇ぐらいやな」


 そうなんだよね。大型の五分の一もないのよ。これは軽自動車と普通乗用車より差がある気がする。これだけで大型は小型より圧倒的に速いぐらいは一目瞭然ぐらいだろ。

「峠道なんか話にならへんもんな」

 平地だって苦しいぞ。ここまでは性能差によるヒエラルキーだけど、速い大型バイクに乗っている事で遅い小型バイクを見下す連中は存在する。

「排気量マウントってやっちゃな」

 千草は排気量マウント剥き出しってのに幸い会ったことがないけど、この世には一定数存在するし、排気量マウントをされて悔しい思いをしたバイク乗りの話はわりと転がってる。でもさぁ、でもさぁ、

「あれやろ。被害妄想が含まれてる気がするわ」

 定番の小型バイクのデメリット話なんだけど、小型バイクでツーリングしていると、

『〇〇からですか・・・』

 こういうマウントをされてしまうのがデメリットと論じてるのがあったのよね。でもね、こういうのってシチュエーションで変わるじゃない。その人はマウントされたと感じたのだろうけど、よく考えなくともごく自然な会話なんだよ。

 だってだぞ、初対面の見知らぬ相手とツーリング先で話をしてるんだよ。どこから来たかは聞くのは不自然でもなんでもない。どこからがわかれば、距離と時間がそれなりに推測できるじゃない。そこに乗ってるバイクが小型って情報も加われば、

『そんなところから小型で・・・』

 こういう感想が出るのは見下しているとは言えんだろ。尊敬までは言い過ぎだとしても、軽い敬意ぐらいは含んでいる時だって多いはずだ。つうかさ、この会話をマウント発言として問題視して禁じてしまったら、ツーリング先での会話のキッカケに困るじゃないの。

「あの人はよほど嫌な目にあったんやろうとは思うけど、主語が大きすぎるわ。もうちょっと補足しといたら良かったのに」

 でもね、気持ちもわかるのよね。モンキーも含めた小型乗りは、どうしたって走行性能に負い目がある。そんなもの走ってたら肌身で感じるもの。大型にぶっちぎられたら素直に速いなぁって羨ましく思うよ。

「そこやけど、やっぱり自分がどんなバイクに乗って、どんな走りをしたいに尽きると思うねん」

 そこなのよ。小型の遅さへの不満があれば解決法はシンプルなのよね。免許と予算の問題があるにせよ、もっと大きなバイクに乗り換えれば良いだけだもの。というか、それしか解決法がないじゃない。

「思うんやが、小型の魅力って大型と別次元の気がするねん」

 それは言えてる。小型乗りも様々だけど、大型からのサイズダウン組が案外多い気がする。コータローもそうで、速さを求めてHAYABUSAをぶん回すとこまで行ってたもの。千草だって四〇〇CCを乗り回してた。

 大きなバイクって速さに関しては圧倒的として良いと思うのだけど、その代わりの部分が多いのもバイクの特性でもあるのよ。そう、とにかく大は小を兼ねないのがバイクって乗り物だ。

「大型は熱いし、重いし、維持費もバカにならん」

 まず熱いだけどエンジンの熱さだよ。バイクは構造上、エンジンは剥き出しだし、シートの真下ぐらいにあるじゃない。これも排気量が大きいほど燃やすガソリンの量が多くなるから、すっごい熱気が上がって来るんだよ。

「冬やったらヒーター代わりになるで」

 足を火傷したぐらいの話は幾らでも転がってるぐらい。だけどモンキーはいくらガンガン回しても、

「ほんのり温かい程度や」

 さすがにもうちょっと熱いと思うぞ。もっとも四〇〇CCでもかなり熱いと思ったけど、大型の熱さは別格みたいなんだ。だって中型からサイズアップしたバイク乗りでもボヤくのはいるぐらい。

「六五〇CCでも、軽自動車のエンジンの上に跨ってるようなもんやからな」

 重いのだって半端じゃない。大型なら二百キロぐらいにもなるから、

「油断したら立ちごけや」

 バイクで走れば信号とかの停車は数えきれないぐらい起こる。バイク乗りならわかると思うけど、それこそ何百回に一回ぐらい重心が傾いてヒヤッとする経験をする。その殆どは踏ん張って事なきを得るけど、二百キロだぞ、二百キロ。

 ヒヤッとしてもリカバリー出来る許容範囲は重くなるほど狭くなる。大型の二百キロに較べたらモンキーは半分の百キロだ。これってね、半分だから二倍のリカバリー能力じゃないと思うんだ。もっともっとリカバリー能力は高いと思ってる。

 重さは駐輪場とかの取り回しにも連動する。取り回しって言うけど人力でやるのがバイクだ。信号で停まっただけでも重心が傾いてヒヤッとする事があるのに、前に押すだけじゃなく、バックしてターンも当たり前のようにするのがバイクだ。

「長さもバカにならん」

 長さに関しては小型でもそれなりにあるのは多いけど、モンキーの小ささは小型でも指折りのはずなんだ。取り回しも長いより短い方がはるかにラクだ。とにかく取り回しの容易さは、大型から小型に乗り換えた人が口をそろえて言うメリットかな。

 維持費については桁違いなのはバイク乗りなら常識だから置いておく。妙な言い方かもしれないけど、大型のデメリット部分が全部無いのが小型ぐらいは言っても良いと思ってる。その代わりに、

「笑うほど非力や」

 非力って言うけどさ、大型乗りって、乗り出しとか取り回しの厄介さから二台持ちが割といるのよね。ツーリングには大型、日常ユースには小型って感じのはず。大型乗りだから小型の非力さは実感してるはずなのに、

「それは多いみたいやな。取り回しのラクさからご近所ツーリングは小型になり、さらにそれなりの距離でも乗るようになり、大型はどうしても高速を走らんとあかん時だけ乗るみたいな感じやろ」

 全部がそうなるわけじゃないけど、これって小型の魅力を端的に表してると思うのよ。

「軽さは正義ってやつやな」

 走りでは劣るのは頭でも体でもわかっているけど、大型に乗る面倒さってそれぐらいあると思うんだ。言い換えれば走りをある程度割り切れれば、小型でも十分楽しめるってすれば良いかな。

「高速を走るのが大好きなやつはともかく、ツーリングのホンマの醍醐味は下道や思うてるねん」

 それはある。高速は長距離移動で絶大な威力を発揮するのは千草だって認めるけど、高速はあくまでも目的地というか、

「ツーリングで走りたい道へのショートカット手段や」

 そうなのよ。ドライブとツーリングは似てる部分が多いけど、やっぱり違う。ドライブだって走りたい道を目指すだろうけど、ツーリングとはそういう道に出会い、走ることが醍醐味だと思ってる。その走りたい道に行くのに利用するのが高速だ。それより何より、

「バイク乗りはバイクに乗ってナンボやもんな」

 それが根源の一つにあると思うんだ。バイクは乗って走らせないと価値がないのよ。走らせるチャンスがあれば、さっと乗り出せるのが小型の魅力だもの。だから千草はモンキーがお気に入り。

「それはオレもやが、単にモンキーで満足してると言うためたけに、これだけ理論武装をせんとならんのが小型乗りの宿命かもしれんな」

 それは言えてる。