ツーリング日和18(第32話)国東半島

 中津市、宇佐市の次が豊後高田市でここが実質的な国東半島の入り口かな。国東半島の地形はガッサリ言うと真ん中が山になってるぐらいみたいで、海岸線沿いに時計回りに走るのが基本で良さそう。

 国東半島にも名所旧跡は多いのだけど、言ったら悪いけど宇佐神宮みたいな目玉は無いで良さそうだ。かつてはあったみたいなんだけど、さすがに時の流れの中で衰微してしまったんだろうな。それでも見どころはあるそうだけど、

「かなりの歩きになるんだよね」

 パスだパス。健一とのツーリングで良かったよ。コトリさんが一緒だったら嬉々として歩くはずだもの。道は国道十号から国道二一三号に変りシーサイドツーリングだ。これはなかなかじゃない。

 海と山がコントラストを生み出すこういうコースは楽しいよ。これぞツーリングって感じだ。国東市に入って来たのだけど、もう十一時か。ちょっと早いけどお腹が空いてきた。だって、だってフェリーの朝は早いじゃない。腹時計だって早くなるのは当たり前だろうが。

「ちょっと早めだけどお昼にしようか」

 賛成だ。そろそろご飯屋さんだって開店する時間だし、この時間帯なら空いてるはず。世の中には並んで待って食べるのが好きな人も多いみたいだけど、空きっ腹を抱えて待つ趣味はアリスにはない。

「それは言い過ぎだよ。誰も待つのは好きじゃないと思うけど、待ってまで並ぶ価値があるから行列が出来るんだろ」

 そうかもしれないけど、それだってタマタマならアリスも仕方がないと思うよ。お目当ての店に着いてみたら行列だってことはあるもの。その店で食べるために来てるからアリスだって並ぶけど、事前情報で待たされるのがわかっていても、わざわざ行く人がいるじゃない。

「人はそれぞれだ」

 逃げるな。そんなことを話しながら健一が入ったのが道の駅くにさきだ。無難な選択だな。旅先の食事は楽しみの一つだけど、これもなかなか難しいところはあるのよね。こっちは旅人だからその店がどんな店かはわからないじゃない。

 そりゃネットで調べたらそれなりの情報を得られるけど、中に入って、実際に食べてみないと本当のところなんてわかるはずがない。入ってみたら、高いわ、不味いは、サービス最低で旅の思い出を台無しにする店だっていくらでもある。

 そういう点でコトリさんは凄かったと思う。どこで何を食べてもハズレ無しだし、ちゃんとその土地の名物も考えてるもの。どれだけ下準備してツーリングに臨んでいるかと感心した。あそこまで出来る人は少ないんじゃないかな。

 さ~て、銀たちの郷って店の名前だけど、銀ってなんだ。銀と言えば銀タラが思い浮かぶけど、こんなところで取れるのかな。それともご飯のことを銀シャリっていうからお米が売り物とか。つうかさ、国東市の名物ってなんだ。

「国東にもいろいろ名物はあるけど、太刀魚が有名らしい」

 なるほど。太刀魚の鱗は金属質の感じはあるよな。へぇ、メニューにこれだけ太刀魚があるところは珍しいかも。アリスは太刀重にしたけど健一はくにさき御膳に太刀寿司か。さすがに食うな。

 太刀重も初めて食べるけど、太刀魚の蒲焼なんて見たことがなかった。うな重みたいな感じだけど、ウナギよりあっさりしてる。当たり前か。でもこれはなかなかいける。健一の方はセットの定食みたいなものだから、太刀重に加えてお刺身もあるし、追加で太刀寿司だってある。わけてもらったけどこっちもさすがだ。

 太刀魚を堪能して出発。あれ。あそこに見えるのは空港みたいだ。へぇ、こんなところの空港があるんだ。たぶん海岸を埋め立てたんだろうけど市街地から遠い気が、

「神戸空港が近すぎるんだよ」

 かもね。

「ちょっと寄り道するね」

 そんなに歩きはないからと言われてホイホイついて言ったけど、かなり山の中の入るじゃない。道だって段々細くなって来てる。それに『ちょっと』で五分か十分ぐらいでしょうが、もう二十分は走ってるぞ。これで最後に歩き、それも急な登りなんてあったら谷に突き落してやる。

