ツーリング日和27(第1話)プロローグ

 中三の同級生であり、幼馴染でもあるコータローと同窓会で再会し、なぜか結婚までしてしまっている千草だよ。

「まるでオレがペテンにかけたみたいな言い方はやめてくれるか」

 あれがペテンじゃなければの世にクレクレ詐欺は存在しないぞ。それぐらいコータローとの結婚は信じられないと言うか、奇跡的と言うか、三流ラブロマンスでもあり得ないものだった。

「そんなに後悔してるんか」

 してない。コータローとは同窓会で再会はしたけど、さすがにその夜にベッドインして、嵐のようなスピード結婚じゃなかったよ。

「ちゃんとステップ踏んだやろが」

 それなりにはね。二人の交際が深まった一因に共通の趣味がある。千草はリターンライダー女子やってて、コータローもバイク乗りだったんだよ。これもベタ過ぎる展開だけど、二人でツーリングを重ね、ついにコータローに夜のベッドのタンデムに持ち込まれてしまった。

「無理やり襲うたみたいに言わんといてくれるか」

 無理やりじゃなかったけど、最後は逃げようが無くなってただろうが。

「そうなるのを知っとるのに合意して、お泊りツーリングに付いて来たんは千草や」

 それは否定しないし、あの夜に結ばれたのも必然と思ってるし、こうやって夫婦になってるのも後悔していない。というかさ、同窓会で再会してからこうなるなんて今でも夢かと思ってるぐらいなんだ。ホントに騙されて良かったと心の底から思ってる。

「言葉にトゲしかあらへんで」

 だってだよ。あれでもコータローは麻酔科医のフリーターだし、

「フリーターやのうてフリーランスや」

 さらに人気イラストレーターの水鳥透でもある。それに妻になってる千草が言うのはなんだけどイケメンだ。もっともイケメンだけどイケてるメンズじゃなく、面が良いって意味だ。顔とスタイルは文句があんまり付けられない。

 けどね、ファッションセンスが致命的に欠落してる。これだって、ファッションセンスだけなら千草より上なんだ。なのにだよ、自分のファッションになるととにかく無頓着。放っておけば貧乏コーデになっちゃうんだよ。だから千草が結婚して妻として支えてやってる。

「それはホンマに感謝しとる」

 死ぬほど感謝しやがれ。千草はね、千草はね、どれだけコータローに感謝していると思ってるんだよ。コータローが拾ってくれなければ、行かず後家に当選確実だったんだから。千草のすべてはコータローに捧げてる。それぐらい大好きなんだ。


 コータローとは中学卒業して、成人式で立ち話程度はたぶんしたはずだけど、次が卒後十八周年の同窓会じゃない。二人がマスツーできたのはバイク乗りだっただけじゃないんだ。乗ってたのが小型バイク、それもモンキーだったのは確実にある。

 これは最近知ったのだけど、コータローはモンキーの前に乗ってたのが、なんと、なんとHAYABUSAだったんだ。二百馬力のハイパースポーツ。まさに化物バイクだ。それもだぞ、峠を暴走しまくって、

「普通に峠を攻めてただけや」

 どこが普通じゃ! 青い稲妻って呼ばれたんだろうが。

「その厨二病みたいな二つ名は勘弁してくれ」

 なのにモンキーに乗り換えてしまってる。HAYABUSAみたいな大型バイクからサイズダウンするほど老いぼれていないだろう。

「まだまだ若いで。同い年やからな」

 なのにどうして、

「オレにトコトコの神が舞い降りて来たからや」

 モンキーがトコトコ派に合ってると言うか、トコトコ派しか出来ないバイクなのは良く知ってるけど、

「悔い改めて改宗したんや」

 コータローが言うにはHAYABUSAは速かったって。そりゃ速いだろ。だけど公道を走らすには無理があり過ぎたぐらいか。あのクラスのバイクになると、

「HAYABUSAの真価を発揮させるにはサーキットが必要や」

 だとは思う。クルマでたとえたらフェラーリとか、ランボルギーニで公道を走ってるようなものだよね。日本では高速道路と言っても百二十キロぐらいが上限だもの。公道をHAYABUSAで限界を試そうものなら、

「免許どころか命と引き換えや」

 なりそうな気がする。これはHAYABUSAぐらいなるととくにそうなるだろうけど、大型バイクなら多かれ少なかれそうなるらしい。それでも大型はバイク乗りの憧れじゃないの。

