ツーリング日和18(第25話)再訪

 二度と来たくなかった健一の家だ。いるのはあのクソ親どもだ。あははは。今日は最初っから喧嘩腰だな。もう遠慮も会釈すらありゃしない。

「敷居を跨がせるのも不快なんだが」
「健一のお相手はもう決めたから、片親の不良娘のあなたは邪魔なのよ」

 でも今日の健一は違う。親がなんと言おうとアリスなんだ。どれだけアリスをクソ親どもが貶そうが健一はアリスとの結婚を1ミリたりとも譲らない気迫が隣からヒシヒシと伝わってくる。

 こうなった健一を説得するなんて誰であれ不可能だと思うよ。少なくとも暴力は通じない。半グレどもをけしかけたって無意味だし、裏社会の本職だってあのざまだ。それにクソ親どもには弱みがある。

 ホントに健一は義理堅いと思うのだけど、あそこまでされてるクソ親どもに生活援助をずっと続けてるんだ。それも最近金額まで大幅アップしてる。気づいたアリスが理由を聞いたのだけど、

「甘い罠さ」

 はぁ? てなところだけど、クソ親どもには浪費癖もあるみたいだ。あると言ってもカードローン地獄や、消費者金融、ましてや闇金に手を出すレベルじゃないみたいだけど、昔から貯金は苦手で、あればあるほど使ってしまう傾向はあるそう。

 そんなクソ親への生活援助を増やせば、増やした分だけ浪費するのは日を見よりも明らかなんだって。どうしてそんなに甘やかすんだと聞いたら、

「人はね、一度甘い蜜の味を知ると忘れられないものさ」

 長い説明になっちゃったけど、今やクソ親どもは健一の生活援助でウハウハ生活なんだ。もちろんもっと増やせの要求はあるけど、それだけ頼り切ってる部分もあるから、健一の機嫌を損ねすぎるのも良くないぐらいは理解できるみたいだ。

 だからだと思うけど、ゴリゴリにアリスとの結婚の承認を要求する健一を退けきれないのよね。クソ親どもの計算は持参金を手にした上で健一のATM機能の一生保障だもの。だけどここまで健一が強硬だからクソ親なりに妥協を考えざるを得なくなったぐらいで良いと思う。

 アリスと結婚すれば持参金はパーになるけど、健一の態度の強硬さを考えると親の承認なんて関係なしに結婚するぐらいはわかったはずだ。そういう状態になれば健一のATMが止められてしまう恐れを感じないはずがない。

 理想は持参金とATMのダブルゲットだけど持参金をあきらめる代わりにATMの増額でペイするぐらいの損得勘定を必死にやってるぐらいだ。そうだなボーナスをあきらめる代わりに給料を増やそうぐらいかな。

 誰を相手にどんな損得勘定をやってるって話かと思うと笑うしかないよ。こんな損得勘定に熱中して判断しようなんてアホだし、そんな事を思い付けるのが毒親のクソ親だ。親が本当に心配する点はそこじゃないだろうが。

 健一の強硬さはクソ親どもでもアリスとの結婚を認め持参金はあきらめざるを得ないとの結論に達したようだ。それでもアリスを嫁として迎え入れるのは不満タラタラなのは変わらない。

 あれだろうな、結婚は認めてもどうやって離婚させ家から叩き出すかに目的は変わるぐらいになってるで良いと思う。結婚は重いけど離婚も出来るのが結婚だし、離婚させれば元のシナリオの持参金ゲット路線に戻れるものね。その流れになると、

「健一がそこまで言うなら仕方がないが」
「徳永家の嫁になるなら我が家の家風をしっかり守ってもらうわよ」

 なんだよ徳永家の家風って。タダのサラリーマンの家じゃない、健一にも聞いたけど、どれだけ先祖を遡っても、

『由緒正しい水呑百姓だよ』

 つまりは地主の下で働く小作人だってこと。だからと言って貶すつもりはないけど、ふんぞり返って家風なんてものを誇られたってカエルの面にションベン物だってこと。これも健一が調べ出してくれたのだけど、

『あははは、大地主の四葉家の小作人だった』

 アリスの家が第二次大戦前まで裕福だったのは聞いた事があるのよね。没落したのはGHQがやらかしやがった農地解放だ。戦後の混乱期のインフレもあってスッカラカンになったってお話。

 言うまでも無いけど大昔も良いとこの話で、今のアリスにはまったく関係ない話だ。それでも家風なんて持ちだすなら相手を選べよな。そんなことなんて知る由もないクソ親どもは、

「嫁の最大の使命は跡継ぎを産むこと。だから孫の顔を早く見せること。女じゃ認めない。必ず男を産め」
「それも一年以内だ。三年子無しであれば家から出て行ってもらう」

 アホか。アリスだって健一の子どもは欲しい気持ちだけはあるけど、子どもを産む産まないは親が決めるものじゃなく、夫婦が決めるんだ。何が三年子無しは去れだ。てめえらはいつの時代の人間なんだよ。

