コータローにしたら驚天動地の衝動買いをしたモンキーだけど、HAYABUSAからの落差は強烈だったんじゃない?
「ああビックリした。跨った瞬間にオレのトコトコ魂が激しくビートしたもんな」
単気筒だものね。
「走り出したらトコトコの魂はさらにビートが激しなって、全身を駆け巡って行ったんや」
要は気に入ったってことだろうけど、非力さは気にならなかったの?
「バイク乗りはマシンの性能を極めるのにカタルシスを感じるんや」
モノは言いようだな。モンキーの限界はHAYABUSAと較べたら途轍もなく低いはず。ダッシュだって、最高速だって、コーナーリングだって桁が幾つ違うだろうってぐらい。コータローの腕ならモンキーの性能の限界ぐらいすぐに極められはずだ。
「まあ、そうやねんけど、そこに雷光のような悟りが開いたんや」
表現が厨二病っぽいな。なにを悟ったの?
「ツーリングの本道は下道にあって、下道をトコトコ走ることこそ本道やってな。オレの魂はあの時に救済されたんや」
魂の救済じゃなくて、免許護持と命の保障だろうが。
「後はトコトコ教が指し示すトコトコ道をひたすら走る求道者になれた」
あのね、それって単にモンキー乗りになったって事だよ。というかさ、モンキー乗りになれば下道が本道もクソも、高速も自動車専用道も走れないだけだ。
「トコトコ教徒にとってはあんな道は邪道や」
おいおい、ツーリングの楽しみ方のジャンルとしてトコトコ派はあるけど、だからと言って高速とか自動車専用道を走ったらダメなんてルールは無いはずだ。
「そこか、オレはなトコトコ教徒の中でも過激派になるかもしれん」
それって過激派の言葉の使い方が間違ってるよ。過激派って暴動を起こしたり、爆弾テロやったりする連中だろうが。
「オレは過激にトコトコを追求しとる」
どんな過激さなんだよ。意味わからん。
「そやけどな、千草も四〇〇CCに乗ってたからわかるやろ。高速の邪悪さを」
邪悪ってするのはどうかと思うけど、コータローの言いたいことはわからないでもない。高速って走る分には快適なのよ。信号は無いし、カーブだって高速走行に問題が無いようになってるし、道幅だって下道より広い。
「あれこそ悪魔の産物」
どこがだ! 高速走行が好きなバイク乗りもいるんだぞ。ただね、退屈と言えば退屈なところがあるのは認めるよ。快適なのは間違いないけど単調なのよね。高速だって景色は楽しめない事はないけど、遠くの景色だけなってしまう。だってロードサイドはなんにもないもの。
マスツーやってる時の楽しみにインカムの会話があるじゃない。あれって色んな話をするけど、走っていて目に入ったものの話題が結構あるのよね。あの建物はなんだとか、あそこの看板はどうだとか、あの店って美味しんだろうかとかね。
「それが失われた世界が高速や」
高速走行に邪魔になるものは排除されてるし、道のデザインだって似たり寄ったり。言ったら悪いけど、どの高速の道を走っていても同じように見えるところは確実にある。目に見えるもののバリエーションは下道には劣るぐらいは言えるとは思うよ。
「あれこそトコトコ教を妨げる悪魔の所業」
どんな悪魔なんだよ。ツーリング中の会話で他に多いのは、どこで曲がるとかもあるけど、
「高速であるのはJCTのみや」
まあそうなる。他にはどこで休憩しようかとか、お昼ご飯をどうしようかもあるけど、
「SAとPAしか残されていない」
それ以外があったら高速じゃないだろうが。SAもPAも便利なんだよ。ちゃんと設備が整っているから食事だってお土産物を買うのだって出来るもの。
「そやけど道の駅とはちゃうで」
道の駅ってSAとかPA並に設備は充実してるとは思うし、ツーリングでもよく利用する。とくに生理現象の解消のためにはホントにありがたい。コンビニも有用だけど、あれってバイク乗りが好きな田舎道に行けばウソのように少なくなる。
道の駅とSA・PAの違いは、下道なら道の駅は休憩ポイントの候補の一つに過ぎないところかな。上位候補ではあるけど、他にも選択肢はあるのよね。だってさ、だってさ、道の駅だけしか休憩ポイントがなかったら、
「単調すぎるわ」
これは偏見もあるとは思うけど、高速って道路を走っているというより、線路を走ってる感覚にちょっと近いとこもあるかな。バイク乗りにも高速走行自体が大好きな人も多いはずだけど、
「距離と時間のショーカットのためだけにあって、ツーリングの本番はICを下りてからになる」
それとね、高速走行って快適ではあるけど、案外疲れるのよね。高速走行だから浴びる風の強さが半端ないのもあるだろうけど、
「そこについては走行時間比例やろし、同じ走行時間やったら高速の方が消耗するで」
その分、距離を稼げるから、下道だけで同じところに到着するだけなら高速は絶対的に有利だ。この辺の差引勘定的には、
「キャビンに入っとるクルマと剥き出しのバイクでもちゃうわ。それより何よりや・・・」