「乗り方と考え方やろな」

 走り屋を極めるのもバイクの楽しみ方だけど、それだけがバイクの楽しみ方じゃない。バイク乗りはバイクを走らせるのが単純に楽しいんだよ。走り屋じゃなくてもスピードを求めるのは多いし、それはバイク乗りのあくなき本能みたいなものだけど、

「大型で有り余るパワーで余裕の走りをしたいのも多いねん」

 同じ速度でも大型の方が余裕は絶対あるけど、そこから走行性能の限界に挑戦するのじゃなく、余力のある走りを楽しむ感じか。なんとなくわかるかな。というか、モンキーは逆でひいこら言いながら走るもの。

「HAYABUSAぐらいになると、どんだけ頑張っても公道やったら、バイクに見下ろされる感じがあってん。どういうたらエエんかな。バイクに走らされてる感じや」

 乗ったことがないからわかんないけど、物凄いバイクだよね。

「はらがたわ峠によう行ったやん」

 但馬で出会ったカグヤとね。

「峠ではウサギとカメやっとってんけど、そっちより行き帰りのツーリングの方がおもろなってもてん」

 行き帰りは下道ツーリングになるけど、峠のバトルよりそっちの方が楽しくなってしまったのか。ツーリングを楽しむだけなら、

「HAYABUSAはオーバースペックも度を越しとるし、本音で言うたら維持費にウンザリしとった」

 ケチのコータローらしいけど、

「オレはケチやない。無駄カネが嫌いなだけや」

 夫婦やってるから良く知ってるよ。でも大型の維持費が高いのはわかるかな。これだってクルマに較べたらの話になるとややこしくなるけど、

「トコトコ教に目覚めてもたらお布施がアホらしくなったわ」

 でもさぁ、でもさぁ、だからと言ってHAYABASAからモンキーはいくらなんでも、

「オレもネイキッド好きやねん。ネイキッドと言うより、ブリテッシュ・トラデショナルみたいなやっちゃ」

 HAYABUSAはスーパースポーツのゴリゴリみたいなところがあるから、走りは文句ないだろうけど、コータローの趣味とは少しずれてたのか。速さを極めて行ってHAYABUSAに行き着いたものの、速さを極めたから本来の趣味に揺り戻しがあったのかも。

「さすがにいきなりモンキーやなかってん」

 なるほどトライアンフか。こりゃ、またブリティッシュ・トラデショナルの王道中の王道だ。東灘の販売店まで見に行ってるのだけど、

「高いわ」

 HAYABUSAだって余裕で高いぞ。値段も気になったのだろうけど、やっぱり定番がコータローも気になったで良いみたいだ。輸入車はどうしたって故障が怖いのよね。ドカッティ乗ってる人があれこれ苦労してる動画は見てる方は面白かったけど、あんなトラブルが自分のバイクに起こったら嫌だよな。

 トライアンフが実際にはどうなのかは乗ったことがないからわからないけど、イメージとしては英国製ってだけであんまりイメージは良くないかな。でもさぁ、でもさあ、トライアンフからモンキーも距離あり過ぎるよ。

「あれは運命やったかも」

 トライアンフを見に行った帰りにモンキーが前を走っていたのだそうだけど、

「そこにトコトコの神が天から下りて来たんや」

 そんな神様がいるものかよ。

「モンキーかってブリティッシュ・トラディショナルやんか」

 いや、ちょっと、まあ、無理やり見れば近いところがあるけど、だいぶどころか別物だよ。

「トコトコの神はオレにトコトコ魂を召喚してくれたんや」

 どんな神様なんだ。要するに魅入られてしまったって事なんだろうけど、コータローってケチなんだよ。何かを買う時だって衝動買いは絶対にしない人として良い。あれこれ情報を集めて、類似商品と比較し倒して、そこまで悩み抜くかってぐらい考えて買うタイプなのは一緒に暮らして良く知ってる。

「その足でオーダー入れたわ」

 はぁ、ウソでしょ、冗談でしょ。まあ、おカネのことを言えばHAYABUSAを売れば余裕でペイどころか、お釣りがモンキー以上にあるとは言えだ。試乗ぐらいしなかったの?

「それは千草も知ってるやんか。あの頃のモンキーは試乗車さえ売り払うぐらいやったで」

 そ、そうだった。千草も納車された時に初めて跨ったものね。