「ここみたいだ」

 なになに密乗院の棚田、世界農業遺産だって! 棚田は他にもあるけど減ってるのよね。でも理由はわかる、例の減反政策だ。それ以前に米が安くなってるのも大きいはず。あんなところにトラクターやら、田植え機やら、稲刈り機なんて殆ど使えないはず。そうなると人力になるけど効率悪いよね。

「日本の原風景と感じないか?」

 そっちか。日本の文化は稲作文化だけど、最初に稲作が行われたのはこんなところだったのかもしれないのか。田んぼって広々としたところに広がっているイメージだと思うけど、あれが出来るだけの灌漑技術が確立したのはかなり後のはずなんだ。

 河川の利用もそうで、大きな川の近くだと定期的に水害に襲われるだけ。そうなると大きな川のさらに支流の支流ぐらいに流れ込むような水源を利用してたはず。今から見ればこんなところにって思うけど、こういうところなら水害の心配もないし、灌漑だってやりやすそうじゃない。

 でも良く見ると小さな田んぼがあるよ。あそこなんて四畳半ぐらいじゃないかな。あそこだって、あそこだって。

「この棚田が出来上がってから殆ど変わってないんじゃないかな」

 国東半島にはこんな感じの棚田があちこちにあったそうなんだけど・・・えっ、そうかも、今の常識で考えたら良くないはず。棚田って他に耕すところがなくなって最後に手を付けたところじゃないんだ。

 まず棚田が作られて、それから治水技術や、灌漑技術が向上するにつれて平地に広がって行ったと見るべきだ。そうなると卑弥呼の時代ぐらいになると、

「それはあるかもしれない。仮に宇佐に邪馬台国があったとしたら国東半島は穀倉地帯だったのかしれないよな」

 だから日本の原風景か。そう言われたらなんか懐かしい気分になってきた。ところで密乗院って寺はどこなの、

「名前からして密教系の寺だったみたいだけど、石塔とか石佛ぐらいしかないみたいだ」

 それと名前からして隠し田みたいなイメージもあるけど江戸時代はお殿様への献上米を作っていたとか。今でもきっと美味しいんだろうな。魚沼産コシヒカリより上だとか。

「品種改良が進み過ぎてるから魚沼産コシヒカリの方が上じゃないか」

 ぎゃふん。健一もロマンがないぞ。ロマンと言えばここで取れた米を卑弥呼が食べてたかもしれないし、魏の使者だってそうだ。卑弥呼の時代にも太刀魚はいたはずだから蒲焼にして、

「してるわけないだろうが。まだ醤油がない時代だぞ。もし食べていたのなら塩焼きだろうが」

 醤油は日本原産で太古の時代からあったんじゃなかったのか。

「あんな作るのに手間ひまかかるものがあるわけないだろうが。今の醤油が広く普及したのは江戸時代に入ってからだ」

 そんなに最近のものだったのか。だったら卑弥呼は太刀重が食べられなかったはずだからアリスの勝ちだ。思い知ったか。

「そんなもので競ってどうするんだよ」

 だってだって、そこぐらいしか卑弥呼に勝てそうなところが無いじゃないの。そうだ卑弥呼はダックスなんて持っていなかったはずだ。従ってツーリングなんかしたことない。ここも勝ったぞ。

 他は他は、えっと、えっと、卑弥呼って結婚してたっけ。確かしていなかったはずだ。それに較べたらアリスには健一がいる。健一を知らずに死んだ卑弥呼は論外だ。女なら健一を知らないと比較にするのもアホらしいだろ。

 アリスの魅力はまだ中学生だった健一を虜にしただけじゃなく、アリスを妄想して青春の熱い迸りをセルフで毎日のように炸裂させるロリコン変態にもしてるんだ。ああ、アリスはなんて罪深い女なのだろう。卑弥呼にそんな魅力や悲しみがあるものか。

「そろそろ行くよ」

 そうだね。