「両親を敬い最低でも週に四日は家に来て家事をすること」
「料理もインスタント食品、化学調味料は一切用いないこと。冷凍食品も作り置きも許さないからね」
「最低でも五品は並べろ。言うまでも無いが費用は嫁が出すこと」

 おいおい、嫁は家政婦かよ、いや家政婦だってちゃんと給料をもらえるぞ、無給でコキ使ってカネまで払えって家事奴隷かよ、冗談も休み休みに言いやがれ、

「言うまでも無いけど健一の親である私たちは主人も同然、その言葉に絶対に従うこと」
「介護が必要になれば全身全霊で尽くすのだ」

 家事奴隷決定宣言だ。ここまで出ればそろそろのはずだ。

「嫁は三界に家はなく、この家のみを実家とすること」
「嫁になったからには産みの親ともアカの他人だ。親は夫の親のみで他にはこの世に存在しない。言うまでも無いが冠婚葬祭にも出席は論外だ。アカの他人に過ぎないからな」

 ホントに単純な連中だ。ここからも、よくもまぁ、それだけ思いつくと呆れるぐらい家風とやらを並べ立てやがった。

「これぐらいは守れて当然だ」
「徳永の嫁になる常識だからね」

 誰がこんな家風をふりかざす家の嫁になるって言うんだ。そんな女がいたら顔を拝んでやりたいよ。健一はクソ親どもの言いたい放題を黙って聞いただけでなく、それを箇条書きにした書面も作り上げた。さらにご丁寧な事に、

『徳永家家訓』

 こうまで書き添えた。

「これは徳永の人間であれば嫁に限らず誰でも適用されるで良いか」
「もちろんだ。嫁用に言ってやったが、徳永の人間であれば誰でもそうだ」

 健一はさらに書面にクソ親どもの署名までさせた。そこから立ち上がりクソ親どもを見下ろしながら、

「ボクも徳永の人間だからこれを守らなければならない」
「ああ、お前だって例外じゃない」
「しっかり守ってもらうよ」

 もう勝ったと思ってやがるのが丸わかりだ。

「ボクはアリスの家の婿養子になった。だから徳永の家の人間ではなく四葉の家の人間だ」

 クソ親どもは何を言われてるのわからないって顔になった。

「四葉の家の人間になったからには、ボクの親は四葉の親しかこの世に存在しない」
「なに言ってるのよ。健一はわたしたちの息子だよ」
「健一の親はオレたちに決まっているだろう」

 健一は大きく息を吸い込んでから、

「お前らは誰だ。四葉の家の人間になったからには、産みの親であろうとアカの他人だ。そうするのが徳永の人間であり、これがその証拠だ」

 さっきの書面をクソ親どもに突き付け、

「お前らが宣告して署名したものだ」

 そりゃもうってぐらいの物凄い気迫で睨みつけてた。ああなった健一に逆らうどころか声も挙げられないよ。これも気迫だけじゃない、あのゴツ過ぎる体にドスの兆次に刻まれた傷跡がどれだけあるか。裏の本職でもここまであるのは珍しい気がする。それでもクソ親どもは最後の気力を絞り出すように、

「生活援助はどうなるの」

 この期に及んで出て来たのはカネの心配かよ。

「アカの他人に恵んでやるカネなどない。アリス帰るぞ、もうこんな家に二度と来ることはないからな」

 帰りのクルマの中であれで本当に良かったのか聞いたのだけど、

「もちろんだ、すべてボクが決めたことだ」

 東京での入院生活が終わる頃に健一から改めてプロポーズを受けたんだ。アリスだって健一の嫁になる以外は考えてなかったけど、それでも頭が痛いのはあのクソ親問題だ。どう頑張っても親戚になっちゃうもの。

 そしたら健一から意外な提案を受けたんだよ。それがアリスの婿養子になることだった。それもだよ、すぐにも籍を入れて結婚してしまうだった。一度決めた時の健一の行動力はさすがで、あれよあれよ言う間に結婚式まで突っ走っちゃったのよね。結婚式はささやかだったよ。アリスは籍を入れるだけで十分と言ったのだけど、

『誰に見せたい結婚式なのか胸に手を当てて考えてみろ』

 アリスはウェディングドレスに身を包み、親父に手を取られてヴァージンロードを歩いた。そして永遠の愛を約束し誓いのキスをした。出席者は氷室社長と麻吹先生、新田先生、泉先生のそれぞれの夫妻と。

「エエ式や。コトリにブーケ投げてや」
「わたしが取るんだって」

 そうあの二人だった。