ツーリングって、目的地に着くまでの走りの楽しみが重いのよね。バイク乗りの中には、それだけを楽しみに走り回ってるのっだて多いぐらい。休憩時間以外はひたすら走るって感じかな。
千草は目的地での観光も楽しみたい派だけど、そんな時間よりバイクで走ってるのがとにかく楽しい人も多いものね。この辺のバランス感覚はクルマ乗りとはちょっと違うかも。千草は高速走行は否定しないけど、
「モンキーは邪悪な高速から我らトコトコ教徒を御救い下さる偉大なバイクや。オレは毎日崇め奉っとるで」
それってモンキーが高速を走れない言い訳のための理論武装に過ぎないじゃない。そんなモンキーだけど千草だってお気に入りだ。コータローがトコトコ教の過激派なら、千草は生粋のトコトコ派だ。
でもね、モンキーの評価として市街地とかの走行なら問題ないとしてるのは多いよ。実際もそんな感じで良いのだけど、
「市街地は物理的に制限速度程度が走れたら困らんもんな」
物理的とは信号で頻繁に停まらされたり、渋滞まで行かなくてもクルマが多いと速度の上限は物理的に決まってしまうところがある。神戸の市街地ならモンキーでもポルシェと肩を並べて問題なく走れるもの。
けどね、下道でも郊外とか田舎道となるとそうとは言えないのよね。そういう道をバイク乗りは好むのだけど、当然だけど走行速度も上がる。速度制限原理主義者の綺麗ごとはともかく、
「置いてかれるもんな」
大型スポーツだけじゃなく二五〇CCクラスでもそう。とにかく加速が段違い。
「一段ぐらいギア下げても変わらんで」
その『段』じゃない! あっと思ったら引き離されて消え去ってしまう。非力なモンキーまさにどうしようもないって感じ。
「市街地でも加速の差は確実に出る時は出るやん。市街地なら次の信号で追いつくだけの話やけど、カントリーロードやったらサヨウナラになってまうわ」
コータローはあれを悔しく感じないのかな。
「どこが悔しいねん。トコトコ教の最高教典には走りの楽しみとはライダーの心にありってなってるやんか」
そんな教典がどこにあるって言うのよ。あるなら見せてみろ。
「あれは秘伝の書で、トコトコの悟りを開いた者だけしか授けられへんねん」
無いってことだろ。でも真理でもあるかも。バイク乗りは自分の愛車に多かれ少なかれ愛着がある。だから愛車の性能を少しでも引き出すためにカスタムに励むのはいくらでもいる。
「マフラー替えたり、リアサス替えたり、タイヤ替えたりやろ」
ドレスアップ系のカスタムなんてゴッソリある。ドレスアップ系はさておき、性能アップ系はいくら頑張ってもモンキーではHAYABUSAに及ぼない。そういう時にどうするかだけど、愛車に見切りを付けてHAYABUSAを目指す人もいるけど、
「愛車の走りを堪能する事に耽溺する」
言葉の使い方を少しは考えろ。自分の愛車で走れる範囲に満足するぐらいかな。
「それだけやないで。他のバイクの走りを別世界のものと捉え心の平安を得るんや」
要するに及ぶはずもないから諦めるだろうが。
「千草もトコトコ教徒やな」
一緒にするな! 千草は生粋のトコトコ派であって、コータローみたいに妙な宗教の信者じゃないからな。どのバイクを選び、そのバイクでどんな楽しみをしようが、それこそ人の勝手だ。けどさぁ、けどさぁ、コータローとの出会いもやっぱり運命だったかも。
もう少し再会が早かったらコータローのバイクはHAYABUSAだ。あんなバケモノとマスツーなんて出来るものか。それより何より、コータローがHAYABUSAに乗ってる頃の相手はカグヤだ。
あのトップモデルの朝凪カグヤだぞ。千草がそこに割り込める余地なんてゼロじゃないか。というか、千草が近寄りもするものか。コータローとカグヤが最後にどうなって別れたかは結局わからなかったけど、コータローはカグヤと別れてHAYABUSAを手放しモンキーに乗り換えてる。
あははは、カグヤがHAYABUSAで千草がモンキーみたいなものか。カグヤは美人なんてものじゃなかったけど、コータローも乗りこなしにくかったのかも。カグヤに懲りて見つけてしまったのが千草だ。
高性能のカグヤに飽きたところに出てきたのがブサイクだけど幼馴染の低性能の千草だったぐらいだろ。HAYABUSAとモンキーならそれぐらいの差は余裕であるもの。あれかな、幼馴染だから気楽に乗れた点があの頃のコータローにとってはフィットしたというか、リラックス出来て楽しかったんだろ。
そこから口説き落として千草の体を弄ぶところまでは、女と男だからそれなりにお決まりのコースみたいなものだけど、今でも不思議だけどよくまもあ千草の体なんかに熱中出来たもんだよ。それもだぞ、熱中しまくった挙句に同棲から結婚まで驀進してしまったものね。
「なんか不満か?」
不満じゃないけどコータローの変態趣味に呆れた。
「アホ言うな、オレは四歳の時から千草一筋じゃ」
誰を相手にしゃべってるつもりだ。そうじゃないのは誰よりも知ってるぞ。幼馴染の同級生を舐めるな。